錬金術の歴史
「仙術」が「科学」になるまで

賢者の石を探す錬金術師
『賢者の石を探す錬金術師/リンの発見』
(ジョセフ・ライト、1771年、ibiblioより)


 中国最強レベルの仙人である「元君」は、飲めば不老長生になり、さらに黄金も作りだせる「太清神丹」という秘薬を製造できました。
 317年頃に書かれた『抱朴子』(ほうぼくし)は、神仙術を集大成した本で、元君についてこう記しています。

《元君とは老子の師匠である。
 大神仙の人で、陰陽を調和させ、鬼神・風雨をあごで使い、9匹の龍、12頭の白虎に車を引かせ、天下のあらゆる仙人を手下にしている》


『抱朴子』は道教に強い影響を及ぼすのですが、この情報は、後の日本に大量の詐欺師を生み出しました。
「太清神丹」の流れをくむ秘薬によって、いまある黄金が10倍になるという詐欺に、多くの富豪が引っかかったのです。

 たとえば、滝沢馬琴の『近世説美少年録』26話に登場するニセ錬金術師は、「無上九還丹の秘法」を金持ちに紹介してまわります。

「これは中国の道士・丹客(たんかく)の伝法で、わが先祖が唐に渡ったときに伝授された秘術である。本物の1両の金に、9両の黄銅(銅と亜鉛の合金)と汞(みづかね=水銀)、薬を加えて煉れば、10両の黄金ができあがる。銀も同じように作れる」
 
 こう説明すると、欲にかられた金持ち連中は、面白いように詐欺に引っかかったのです。


ブリューゲル錬金術師
ブリューゲル「錬金術師」部分(メトロポリタン美術館)


 日本伝説学会を設立した藤沢衛彦(ふじさわもりひこ)は、小説風に書いた『妖術者の群』に次のように書いています。

《今までの錬金術だが、正直な話が、詐欺の連続さ。自分は、日本の錬金術が、われわれ錬金術の祖であるハーミス系統のものか、アルケミスト直伝のものか、将又(はたまた)東洋に別の元祖があるものか否かを知らないが、自分の家の記録によるところでは、昔、日本には、錬金師出現以前、錬丹師があったということは確かな事で、それは仙の老子の師であった元君の創(はじ)めるところの神丹の製法を真似た、全くの詐欺物であったものだ》

 今回は、この文章を入口に、アラビア、ヨーロッパ、中国、そして日本に広がった壮大な錬金術の歴史をまとめてみます。

■錬金術の祖ハーミス

 まず注目すべきは、「錬金術の祖であるハーミス」という文章。
 これは、ヘルメス・トリスメギストス(Hermes Trismegistus)という伝説的な錬金術師のこと。

 映画『ハリー・ポッターと賢者の石』は、錬金術師が持つ「賢者の石」を中心にストーリーが展開されます。「賢者の石」(あるいは「哲学者の石」)は、不老不死の薬で、どんな金属でも黄金に変えられる秘薬です。

『ハリー・ポッターと賢者の石』は原題が「Harry Potter and the Philosopher's Stone」となっていますが、一般には「賢者の石」はelixirとされます(資生堂の化粧品「エリクシール」はここから命名したはず)。

 そして、この賢者の石を持っていた唯一の人物とされたのがヘルメスです。

 実際のヘルメスはギリシア神話とエジプト神話が習合して生まれた神で、錬金術の基本原理「下なるものは上なるもののごとく、上なるものは下なるもののごとし」が書かれた「エメラルド板」や「ヘルメス文書」の著者とされます。
 キリストの出現を予言していたこともあり、これが「古代神学」の基礎となっています。

 ちょっと難しいので簡単に言いますが、この「ヘルメス思想」がヨーロッパの宗教や哲学研究の道を開きました。「地球が回っている」のコペルニクスとか「秘密結社」フリーメーソンとか、いずれも「ヘルメス思想」の持ち主です。

ブリューゲル錬金術師
「錬金術師」部分(ブリューゲル)


 続く「アルケミスト」はもちろん錬金術師の意味。
 錬金術は英語で「alchemy」で、alはアラビア語の定冠詞(theと同じ)。chemyは、アラビア語の「黒」またはギリシャ語の「遷移・抽出」だとされています。

 この黒はエジプトの土のことで、これを白色化(銀)→黄色化(金)することが錬金術の目的となりました。

■アラビアとヨーロッパの錬金術

 アリストテレス(紀元前4世紀)は、世界が4元素(火・空気・水・土)で出来ていると考えました。これがヨーロッパ世界の物の考え方の、長らく基本となっていました。

 その後、ゲーベル(800年ごろの人)は世界が2元素(硫黄と水銀)で成立していると想定しました。
 パラケルスス(1493-1541)は、世界が3元素(塩・硫黄・水銀)でできているとしました。
 ヤン・ファン・ヘルモント(1579-1644)は、世界が2元素(水と空気)で構成されているとしました。

 この元素を組み換えることで、卑金属を貴金属に変えられる、というのが錬金術です。

錬金術師
ゲーベル


 ゲーベル(ジャービル・イブン=ハイヤーン)は、塩酸、硝酸、硫酸を発見し、金を溶かす王水も発明しました。さらに、クエン酸、酢酸なども発見したとされます。

 パラケルススは、錬金術で得た知見を医学に導入し、水銀、鉛、銅などの金属化合物を初めて医薬品に採用しました。このため、「医化学の祖」と呼ばれます。ちなみに、錬金術による人工生命体「ホムンクルス」を創造したとも伝えられています。

 ヤン・ファン・ヘルモントは「賢者の石」を手に入れ、水銀を黄金に変えたとの伝説を持っていますが、燃焼実験を繰り返した結果、気体の「ガス」という考えを導きました。

 こうした「すべての金属は起源が一緒である」という考えに対して、「金属はそれぞれ独立した種類だ」と見なしたのがアヴィセンナ(イブン・スィーナー)です。結果的にはこちらが正しかったわけですが、こうした議論の末、錬金術は科学に進化していったのです。

 なお、ゲーベルらが確立したイスラム科学を翻訳し、ヨーロッパにもたらしたのが「チェスターのロバート」という人物で、1144年に完成した『錬金術の構成の書』が最初の本です。

錬金術師
アヴィセンナ

 
 1828年、エジプトのテーベで『ライデン・パピルス』『ストックホルム・パピルス』と呼ばれる文書が発見されました。ちょうど3世紀の末、ローマ帝国のディオクレティアヌスが錬金術の書物を焼きすてた頃の、多くの魔術書が発掘されたのです。

『ライデン・パピルス』には宝石の模造や偽造の方法が101も、『ストックホルム・パピルス』には宝石や真珠の模造法が73、金属の変成法9、着色術70の計152の処方が記されていました。

 たとえば、「アセモス(砒素)1またはサイプラス銅3を、金4と溶かし合せれば金が増量される」と記録されています(吉田光邦『錬金術』による)。これは、いまでいう14金や18金と同様、含有量を減らす意味合いです。

 つまり、錬金術は0から金を作るのではなく、「金を薄める」という技術でもあったのです。

ブリューゲル錬金術師
「錬金術師」部分(ブリューゲル)


 錬金術には、「近代科学の祖」とされるニュートンものめり込んでいました。
 1936年、経済学者ケインズが、ニュートンの直筆手稿を競売で手に入れました。手稿には錬金術への傾倒ぶりが記録されており、ケインズは失望をこめて、ニュートンのことを「最後の魔術師」と呼びました。

■中国の錬丹術

 古代中国においては、黄金を作る「錬金術」と、不老不死の薬を作る「錬丹(煉丹)術」は、ほぼ同義でした。

《そもそも丹薬というものは、長く焼けば焼くほど霊妙な変化をするもの。黄金は、火にかけて何度鋳なおしてもへらないもの、地中に埋めても永遠に錆びないものである。この2つの物を服用して、人の体を錬るからこそ、人を不老不死にできるのだ》(『抱朴子』)

錬金術
水の金と山の金(国会図書館『本草綱目』)


 丹薬には9種類あるとされました。そのうち、以下の4つが黄金を作れる秘薬です。

●丹華
 玄黄、雄黄水(硫化批素の溶液)、礬石水(ミョウバン)、戎塩(甘い岩塩)、鹵塩(苦い塩)、牡礪(カキ殼の粉末)、滑石(珪酸マグネシウム)などを混ぜ、水で練り、加熱したもの。これを飲めば7日で仙人になれる。水銀と混ぜ火にかければ、黄金になる

●還丹
 1匙ずつ飲めば100日で仙人になれる。朱鳥や鳳凰が舞い降り、仙女もそばまでやって来る。1匙を水銀に混ぜ加熱すると、たちどころに黄金となる。銭に塗って使用するとその日のうちに銭が帰ってくる。普通の人の目の上に薬で字を書けば、あらゆる鬼は避けて逃げる

●錬丹
 10日間服用すれば仙人になれる。また汞(こう)という水銀の化合物と混ぜて火にかけると黄金になる

●柔丹
 1匙ずつ飲めば100日で仙人になれる。これを欠盆子(いちご)の汁と混ぜて飲めば90歳でも出産できるようになる。鉛と混ぜて火にかけると、即座に黄金になる


 なお、中国の明末(17世紀)に書かれた技術書『天工開物』は、錬金術を明確に否定しています。そこで、水銀の製造イラストを掲載しておきます。

錬金術
朱砂を砕く

錬金術
水銀の精錬

錬金術師
水銀を再び朱砂に戻す

■日本の錬金術

 日本では、空を飛ぶ「久米仙人」「陽勝仙人」などの仙人はいますが、錬金術的な仙人はあまりいない印象です。むしろ、不老不死薬の一環として、水銀の利用技術が重視されてきました。

『播磨国風土記』逸文には「尓保都比売命(にほつひめのみこと)」が、神功皇后の三韓征伐の際、赤土を授けて勝利に導いたとあります。
 この神は「丹生都比売」と同じで、朱色の硫化水銀「丹」の採掘に携わった丹生一族の祭神です。

『続日本紀』によれば、698年、伊勢から「雄黄」が、699年、下野国から「雌黄」が献上されました。いずれも薬ですが、金を生成する石でもあります。雄黄は「黄金石」と呼ばれ、雌黄より気に満ちていて、銅や銀につけると金になるといいます。

錬金術
黄金石と書かれた雄黄(『和漢三才図会』)


 水銀は、奈良・東大寺の大仏(752年完成)を造る際、金メッキのために大量に使われました。
 また、空海が816年、高野山に金剛峯寺を開いたときには、「丹生都比売」の案内があったとされています。

 伏見稲荷大社をはじめ、鳥居には朱色が多いですが、もちろんこれは水銀によって着色されています。水銀には木材の防腐剤としての効果があります。

 さて、大正時代には「錬金術」にまつわる有名な事件が2つあります。

錬金術師
伊東忠太が描いた「万有還銀術」


 まずは1921年(大正10年)に起きた「万有還銀術」騒動。埼玉県川口市の大地主だった羽鳥辰蔵は、中国の『淮南子』を参考にし、土砂から金銀を抽出できると確信、自宅に研究室を設け、実験に取り組みました。

 最初は失敗ばかりでしたが、飯塚秋一という助手を雇ったとたん、銀の抽出に成功します。

 やり方は簡単で、試料をソーダ、ホウ砂、硝石で焙融し、うどん粉と木炭を加え、ふいごで風を送るだけです。試料はなんでもよく、カキツバタの花や砂糖、パルプ、卵などいずれの場合も銀が取り出せました。
 また、風の調節によって金、銅、鉛、錫などが自在に取り出せたのです。

 この技術を九州帝大の丸沢常哉教授が認めたことで、大きな話題となりました。しかし、実は、助手の飯塚が「毎晩ふいごを吹かされるのがつらくて」炉の中に銀を投入していたことが判明。丸沢教授は辞職しました。

錬金術師
丸沢教授と飯塚(周りは報道陣)


 続く1924年、科学界の権威ともいうべき長岡半太郎が、水銀から金を作ることに成功します。

《理学博士長岡半太郎氏は数年前から専心研究を続けた結果、最近に至り理学上重大なる世界的の新発見を為し、18日帝大理学部の各教授間に之を発表し、20日理化学研究所に於て広く発表する事となった。
 右は聞く所に依れば博士は人工金の製造の研究を続けた結果、天然金と寸分相違なきものを発明し、これを分析に附した結果全く天然金と相違なきこととなった》(朝日新聞1924年9月20日)


 これが、「水銀還金術」の第一報です。 
 水銀の原子番号は80。金は79で、原子核の陽子が1個少ないだけ。水銀の陽子を放電実験で1つ飛ばしたところ、金が出来たというのです。

 長岡は、1904年に「土星モデル」という原子モデル(原子核の周りを電子が回るイメージ)を提唱した斯界の大物だけに、世界的な衝撃が走りました。

錬金術師
水銀から作られた金を顕微鏡で覗く東伏見宮


 1919年、イギリスのラザフォードは窒素にアルファ線をぶち当てることで、陽子が放出され酸素になることを確認。これが世界初の人工の元素変換です。

 さらに長岡の発表直前には、ドイツのミーテが、水銀灯に強い電気を流すと金が生成すると発表。これは実験ミスだと確認されましたが、当時、放射線を使えば、水銀から金が出来るという想定は成り立っていたのです。

 残念ながら、長岡の発表も測定ミスだと判明しました。
 長岡の「水銀還金」は失敗しましたが、この考え方や技術は、湯川秀樹の「中間子論」から量子力学に至るまで、科学の発展に大きく寄与しました。

長岡半太郎
長岡半太郎の水銀還金術


 現在では、加速器の登場によって、理論的には水銀から金を作れるとされています。

 1988年には、北海道大学の松本高明助教授が「核変換」により水銀から金を生成できると発表。直径1メートルの平べったくした水銀にガンマ線を2カ月以上照射し、その後6年かけて冷却すれば、金ができるというのです(ただし、金1グラムつくるのに20万円かかり、当時の金価格の約100倍のコストがかかる)。

 2012年には、東海大学(当時)の高木直行教授らが、水銀に中性子を吸収させる「核変換」で金を作り出す可能性を発表しています。

 錬金術への挑戦は、現在進行形で続いているのです。


制作:2018年5月30日


<おまけ>
 中国の丹薬、残り5種類は以下のとおりです。

●神丹(神符)
 服用すると100日で仙人になれる。足に塗れば水の上を歩くこともできる。3匙飲めば万病が癒える

●神丹
 1匙ずつ飲めば100日で仙人になれる。家畜に飲ませても不死になる。刀で切られ槍で突かれてもはね返せる。服用して100日たつと、仙人・仙 女、山川の鬼神がすべて迎えに来る

●餌丹
 服用すること30日で仙人になれる。鬼神はかしずき、仙女は前までやって来る

●伏丹
 飲めば即、仙人になれる。この薬で門や戸に字を書けば、あらゆる悪霊、盗賊などは入ってこれない

●寒丹
 1匙ずつ飲めば100日で仙人になれる。仙童・仙女がそばに仕え、翼を用いずに空を飛ぶことができる

<おまけ2>

 1697年にポーランド王となったアウグスト2世は、大の日本文化マニアでした。なかでも白い磁器が大好き。
 しかし、ヨーロッパに磁器を作る技術はありません。王は、錬金術師・ベトガーを監禁し、金を作るか磁器を作るかと迫ります。

 当時、磁器は鉱物やガラスを溶かしたり、白い破片を混ぜて作るのだと思われていましたが、ベトガーはカオリン(長石や雲母を含む粘土)を高温で焼成すると、白く変化することを突きとめます。さらにアラバスター(雪花石膏)という鉱物を混ぜるとガラス質になることが判明しました。これこそまさに「賢者の石」の発見です。

 こうして1709年、ベトガーはヨーロッパ初の磁器製造に成功。これがマイセンとなるのでした。

錬金術師
ヤン・ファン・デル・ストラダヌス「錬金術師」(ウィキペディアより)
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