大阪万博、誰も言わない「見どころ」案内
隠れテーマは「どうする二酸化炭素」

日本館の水盤
日本館の水盤


 2025年4月13日に開幕した大阪・関西万博。180以上あるパビリオンのなかで最大のものが日本館です。日本館はドーナツのような形状をしており、中央には直径20m近い巨大な水盤が配置されています。

 ドーナツ状の建物は「循環」を意味しています。日本館は「ごみを食べる」と謳っており、この水盤の水は、会場で出た残飯を再利用して作られています。いったいどういうことか。

 会場で出た生ゴミは、微生物の分解によりバイオガス(メタンガス)となります。このガスは、バイオガス発電機で日本館の電力をまかなっています。

バイオガス製造機(日本館の付属プラント)
バイオガス製造機(日本館の付属プラント)


 一方、ガスの抜けた汚泥は脱水処理され、カスは肥料に。そして、このとき出た汚水が「UF膜」「RO膜」を通ることで浄化され、この水が水盤に流されるのです。「ごみから水へ」がこのプラントのキーワード。製造はカナデビア(旧日立造船)です。

汚泥脱水機と脱臭機(日本館の付属プラント)
汚泥脱水機と脱臭機(日本館の付属プラント)


 こうした循環は素晴らしいことですが、実はメタンガスを作るとき、二酸化炭素が発生します。言うまでもなく、二酸化炭素は地球温暖化の主原因とされ、使い道がほぼ存在しない厄介者です。今回は、そんな二酸化炭素の行方をまとめます。

二酸化炭素を吸収する自販機
二酸化炭素を吸収する自販機


 2020年10月、日本政府は、2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにするという「カーボンニュートラル」を宣言します。より正確に言えば、二酸化炭素など温室効果ガスの「排出量」 と、森林などの「吸収量」を等しくする(差し引きゼロにする)ということです。

 しかし、年間約11億トンの二酸化炭素を排出する日本では、これはかなり困難な話です。逆にいえば、政府が音頭を取ることで、新たな二酸化炭素ビジネスを創設する機運ともなります。実は、今回の大阪万博は、この「二酸化炭素」をキーワードにすると、各企業パビリオンの内容がよくわかるんですね。

 たとえば「住友館」では植林体験が可能です。木が増えれば、当然、二酸化炭素の排出量は減ります。日本館では、藻類による二酸化炭素の吸収についても触れています。

藻類が吸収する二酸化炭素は杉の14倍(日本館)
藻類が吸収する二酸化炭素は杉の14倍(日本館)


 また、二酸化炭素の出ない発電として、水素やアンモニアに期待が集まっています。

 実は「NTT館」は、内部の展示は高速通信技術・IOWNによる映像がメインですが、パビリオンの屋上には太陽光パネルが設置され、発電により水素を製造しています。この水素を地中のパイプラインで200m離れた「パナソニック館」に送り、照明に使っているのです。

 さらに「未来の都市」パビリオンでは、商船三井が、帆で受けた風でタービンを回し、水素を製造することで、燃料補給が不要な「Wind Hunter」プロジェクトを紹介。また、同パビリオンでは、IHIが「アンモニア発電」を力強くアピールしています。

大阪万博Wind Hunter
Wind Hunter(「未来の都市」パビリオン)


 そもそも二酸化炭素は、環境にとってなんの役にも立たない事実上の産業廃棄物です。そのため、1997年の「京都議定書」で、“ゴミ(二酸化炭素)を出す権利” を売買する仕組みが採用されました。これが「排出権取引」です。

 排出権取引は2008年から正式に始まりますが、実際には、何年も前から小規模な取引市場が作られました。世界初の取引市場は、2002年、イギリスに誕生。その後、10年ほどで各国に次々と市場が作られていきます。

 たとえば中国では、北京環境交易所(CBEEX)が2008年に作られました。実際に取引が始まったのは2013年からです。本サイトの管理人がオープンから半年後にCBEEXを見学したときは暇そうでしたが、おそらく今はそうとう忙しいのでないかと思われます。

 なお、日本では2003年に最初の排出権取引がおこなわれ、2026年から本格的な取引が始まる予定です。

北京環境交易所(CBEEX)
北京環境交易所(CBEEX、2009年)


 排出権を売買するだけでは、日本のような工業国は損をするばかりです。そのため、なんとか二酸化炭素の排出量を減らす算段が取られています。

 では、大阪万博で、直接、二酸化炭素を減らす展示は何があるのか。

 実は万博会場の外に、「RITE未来の森」という施設があります。RITEとは「地球環境産業技術研究機構」のことで、1990年に日本が提唱した「地球再生計画」を実現するための経産省所管の研究機関です。

 ここでは、二酸化炭素を再資源化した人工石灰岩を使ったコンクリートが展示されています。このコンクリートで二酸化炭素を道路に閉じ込める試みです。また、大気中の二酸化炭素をドライアイス化して直接回収する技術も紹介されています。

空気中の二酸化炭素をドライアイス化して直接回収
ドライアイス化して直接回収(「未来の森」)


 空気中の二酸化炭素を直接回収するにはどうすればいいのか。「フューチャーライフヴィレッジ」では、水道インフラ企業FUSOグループの「フソウ新未来テック」が、二酸化炭素の常温吸着・脱着システムを展示しています。これは水酸化ナトリウム水溶液を二酸化炭素と反応させて、炭酸塩の形で吸着させるものです。

CO2常温吸着機(上)脱着機(下)
CO2常温吸着機(上)脱着機(下)


 この大規模なものが、「RITE未来の森」にDAC(Direct Air Capture)というプラントの形で存在しています。こちらは二酸化炭素を吸収しやすいアミンという化合物を使うのですが、ほかに特殊な高分子膜(大きなCO2分子は透過するのには小さなH2分子は透過しない厚さ30ナノメートルの膜)も使用されます。

二酸化炭素を回収するDAC
二酸化炭素を回収するDAC(「未来の森」)


 さて、二酸化炭素を大量に集めたところで、実際にはドライアイスなど利用法は非常に限られます。

 では、回収した二酸化炭素はどのように処理するのか。答えは「地中深くに埋める」です。これは「二酸化炭素回収貯留技術」と言われるもので、一般的には「CCS」(Carbon dioxide Capture and Storage)と呼ばれます。

「RITE未来の森」でも簡単に扱われていますが、あっさりしすぎているので、実際に貯留の現場に行ってみました。CCSは世界中で実証実験が進んでいますが、日本では北海道苫小牧市で、2016年から試験センターが稼働しています。

苫小牧CCS実証試験センター
苫小牧CCS実証試験センター


 圧入エリアは苫小牧港の3km沖合で、海底の地下約1.2kmの地層です。この地層は二酸化炭素を貯めやすい砂岩(貯留層)と、その上にフタの役割を果たす泥岩(遮蔽層)が存在することで、貯留に適しているのです。

 長さ3kmと4.3kmの「圧入井(せい)」と呼ばれる井戸を2本掘削し、およそ300分の1まで圧縮した二酸化炭素を圧入していきます。2019年、目標としていた30万トンを実現し、現在は圧入を停止していますが、このエリアだけで5億トン近く貯留できるとされています。

 日本にはこうした貯留に向いた場所が10カ所以上確認されており、総貯留量は160億トン以上あると推定されます(概査では2400億トン)。経産省は、2030年までに貯留事業を始め、年間で国内排出量の約1%に相当する1300万トンを、さらに2050年には年1.2億~2.4億トンの貯留を目指しています。

 ちなみに、貯留した二酸化炭素は地下水などと反応し、1000年後に炭酸マグネシウムや炭酸カルシウムなどに変わると考えられています。

2本の圧入井(苫小牧CCS実証試験センター)
2本の圧入井(苫小牧CCS実証試験センター)


「CCS」は貯留だけですが、これに「Utilization」がついた「CCUS」は、貯留した二酸化炭素を利用しようというものです。たとえばアメリカでは、二酸化炭素を古い油田に注入することで、油田に残った原油を押し出しつつ、二酸化炭素を貯留することに成功しています。

圧入井の管
圧入井の管。光ファイバーで状況を監視可能(「未来の森」)


 ただ、問題はコストで、仮に年間2.4億トンを圧入する場合、圧入井が全部で480本必要になる計算です。試掘だけで1本あたり陸上50億円、海底80億円とされ、掘削だけで2.4兆円以上かかると見込まれます。
 
 さらに、二酸化炭素が漏れた場合の汚染・漁業対策、貯留が地震を誘発するのではないとの風評、法的・権利関係など、問題は山積みです。はたして、今後、二酸化炭素はどのようにビジネス化できるのか、大阪万博をこの視点で見ると、非常に面白いのでした。

将来のDACイメージ
将来のDACイメージ


制作:2025年4月27日

<おまけ>

 CCSを推進するうえで、二酸化炭素の輸送もボトルネックになっています。苫小牧では隣接する出光興産の製油所からパイプラインで引いていますが、現実には日本中に排出源があるわけです。そうしたなか、2024年2月には、世界初となる液化二酸化炭素の輸送実証船「えくすくぅる」が公開されました。マイナス50度、0.6気圧で液化二酸化炭素を運べます。

 液化二酸化炭素の技術的な課題は、二酸化炭素の「三重点」の管理にあります。これは液体・気体・固体が平衡状態にある温度と圧力で、少しでもずれるとドライアイス化してしまいます。いったんドライアイスになると配管などが詰まり、大きなトラブルとなってしまいます。

 実は、2030年にも、日本の発電所などから出た二酸化炭素を液体にしてマレーシアに運び、天然ガス田跡に圧入する事業が始まる見込みです。そこに向け、いま、まさに技術革新が進んでいるのです。

実証試験船「えくすくぅる」
実証試験船「えくすくぅる」(NEDOプレスリリースより)
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