「奇っ怪」民族誌
「万国人物図」に描かれた謎の国を行く

世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図
夜人国、鬼国、韃靼国…
(「世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図」)


 1726年に出版された『ガリバー旅行記』には、小人国「リリパット」、大人国「ブロブディンナグ」、空飛ぶ国「ラピュタ」などさまざまな国が登場します。「ラグナグ」という国には不死人間が住んでおり、馬の国「フウイヌム」には「ヤフー」という野獣がいます。

 こうした外国に住む異形の存在を、現代では単なる創作・SFだと一笑に付してしまいますが、かつては「もしかしたら本当にいるのかも」と多くの人が信じていました。
 たとえば、首が伸びる「ろくろ首」でさえ、かなりの教養人が信じていました。どういうことか。

ろくろ首
ろくろ首(『和漢三才図会』)


 1780年、70歳を迎えた乾隆帝を祝賀するため、朝鮮から中国に向かった知識人・朴趾源が『熱河日記」という旅日記を書いています。
 以下、「いったい、いくつ世界があるのか」という質問に対する返答部分を引用しておきます。

《志亭、「西洋人の記録を真実だとするなら、意外にも、狗国・鬼国・飛頭・穿胸(せんきょう)・奇肱(きこう)・一目と種々奇怪で、常識でははかり知れません」
 鵠汀、「西洋人の記録ばかりでなく経書にもあります」
 私、「なんという経書ですか」
 鵠汀、「『山海経』」》(東洋文庫『熱河日記』より)

 狗国はイヌ人間の国、鬼国は幽霊の国、飛頭はろくろ首、穿胸は胸に穴があいた種族、奇肱は一本足、一目は文字通り1つ目の種族のことです。『山海経』では、穿胸国は「貫匈国」とされています。

狗国イヌの国(『和漢三才図会』)
イヌの国(『和漢三才図会』)

 
 こうした種族は、中国の『山海経』や『三才図会』などで繰り返し表現され、実在するものとして広まっていきました。

耳長人、無腹人(『和漢三才図会』)
耳長人、無腹人(『和漢三才図会』)


 実は、日本にもガリバー旅行記のような物語が多数存在しています。
 最も有名なのが、平賀源内が1763年に出版した小説『風流志道軒伝』です。浅之進という男が、空を自由に飛べる羽扇で大人国、小人島、長脚国、長臂国(手が長い種族)などをめぐります。

長脚国(『頭書 訓蒙図彙大成』)
長脚国(『頭書 訓蒙図彙大成』)

長臂国(『頭書 訓蒙図彙大成』)
長臂国(『頭書 訓蒙図彙大成』)


 以下、胸に穴があいた「穿胸国」はこんな感じです。

《穿胸国では、男女とも胸に穴があいており、高貴な人たちは、カゴに乗らず、穴に棒を通して移動する。道々に賤民たちが棒を持って立っており、「棒やろう棒やろう」と叫んでいる。

 美男子の浅之進は、この国のトップ「大孔王」の一人娘に見初められ、結婚が決まり、この国を譲り受けることになった。しかし、いざ天子の装束に着替えようとすると、胸に穴があいてないので官女たちは驚いて逃げてしまった。

 その後、大臣が来て浅之進にこう言った。
「この国では知恵ある者は穴が大きく、知恵のない者は穴が狭いのです。だから穴が小さいと出世できず、まして穴がなければ天子にはなれません。いますぐに追い払えと国王からの命令です」》

穿胸国・貫匈国
胸に穴があいた謎の民族
(安南国になってるのは珍しい)


 1774年の『異国奇談 和荘兵衛』でも、主人公・和荘兵衛が腹に穴のあいた「自暴国」を見聞しています。ここでもまた、人々は胸の穴に棒を刺して移動していました。

《棒を通して移動すれば疲れないし、子供の藪入り(休日)などでは、3人も5人も串刺しにして運んでいる。医者を迎えに行くときにも、元気な人間が一人行って、外科医と内科医を両方連れてくることができる。ただ、マイナス点もあって、穴にはさまざまな病気がある。山道では枝が穴に引っかかってケガをすることもある》


穿胸国・貫匈国
1776年の穿胸国(国会図書館、富川吟雪『朝比奈島渡』より)


 1774年には、京都にいた天文学者・西村遠里が『万国夢物語』を書いています。ここにはヨーロッパに小人の国があると書かれています。

《短人国、国人男女3尺(90cm)にたらず。5才にして子を生じ、8才にして老人となる。常に鶴に取らるる(=食われる)により穴を掘て居住す。夏3か月は土を出て往来す。羊を以て馬のごとくに乗る》

 このほか、『異国風俗 笑註烈子』(1782年)、『東唐(もろこし)細見噺』(1783年)など多くの異国旅行記が刊行されています。

長人国と小人国
長人国と小人国(『頭書 訓蒙図彙大成』)


 物語だけでなく、実際に地図にもこうした国々が描かれました。
 日本で、世界地図の原型となったのが『三才図会』に掲載された世界地図「山海輿地全図」です。イタリアの宣教師マテオ・リッチの「坤輿万国全図」(1602年)をもとに作られたもの。

山海輿地全図
山海輿地全図(国会図書館)

 
「山海輿地全図」や「坤輿万国全図」には、狗国の名前が描かれています。しかし、この地図が、蘭学の影響などを受けつつ、時代が下るにつれ、徐々に実証的な世界地図となっていくのです。

 日本では、このほか「仏教思想」をもとにした世界図や「中華思想」をもとにした世界図がありますが、かなりガラパゴス的に進化した世界図の系譜があります。それが、『山海経』や『三才図会』などに出てくる異人種を強調した地図です。

 この系統の地図は、1645年の「万国総図」を皮切りに、長久保赤水が作った「地球万国全図」(1785年)などによって、日本中に広がっていきます。実際、「地球万国全図」には、先に引用した『万国夢物語』の小人国の記述がそのまま書かれています。

 こうした系統のなかで、最高傑作(?)は「世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図」です。発行年は不明ですが、実物はこちら。

世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図
世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図(全体)


 ここには、たとえばこんな記載が。

《南北アメリカは大国にして、1600余州あり。この地の人物は余国より大きく、色白くして、いたって美なり。
 男子はことごとく体に彫物するなり。模様は唐草または龍のたぐい多し。ただし、南へ寄るほど人物大きく、南アメリカの果てに「大人国」あり》

世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図
長人国


 南米の奥に「大人国(長人国)」がある一方、中国とヨーロッパの間には「小人国」「女人国」があるとしています。さらに北極の近くには「鬼国」「一眼国」などがあるとされました。

世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図
女人国、一眼国、小人国


 ついでに、南半球には「墨瓦臘泥伽(メガラニカ)」という巨大な大陸が記載されています。長らく伝説扱いされてきた土地で、1770年のクックの上陸によってオーストラリアへと変化しますが、この語源はラテン語で南方大陸を意味する「テラ・アウストラリス」から来ています。

世界万国日本ヨリ海城里数王城人物図メガラニカ
メガラニカ

 コロンブスによる新大陸到達は1492年。
 当時、コロンブスはイタリアの地理学者トスカネッリが作った地図を持っていたとされます。もちろん、この地図は地球を球体だとしており、当時の最新の知見を表現した地図です。

トスカネッリの地図の日本
トスカネッリの地図の日本(CIRANGO)付近

 
 トスカネッリの地図には、謎の怪物国は描かれていません。しかし、それからおよそ400年に渡り、世界中の地図に巨大海獣やら珍人種が書き込まれていきました。しかし、その文化は、なぜか日本で特殊な進化を遂げていくのです。大航海時代の知られざる一面です。

カルタ・マリナの海獣
カルタ・マリナの海獣(1539年、ウィキペディアより)



制作:2018年7月22日


<おまけ>

『ガリバー旅行記』で、ガリバーは短時間ですが、日本に上陸しています。ザモスキで上陸して江戸に行き、長崎で出国しているんですが、このザモスキがどこかわかっていません。
 原文だと以下の通り(プロジェクト グーテンベルグによる)。

We landed at a small port-town called Xamoschi, situated on the south-east part of Japan; the town lies on the western point, where there is a narrow strait leading northward into along arm of the sea, upon the north-west part of which, Yedo, the metropolis, stands.
(われわれは、日本の南東部にある小さな港町ザモスキに上陸した。狭い海峡の西に位置しており、海峡を北上すると長い入り江があってその北西部に大都市の江戸がある)

 この表記から、ザモスキは神奈川県の観音崎ではないかとの説があります。観音崎は、日本最初の洋式灯台ができるほど重要な港なので、十分あり得る話です。

観音崎灯台
観音崎灯台
© 探検コム メール