「テキ屋の親分」インタビュー(2)
問 午前中は世話場の話まで進んでいましたですね。それに続いて一つお願いします。
答 それではコロビ、人売、大占の3つについて区別を申し上げます。
まずコロビについて申し上げますと、コロビというのはすべて戸板1枚でやる商売でありまして、売る品物は様々ですが、だいたい
呉服、萬年筆、腹巻、金物(一式)、鋸、バナナ、玩具(もっともこのうち種類は一種類で説明してやるのはコロビに入りますが、たくさん種類を並べたのは人売に属します)、薬(薬でもステッキ1本を使って説明して売るのは大占です)、半襟、甘納豆、碁目、占い、漫画家、チョイチョイ買い
などであります。それでこれらの品をいろいろ説明を加えて売るのであります。
人売というのは、やや店らしい店を出しまして、黙っております。そして客が来たら売るのです。戸板1枚使う場合と2枚使う場合がありますが、絶対に品物の説明は致しません。
大占というのは長井兵助のガマの油、松井源水のこま廻し、計数器、薬草の販売、家相観などでステッキ1本でもって説明をし、大勢の人を集めて商売するので大占と申します。
大占は薬草売などが多うございます。
問 支那人の居合術などが来ますがあれは。
答 向こうの方からこちらに渡りをつけて来ますが、これは地割には入れずに番外と致します。
問 艶歌師は。
答 大占の中です。昔はだいぶありましたが、今はありません。やはり時勢のためでしょう。
問 銀座あたりに出ている似顔画は。
答 コロビの部に入ります。これはみな盃を持っております。
問 あてもの(額を線で区分した丸い物を廻して置いて、お客に突かせ、突いた個所によってそれ相当の品物を与えるものの類)というのは。
答 そのような商売をゴトバイとも割ゴトとも申します。これは射幸的行為に属するものでテキヤの仲間であります。
それから菓子類、飴、薄荷板なども人売に入ります。西瓜、バナナ類でも叩けばコロビで、黙って売れば人売であります。
問 蜜柑箱を使用したものは。
答 それは人売に入ります。小箱の上でやる商売でありますから、東京では小店とも呼んで居ります。
問 植木屋は普通「木屋」と申しているが、人売に入るのですか。
答 そうです。人売に属しまして木屋と呼んでおります。これはテキヤではありませんから我々には関係ありません。
問 千葉の丸山なども木屋ですか。
答 そうであります。
問 骨董品などを地面に直に置いてやっているが。
答 人売に入ります。
問 中占とは。
答 中占と申しますのは地面にゴザを敷いて客を集め、ステッキを用い説明をしてやるのを申します。
問 地面にゴザを敷いて大工道具の古いのを売っているがあれは。
答 説明をして売ります場合はコロビ、黙っておりますれば人売であります。
問 バナナ、反物類のたたき売りは。
答 バナナとか反物類の場合はこれらの品物をバサといいます。そして叩きますのをバサ打ちと申します。バサ打ちはバナナと呉服くらいのものであります。
問 見世物は。
答 見世物はいくら小さくとも料金を取ってやるものは興行であります。叩きには入りません。
問 近頃なくなったが、昔は汽車の中で本売りなどをする商売があったが。
答 あれは箱打ちと申しまして、以前はだいぶありましたが、今はございません。新刑法までは車掌に融通の利く人がいて商売をやることもできましたが、今は禁止されているのでやる者はありません。もし汽車の中でできますならば、コロビは客が逃げないので非常に商売が楽ですが……。
問 紙芝居は?
答 これらは香具師の別派でありましてテキヤも素人もやっております。
問 例の甘酒、アイスクリームは、あれは香具師の仲間でやっているのですか。
答 そうです。これは人売に属します。
問 別に行商的にやるのがあるのですか。
答 一派違いまして盛り場にも市などにも出ず、1軒1軒やっているのがあります。これはチバ師と申し、打ち明けて申せばペテン師です。チバ師はテキヤではなく、別派をなし親分乾児の系統はあります。
主に反物、鰹節、醤油などを持って歩き、ペテン行為をするインチキ専門です。醤油などにしても樽の外にきき醤油を持っていて1軒1軒歩き、それを見せて信用させ、樽詰めのを売り付けます。後で樽を開けてみますと、水に着色したもので塩っぱいだけであって、全然使い物にならぬというようなわけです。
また砂糖にしましても、船頭の風を装って菓子屋などに行き、「小遣いに困って運搬途中の品を安く売りたい」ようなことを言って砂糖を売り込むのですが、菓子屋でも船頭が運送の途中盗んで来た不正品であると思って安く買い入れるのですが、後で袋を開けてみると、表面だけは砂糖でその下はみな砂であるというような次第です。
問 大島の椿油であるとか反物で八丈の出来だなどと申す行商が来ることがありますが、それを買わぬと帰り際に悪ロを言いますがあれは。
答 買わぬと捨て台詞を言って帰るのはチバ師です。今の椿油の行商は多くはガソリンに着色したもののようであります。
問 椿油の見本などは本物ですか、もしそれを買いたいと言ったら。
答 そうです。見本は本物です。買おうと言ってもニセモノとすり替えてよこしますから、何にもなりません。その点では向こうの方が上手であります。
問 風鈴や金魚屋は。
答 あれも別派で赤丹屋と申しております。
問 屋台店は。
答 今川焼、おでん、酒、寿司など人売の仲間に入ります。
問 一品西洋料理、寿司、チャン料理などは。
答 やはり人売に属します。
問 お好み焼は。
答 あれはみな人売に入ります。数は千葉県下でどのくらいあるかちょっとわかりません。
問 テキヤでないものは。
答 木屋、チバ師、赤丹屋、紙芝居などでこれは別派です。このうち一番悪辣なのは何といってもチバ師ですね。
問 興行の他に。
答 興行の他に遊技があります。ですから結局コロビ、人売、大占、興行、遊技の5つあるわけであります。
問 鋸は? あれは本当の鋼ですか。
答 螺旋です。あれは格別値段はそう安くもありません。結局数で商売になるのでしょう。原価30銭くらいのものを50銭くらいで売るのです。これにはあまりインチキはありません。
しかし「パンふかし」とかいろいろなお料理法を書いた本などは一応経験せねばうまく行きませぬ事柄ですし、買ってから家へ帰ってやってみてもなかなか上手くいかぬようです。
問 木屋で根の無いのを貰ったことを聞いているが。
答 それは今はございません。今はあっても引っかかる人は少ないでしょう。
しかし上方から来る枝振りのいい松で、1円50銭か2円くらいので10日間くらいは青々しているが、後になって枯れてしまったということがありましたが、あれは山の駄松を取って来て拵えるということです。それは取って来た松を葉だけ外に出して釜の中に入れ、幹や枝を蒸かし、自由に枉(ま)げて枝振りを作り針金を掛けて売り出すのです。これでは以前千葉県下でもだいぶやられたことがありました。
問 銚子へ行ったとき、四国から来たと言って正札つきの松を並べて売っていたが、それでは当てになりませんか。
答 そうです。たいていは当てになりませんでしょう。よく四国松だと言って瘤の付いたのを売っていますが、なかには地松の瘤を削ってそれを謬で付けてあるのがありますから。
問 紫檀の机とか箒(ほうき)は。
答 机はみな色付けのものです。これはチバ師の仲間です。しかし箒はたいてい農家の人が多いようですから、これはあまり間違いははないようです。
問 東京では張り板を車に積んで引いて来るが。
答 そうですね。張り板は、まぁ大丈夫でしょう。
問 廃兵だと言って何か売りに来ますがあれはどうです。
答 チバ師が多いでしょう。本当の廃兵はほとんどないと思います。工場あたりで怪我をした者が廃兵を装ってやって来まして品物を買わぬと帰り際に毒ロを利くのであります。
問 学生の格好で来るのがありますが。
答 学生でも中には真面目に苦学のためやっている者もありますが、チバ師が多いでしょう。真面目な、チバ師の仲間でない者でもそれがわかると、どうしてもチバ師の仲間に引込まれてしまうようです。
チバ師というのは、例えば10人なら10人仕込まれる者がおりますならば、親分がその人を見てそれぞれ人にはまるような商売を、すなわちバナナとか呉服物とか鰹節とかいうようにはめてやるのであります。
問 チバ師にもやはり親分があり、それに配下がいるのですか。
答 そうでございます。
問 叩きの師匠というのはあるのですか。
答 叩く品物によってそのやり方もやはり違って参りますから、品物の説明だけを親分が仕込むのです。
客のいるときは仕込むのはできませんから、いないときを見て説明させてみて、親分が聞き注意してやるのです。そしてこれならば煙草銭くらいになるだろうというので出すと、まあ3〜4日はどうしてもおくれが出てうまくできませんが、そのうち慣れて来ると、師匠に教わらぬことまで浮かんで、それを喋るようになり、初めて一人前というわけです。人によって得手、不得手もずいぶんあります。
問 人売には女かあるいは年寄が適しているということになりますか。
答 いえ、そうでもありません。やはりその人の向き向きです。コロビの盃を持っていても人売をやる人もありますし、人売の盃を背負っていても口の軽いのはコロビをやるのもあります。