神田駅の方へと来ると、今度は靖国神社の丘陵の上のその大華表(おおとりい)が夕日の光線の中にくっきりと黒く浮び出しているではないか。私は何とも言われないさびしさを感じた。私は太田道渥の江戸が再びそこに指さされたような心持がした。

 神田駅だか、有楽町駅だか、それははっきりとは記憶していないが、何でも寄りかかったまま死んだ焼死者の姿がそのまま壁に移って残っているところがあって、それが夕方など人を驚かして、幽霊が出たなどと言われて、一時は非常に大騒ぎされたことがあったそうだが、何にしても、このあたりの惨状もかなりひどいものであったらしかった。

 この高架線の上にすら、逃げようと思って来た人達が10や20はころがっていたということであった。私はその夜の凄じさを想像せずに居られなかった。

 私は東京駅に行って電車を下りて、そのまま永楽ビルヂングの中へと入って行った。そこで私はいろいろな人達に逢った。私は訊いた。

『どうです? 銀座は? ちっとはよくなりましたか?』
『いや、存じません……まだ、もとのままでしよう!』

『お出でになったことはないのですか?』
『何しろ、夜、行くと、どんな眼に逢うかわからんそうですから……』
『そんなですか?』
『何でも、重ね着なんかして行くと、すぐ避難民がやって来て、旦那、寒くって為方(しかた)がねえんですが、お見かけ申すと、重ねていらっしゃるようだが一枚わけて呉(く)れませんかと言って脱がせられるそうですよ』

『でも、交番はあるにはあるでしょう?』
『それはありますけど……何しろ、まだ暗いですからな。何処からどんな奴が飛び出して来るかわかりやしませんよ。もう少しして、電車でも通るようにならなければ、とても銀座なんか夜歩けやしませんよ』

 傍にいた一人は言った。

『この間もこういうことがありました。私の友人ですがね。何でもあそこを夜の10時頃に通ったんだそうです。と、何処からともなく、破落戸(ごろつき)のような奴がやって来て、旦那、少しやって呉れッて言うんですッて。

 為方がないから、財布を出して少しやると、そいつめ今度は大きな声を張り上げて、おーい、お銭(あし)を沢山持っている素的な旦那がいるぞ。皆な来いや! ッて呼ぶんですッて。

 そしてそれをきくと、あそこからも此処からも何人となくやって来て、とうとう財布を倒(さか)さにさせられてしまったそうです』

『本当ですかね?』
 私は笑って反問した。

『本当ですとも……その当人からきいたんですもの……』
『えらいことになったなア、高座できく話か何かのようだな!』
『ですから、とても夜なんか出られませんよ。バラックだッて、夜は皆な引きあげて帰るんでしょうから』

 始めの一人はこうつぎ足した。
 私達の話はまたその当時のことに戻って行った。

『で、よくこのビルヂングは焼けませんでしたね?』
『それは、幸いに、何にも入っていなかったもんですから、それで内部までは焼けて来なかったんですな。それでも、ところに由っては、火が皆な一度ずつ通っていますよ』
『そうですかね?』
 私達は室の内を見廻した。なるほど黒くなっている天井もところところにあった。

 そこの7階から眺めた焼跡のバラックの灯はそれはさびしいものであった。それは皆な低く地に着いていて、高く仰がれるようなものはひとつもなかった。私は雨の夜を想像した。風の凄じく吹く夜を想像した。霜解(しもどけ)になる時分のバラックの寒さを想像した。私はじっと立ち尽した。