五・一五事件(海軍側)弁論要旨

五・一五事件(海軍側)弁論要旨

 2003年5月15日、共同通信が大々的に報じた「弁論要旨」発見の記事ですが、この大きさを見れば、いかに重要な資料かが分かるでしょ? 
 それでは、膨大な資料のごく一部ですが、初公開!

 まずは目次から
第一章 緒論
第二章 法律論
 第一節 道徳と法律
 第二節 法律の日本化
 第三節 海軍刑法「叛乱罪」
 (一)首魁
 (二)謀議に参与するもの
 (三)群衆の指揮を為したるもの
 (四)其他諸般の職務に従事したるもの  
 (五)予備罪
 第四節 処罰の鉄則
第三章 動機論(上)
 第一節 支配階級の専恣横暴
 (一)政党政治の積弊
  (イ)極端なる買収選挙
  (ロ)忠誠心の喪失
  (ハ)迷夢未だ醒めず
 (二)政党と財閥との腐縁
  (イ)震災手形法案問題
  (ロ)田中内閣の罪悪
  (ハ)諸疑獄連発
 (三)特権階級の下剋上
  (イ)宇垣一成氏
  (ロ)西園寺公望氏
  (ハ)牧野伸顕氏
 第二節 欧米式学閥の跋扈
 第三節 国民思想の頽廃
第四章 動機論(下)ロンドン条約諸問題
 第一節 表はれたる諸問題
 (一)兵力量の削減
 (二)統帥権干犯
 (三)帷幄上奏阻止
 (四)国民負担の軽減
 第二節 隠されたる諸問題
 (一)堂々たらず帝国の陣容
 (二)溌剌たらず帝国の外交
 (三)悲しき凱旋
  (イ)財部全権の帰国
  (ロ)岩槻全権の帰国
 (四)尊き犠牲と尊からざる犠牲
  (イ)ロンドン条約反対派
  (ロ)ロンドン条約派
第五章 行為論
 第一節 武とは何ぞや
 第二節 武の宣揚と軍紀
第六章 処分論
 第一節 自決せざる原理
 (一)生死無我
 (二)支配階級の逆宣伝
 (三)古賀中尉の手記
 第二節 日本歴史の精華
 (一)大化の改新
 (二)元禄の快挙
 (三)安政前後
 (四)松平容保問題
 (五)刺客と其の処分
  (イ)板垣退助
  (ロ)露国皇太子
  (ハ)李鴻章
  (ニ)星亨
  (ホ)原敬
  (へ)浜口雄幸
 第三節 法は殺すべからず
第7章 結論



●第一章 緒論冒頭部分
《今日、明日の事を云ふ者、今日、明日の為に行ふ者は、嘲られ罵られ果ては累紲の辱を受け、遂には斬せらるゝ事をも覚悟しなければなりませぬ。去り乍ら、明日至りて始めて其称せし所悉くが肯定せられ、其行ひし所悉くが是認せらるゝ事無しと断ずる事は出来ませぬ。
 暮夜私かに小塚原回向院境内に佇ち累々たる先人の墓石に向ひまするとき此感愈々深きものあるを禁ずる事を得ませぬ。(中略)更らに、三百年来、苛斂誅求至らさるなかりし、幕府諸侯即ち中間支配階級に虐けられたる日本人の魂が有らゆる中間不純物を排撃して
天皇御親政の祖国日本、本来の姿に還元すべく爆発したのであります》

●第三章 第一節(一)(イ)極端なる買収選挙(現代語訳)
○官紀紊乱
 ・千葉県では昭和5年7月以降、2年間に6知事が更迭された
 ・宮城送電株式会社の時価75万円程度のものを135万円で買収し、その一部を政党費に提供した
 ・住友鉱山株式会社は煙害問題を有利に進めるため、民政党の知事と結託し、知事休職に際し、3万円を払った
 ・三菱系長野銀行が破産の危機に瀕すると、民政党代議士は勧業銀行に買収させた
○贈収賄
 ・塩水湊製糖株式会社の監査役が1億円を背任横領し、浜口雄幸首相の私邸の建築費に流用された
 ・静岡の民政党系代議士が、発電所建設の落札を条件に5万円贈与された
○政党財閥の苟合(こうごう)
 ・三菱財閥は民政党に年間100万円、政友会に25万円支払っていて、総選挙になると民政党に600万円、政友会に150万円程度払っている。
 ・名古屋東邦瓦斯株式会社社長は政友会代議士に100万円を提供し、東京東邦瓦斯の増資に成功した
 ・民政党山形支部では財閥一派と提携し選挙費用を捻出、政権につくと、標準課税額の3〜5割を減額した
 ・盛岡の財閥は岩手軽便鉄道を国有化させるため、グループ企業の盛岡銀行に運動資金80万円を出させ、これを政友会代議士3人に提供した
○財閥横暴
 ・津市では市内の財閥に政友会党費を出させ、財閥の戸数割配当を減額した
 ・台湾日月潭の工事起工費4500万円の募集を成功させた井上準之助前蔵相は、選挙運動費20万円を台湾電力会社長に要求した
○自治行政の紊乱
 ・金沢市会議長は商工会議所副会頭に選挙費用を出させ、その代償に市営病院の医療機器購入を独占させた
○土木行政の停滞
 ・政友会内閣が起工した清水港の工事は、政権が民政党に変わると中止されてしまった

 このほか、松島遊郭問題、教育行政の不統一及腐敗、自治行政破壊、選挙干渉、財閥の腐敗、米払下の不正、挙国一致の破壊など、詳細にわたって支配階級の腐敗が列記。

●第三章 第一節(二)(イ)震災手形法案問題
《神戸の鈴木商店の番頭金子直吉氏と浜口雄幸氏とは同郷でありまして浜口家の結婚に当り商店から御祝として金□万円が贈られたることがあります。鈴木商店の御用銀行たる台湾銀行が鈴木商店の為めに莫大の損害を受け如何ともする能わざるに至りまするや、若槻内閣は第五十二議会に同銀行救済を目的とする震災手形損失補償公債法案及震災手形善後処理法を提出して憲政会及政友本党の連合を以てしゃに無に通過せしめんとしたのであります……此時金子氏のばら撒きましたる金は一千万円と云ひ八百万円と云ひ五百万円といふ……》

●第四章 第一節(二)統帥権干犯
《民政党御用学者美濃部達吉氏は昭和五年五月三日乃至五日の東京朝日新聞に「海軍条約の成立と統帥権の限界」なる一文を寄稿して居ります。其要約は次の如きものであります。

 統帥大権の確立と云ふことは日本の憲法の名文の上には何等の根拠はない……国家の備ふべき兵力を定むるの権は決して帷幄の大権に属するものではなく、純然たる国務上の大権であって、専ら内閣のみか輔弼の責に任ずべきものであり、帷幄の下にある機関は毫(ごう)も之に関し得べきものではない……軍の編成に関する条約に至っては、啻々(ただただ)条約の帰結が国務上の大権に属するばかりではなく、軍の編成自身が国務上の大権に属するもので、之を定むることが専ら政府の職責に属することは云ふ迄もない。
軍部の意見は唯政府の意見を定むるに付て斟酌し参考せらるべき材料たるに止まるものである……他の諸立憲国に於ては嘗(かつ)て夫れが疑れた事を聞かぬ……

 氏には天皇の御親裁遊ばされる日本の国体が判って居ない。我統帥権を外国の夫れのようにしようとして居るのであります。
 暴論と云わんよりは国礎破壊論と云った方が当って居るのであります。斯(かか)る学者の門より忠臣の出つるを期待することは出来ませぬ。帝国大学より共産党員が出るのは当然であると云わねばなりませぬ。
 政府はこの御用学者の詭弁を唯一の根拠としたのであります。浜口首相及幣原外相は共々帝国議会に於て兵力量の決定権は政府に在り、軍令部の意見は単に之れを斟酌すれば可なりと明言し、其の演術は官報に立派に掲載せられて居るのであります。又時の陸相宇垣一成氏は浜口首相の議会の答弁を適法なりとすと意見を発表して居るのであります。然るに該(その)条約が枢密院に御諮詢に相成るや、枢府は兵力量の法定は軍令部長の同意を要すとの意見を有し、浜口首相が議会に於てなしたる如き答弁を以てしては如何ともすることが出来ませぬ。
 茲に於て浜口内閣は俄然前言を翻して、軍令部長の同意を得たりと変更したのであります。
 然かも畏(かしこ)くも天皇陛下の御前会議に於て総理大臣浜口雄幸氏は加藤軍令部長の出席を求めしに拘らず、之に反対し偽を以て条約を通過せしめたものであります。    
 天日為めに語らんと云わなければなりませぬ。而して浜口首相が軍令部の同意を得たり(と)称する根拠は次の如きものであります。
 四月一日午前八時、浜口首相は加藤軍令部長の来訪を求(め)ました。然るに其席上には何故か軍事議官岡田啓介大将が居合せて居たのであります。浜口首相は此両氏に対して回訓案を示し、賛成を求めたのであります。岡田氏先ず政府が回訓案を採用せらるるに於ては致方なき旨を答えたるに拘らず、加藤軍令部長は敢然として回訓案には絶対反対なる旨を明言して辞去せられたのであります。
 更に其日、海軍省に於て開かれたる海軍首脳部会議に於て、加藤軍令部長、末次軍令部次長に対し、山梨次官より「止むを得ざれば補充計画を立てては如何」と協議したのでありますが、両氏は苦り切って、一語も発しなかったのであります。右の事実に徴するも、軍令部長が政府の回訓案に反対意志を表示せるは明白であります。
 然るに右の事実を以て軍令部長は政府案に同意したと解したるものであると、枢府に対して答弁して居るのであります。其強弁、恰(あたか)も白を見て黒と解したりと云うことと毫も異ならないのであります。
 斯くても尚、統帥権干犯せられずと強弁せらるるのであるか、斯かる忘断は全海軍の青年将校、否、全国民一人として許さない処であります。
 御前会議に於て偽りが述べられた事は、日本帝国建国以来、未曾有の出来事であろうと存じます。天譴(てんけん )自ら至れるは天祐であります》

●第四章 第二節 (二)溌剌たらず帝国の外交
《若槻全権が米国に於て禁酒国として公式宴会に酔眼朦朧として出かけた為め馬鹿にされ始めたとか、松平全権が松平ーリード会見に於て「6割5なら」と口を滑らせた為めに乗せらるるに至ったとか、「メモ」を落して拾はれたとか、色々の噂話は別と致しまして、英国も米国も若槻財部両氏のみではなく、日本全権団全部を物見遊山の御連中位に考へて……》

《軍縮会議最後の日……何(時)になりましても財部全権が帰て来ない……よりよく取調べますると財部全権はエレベーターを取巻きましたる各国新聞記者団の中を「降参降参」と云ひ乍ら頭を掻ひてくぐり脱けたと云ふ事が判ったのであります。自決でもされては大変と一同手分けして捜査致しましたる処、驚くべし、愛妻稲子夫人と共に揚々として盛場に於て土産物を選択致して居たのであります》

●第五章 第二節 武の宣揚と軍紀
《「使命を果して罪あり使命を怠って咎なし」とは、実に捕えられたる青年将校の場合を申すのであります。
 使命とは任務の最大なるものでなくてはなりませぬ。
 使命の内容は即ち軍人精神であり、使命遂行の規律は即ち軍紀であるのであります。
 軍人精神とは軍人特有の道徳律であります。即ち、武そのものであります。
 軍紀とは軍人特有の法的規範であります。
 即ち当然武そのものと一致しなければならないのであります。
 即ち本件の如きは其形に於て軍紀に触れて居まするも、其精神に於て軍紀を生じたるものであります。
 即ち軍人精神の溌剌たる躍動であるのであります。(中略)
 捕えられたる青年将校等は軍紀を乱しましたる罪万死に当ると申して居るのであります。
 去り乍ら、軍紀を乱す最たる者は統帥権を干犯したるものであります。統帥権を犯し依て亡国的条約を締結したるものの一群は尚お恬然として高位に座し、国民総意囂々たる非難をも馬耳東風、蛙の面に水であるのであります》


●第七章 結論部 犬養首相に関してほか
《————話せば判る————
と最後の言葉を残し溘焉(こうえん)として逝かれましたる犬養首相幽明処を異にすると雖(いえども)青年将校が一片耿々泣いて叫びまする処其盡忠報国の赤誠に恐くは完爾(かんじ)として瞑せらるる事と信じます。
 最早今日如何に特権階級の忠誠を論じ、ロンドン条約の適性を弁じましても、凡ては業に行く処迄行って居るのであります。尚僅(わずか)に残りまする既成勢力の悲鳴は最早や国民に何等の関心をも与えませぬ。
 静かに瞑目して天地と融合するとき、鳴鳥は既に高らかに大和島根の黎明を寿いで居るのであります。
 捕らえられたる青年将校等如何に其暁を待ち焦れて居るでありましょう。一刻も早く其姿を見せてやりたい。夫れを「武士の情け」と云うのであります。祖国日本の魂、厳存する限り、死を賜わるか如きは断じてあり得ない処であります。私には左様な事を考えることは、断じて出来ませぬ。私共の持って居りまする感情を率直に申上ることを許されまするならば、諸氏と共に祖国明日の為、相抱いて泣き相携えて赴きたいのであります。去り乍ら夫れは許されない。
 尽きさる宿世の縁由被告人と為り弁護人となりて相識り相交りまする侭に三月、今日相別れ亦何れの日にか再び相語るを許されん。切々哀々惜別の感、禁ずる能わざるものがあるのであります》


制作:2003年5月15日

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