香具師の基本資料
香具師の間に伝わる『香具商人往来目録』という書籍(寛永年間=1624〜1645)があり、ここに次のような記述があります。
《先年、香具商人の御上様御用を達事、天智天皇の御宇8年、延行者(役行者)小角、始而「大和国葛城山」を開かれ候時代、3代目千葉京咏、御供仕、悪魔除の為とて被所持侯杖を願、我荷物を両掛してかつぎ、熊野道に来る。
行者分れの時、荷物を取分け、6尺2寸の金剛杖を4寸切る。錫杖を捻に仕給ふ残り5尺8寸を天秤棒に呉れ給ふ。
両の端に留を打たせ、此所に天神を祭り、才智斗(はか)る商売、物試に金剛の霊徳有、香具商人在る諸国盛場へ罷出商売仕、見世一間四方、往来通常1尺2尺と相定、天秤棒を手形に仕、国々・城下往来筋・裏道・小道・作場道迄、3尺見世場所は6尺四方、御容面御用捨被成下、御関所・御番所・横川の渡場迄、差構なく、帯刀御赦免被成下、是日本国中可被通者也》(原文カタカナ)
要は、千葉京咏という人物が、熊野で役行者の杖を天秤棒としてもらったところ、それが交通手形となって、関所も川の渡しも自由に通れ、しかも帯刀まで許されたという話ですね。これが行商人が天秤棒を担ぐ始まりで、香具師と修験道の関連を明記した資料です。
このあと、
・源義家が奥州で鉄物師に道案内させた
・秀吉が朝鮮に渡るとき合薬師に案内させた
・家康が日光に行ったとき小間物売りに案内させた
・家光が十三香具(香具師に許された13種類の商品、転じて香具師)に外人向けのお茶菓子を用意させた
といった嘘かホントかわからない伝説が羅列されています。この本では「十三香具」は
・食来師、傀儡師、鉄物師、読物師、合薬師、物形師、書物師、辻医師(8香具8師)
・小間物師、売薬師、煙草師、見世物、筵張茶屋(5商人香具)
としています。
享保3年(1718)、大岡越前は香具師を幕府組織の末端に組みこんで、スパイ活動をさせることにしました。
《香具商人連中へ仰付候注意の事
享保3戌年4月16日、香具商人連中へ大岡越前守様御番へ被召出。
一々御尋の趣き、其砌(そのみぎり)、越前屋庄兵衛・尾上平左衛門・丸野安太夫、右3人を香具商人と申事、一々明白に申開、依て御上様より、
「香具商人の儀は厳敷(きびしく)御吟味無之、然る上は、銘々国所誰、帳下商人誰と申す。
慥(たしか)に成書付所持仕、渡世商可致筈所、如何相心得候哉、其儀も無之、近年は不道なる香具商人罷出、所々の盛場に不道成る商人仕り、或る者は宿小屋を荒し所、商人様の御酒を呑、或者は喧嘩口論致し、所々の世話に相成り、商人の道に無之候。
若(も)し、無拠掛合入乱糺相分兼候節は、帳頭を以て江戸表行司取次御月番所へ可訴出候事」》
つまり、不良商人を密告せよ、ということですな。
続いて、享保20年(1735年)の 『商人帖頭衆』は、大岡越前に対し、なぜ香具師と薬が関係あるかを上申した文書。
《一、享保20卯年11月16日
江戸香具連中の者共、大岡越前守様御番所へ召出役筋被仰付候事
一、長崎御奉行細井因幡守様より、仰聞候趣、近年、唐物抜荷売買致候者は、国所相糺、御領土並に御代官某所の役所へ預け置き、早速江戸表御月番ヘ可訴候、勿論、人参・麝香・龍脳、其外の諸薬・種・唐物の儀は、御類長崎証文売上、不相済売買致候者は、早速訴出申候事》
以下、現代語訳しておきます。
・「居合抜」「曲鞠」「コマ回し」は愛嬌のある芸術で人を寄せ、薬や歯磨、「反魂丹(胃薬)」を売るので「薬香具」と申します
・「覗見世」「軽業」「身振り声色」は芸で人を集め、薬、歯磨を売るから「香具」です
・大勢を引き連れて売る「通商人(かよいあきんど)」は、盛り場で薬を売り、全国津々浦々まで妙薬を広めます。一分金に似た「万金丹」、越中富山の「反魂丹」、小田原の「外郎(ういろう=薬)」、楊枝、わきがの臭いを隠す携帯用の香袋を売ることから、「香具」と申します
・「辻療治」「膏薬売り」「按摩導引」は人を立てて、愛嬌のよさから薬や歯磨を売るので、「香具商人」と申します
・「鉄物売」「金物売」は、はさみ、毛抜、金銀打針、そのほか外科用の金物を商売いたします
・七味唐辛子や南蛮椒の商人は、解毒剤となるケシ、ゴマ、山椒などの気根を売ります
・「石臼目立」は、薬をすりつぶして丸薬を作るとき、天地陰陽和合を元とするから、やはり香具で、これは隠居商売です。
・「小間物香具」とは、櫛は髪を整え熱気をさまし、紅は口臭を消し、白粉は顔の腫れ物の色を落とすことから「香具」と申すのです
・蒸し物やお茶、水を売る人間も「香具」と言いますが、旅人の空腹を助け、病人に砂糖菓子を食わせ、子供の下痢を治すのです
・梨やミカンは、病人に力を与え、熱を冷まします。白酒も、白糀と寒晒(かんざらし)の餅米の製法なので腹の薬となります。それでやっぱり「香具」なのです
香具師が薬と関係あるのはこういう理由なんですね。
(以上、『隠語構成の様式並其語集』によりました)