珍妙すぎる「代用品」の世界
「大豆の着物」から「陶製のボタン」まで

備前焼の手榴弾
備前焼の手榴弾(岡山県立博物館)


 1937年(昭和12年)7月、盧溝橋事件が起こり、日本は長い戦争の時代に入ります。
 1938年になると、国内で徐々に物不足が始まり、綿花やゴム、鉄鋼など多くの物資に制限がかかるようになります。

 たとえば真鍮、銅線、ハンダの使用制限が始まると、電球の製造に困難が生じるようになりました。また、ブリキ、真鍮、コルク、ゴム、鉄線の使用制限で、魔法分が作れなくなっていきます。
 しかし、電球でみれば、口金の真鍮を陶器製に替えれば、立派な電球が作れる可能性はあります。

 こうして、商工省は、国民に「代用品」の発明・製造について奨励するようになります。これを「発明報国」として、まずは予算10万円(すぐに15万円を追加、後に年100万円)の補助金をばらまき、さらに代用品の展覧会の開催も始まりました。

陶製のボタン、キセル、おろし金
陶製のボタン、キセル、おろし金(下町風俗資料館)


 1938年10月、上野・日本産業館で初めて「代用品工業振興展覧会」が開かれます。出品希望は2000種超、点数にして1万点近く寄せられました。これを15人の専門家が審査、1550種、点数にして数千個が採用されました。搬入日には、不忍池そばの遠路に何百台もの車が列をなしたと伝えられます。

 このとき、東芝は、テレックス食器やテコライト歯車など、新素材を使った新製品を出品しています。

代用品工業振興展覧会の東芝ブース
代用品工業振興展覧会の東芝ブース(『マツダ新報』1938年11月号、国会図書館)


 さまざまな出展がありましたが、そのなかで注目を集めたのが「繊維」関係です。雑誌『発明』(1938年11月号)によると、わらで作ったパルプ、マオランで作ったパルプ、大豆カゼインを使ったカゼイン羊毛(シルクール)、竹繊維などが出品されました。シルクールは実用化し、のちに「8億着の服ができる」などと言われました(『代用品の話』ダイヤモンド社、1938年)。なお、大豆は繊維以外にも、人造バター、塗料、膠着剤などにも使われています。

竹繊維を編んだ竹索
竹繊維を編んだ竹索


 さて、代用品の世界には多くの企業も参加しましたが、一方で、町には「素人発明家」があふれ出ることになります。こうした半分素人による発明は、えてして珍妙な方向に向かう傾向にありました。今回は、そんな一端がうかがえる座談会を公開しておきます。

 以下、雑誌『日の出』(1941年4月号、新潮社)に掲載された「代用品の発明苦心座談会」を、読みやすく一部改変のうえ、省略引用しておきます。商工省や特許局の役人6人(商工省:荒井浩、鈴木一郎、谷口泉/特許局:菅貢、中井一鵄、若杉吉五郎)が参加しています。

(ここから)

若杉 世界に誇るべき発明といえば、大豆人絹(注:人造絹糸)もその一つだと私は思うんですがね……これは大豆のたんぱくでつくる人絹なんですが、20年ばかり前、ドイツのトーテンハウプト博士がカゼイン(牛乳たんぱく)を原料として人造繊維を作ることに成功してから、大豆たんぱくに目をつけて、それを原料とした人造繊維を作る研究をはじめたことがあるんですが、どうしてもいい糸ができないでさじを投げてしまった。それを、日本人が今事変になってから、満州に豊富な資源をもつ大豆に着目して、そのたんぱくから人造繊維をつくることに成功したのです。これは、まったく世界に誇るべき化学の勝利だと思いますね。

記者 すると、いまに大豆の着物なんてのが現われるわけですね? ガラスの着物というのは聞いていますが……。

若杉 英国ではガラスの糸でつくったタオルを売ってるそうですが、万一微細なガラスの粉が目に入ると困るんですよ。

記者 そこへいくと大豆の着物は便利ですね。食料に困ったら煮て食べる……。

菅 そうはいきませんよ(笑)。

記者 クジラやクジラの皮がだいぶ問題になってるようですが、これなどはどうですか?

谷口 そうそう、皮革代用品としてのサメやクジラの皮も日本が世界第一です。現在、靴屋の飾り窓(ショーウィンドウ)に飾られてある靴の底は、ほとんどクジラの皮で、たいていの人はそれを知らずにはいている。これは、牛の皮と少しも変わらぬといっていいくらい丈夫な皮です。それから、犬の皮や馬の皮、モルモットの皮まで靴に使用されているのですよ。馬の皮など(牛の)ボックス革より見た目がよくて丈夫だそうです。

クジラから作ったコラーゲン繊維
クジラから作ったコラーゲン繊維


荒井 僕は、この間、腕時計のバンドに作られてある妙な皮を見せられて「なんの皮だかわかるか?」と言われたが見当がつかないんだ。蛇の皮にちょいと似ているが、そうでもないらしい。いろいろ考えた末、とかげの皮らしいと思ってそう答えると、なんとこれがニワトリの足の皮でね。これには、ちよいと驚いたね。

若杉 あれは、なかなか丈夫なもんです。

菅 私は三重県にいたころ、農家でニワトリの皮をなめして市場に出してるのを見ましたが、あれは蟇口(がまぐち)などにもなるらしいですね。

谷口 蟇口といえば、食用ガエルの皮も蟇口になっていますよ。

中井 これが名実完備の蟇口だ。

記者 実にいろいろな物を生かして代用品を製作しているのですね?

中井 そうです。動物の内臓まで捨てずに使っているのです。これは、大きな動物の内臓の皮を適度になめして写真機の蛇腹などに使っているのですが、実に立派なものです。

谷口 クジラの心臓やサメの腸(はらわた)なども皮革の代用品に使っていますね。

若杉 近ごろ、牛の毛を結合剤で固めて、靴の底を作る研究をしている人がいますが、なかなか成績がいいようです。それから、こんにゃくを溶かして、そうとう立派な人造繊維を作る研究をしている人もある。そうかと思うと、なまこを溶かして酸の中に入れて人造繊維を作る研究をしている人もいるんで……。

中井 カビから人造繊維を作っている人もいるじゃありませんか?

若杉 そうそう。京都の米屋さんでしたね、あれは……。なんでも、コメのとぎ水から、6〜7寸の「ひげかび」という長いかびをとるんですが、これは色が黒いので、漂白剤で白くしてから化学的処理をするとそうとういい繊維がとれるらしいんです。

記者 しかし、実際、かびで人造繊維が作れるもんでしょうか?

中井 いや、ひげかびはキチン質といって、カニの甲羅やツメと同じ性質のもので、このキチン質のカニの甲羅からは、20年前にドイツで人造繊維を作っているんですから、ひげかびからも立派に人造繊維が作れるわけなのです。

谷口 紙の着物ってのがありますね? コウゾ・ミツマタを原料にして作った紙を細く切って撚りをかけて織ったものですが、洋服やカバン、行李の材料に使われている。

 これは、ご維新のころ、仙台藩で廃藩置県の折り、士族の家内工業として藩主が奨励したため、一時、非常に発達したのですが、その後、次第に衰微して製作する者も跡を絶ってしまった。それが、事変後、仙台のある旧家の主人が土蔵から、このコウゾ・ミツマタから作った裃(かみしも)をとり出してみて、「こんな立派なものを捨てておくのはもったいない。物資不足のこの時局に、なにかの役に立ててみよう」と、昔の製作方法を研究し、これに化学的処理をして、いわゆる紙の織物を完成したのです。

 これは現在、製作されてない古い物からヒントを得たものだが、他にもまだまだ気がつかないもので、生かして製作すれば現代でも使える古い物がずいぶんあるんじゃないかと思うんですがね……。

鈴木 あの紙の織物は、去年の9月、商工奨励館で催した代用品展覧会の守衛が制服に着ていましたが、そばに寄ってみると糸は少し太いが、なかなか丈夫だと言ってましたよ。

中井 私は役所で来ている人のを見ましたが、ちょいと麻みたいで、見た目もわるくないし、洗濯しても平気だそうですね。

記者 昔の紙子とは違うのですか?

若杉 いや、紙子は紙を貼りあわせて作った着物で、これは、ちゃんと糸に撚って織ってあるんです。

紙子(紙衣)と紙布は別物(和漢三才図会)
紙子(紙衣)と紙布は別物(『和漢三才図会』)


谷口 この間、私の友人が池袋で街頭に出ている靴屋に靴の踵(かかと)を代えさせたところ、あくる朝になってみると、その靴の姿が見えない。おやっ? と思って、家の周囲を探したら、庭の隅で猫がうまそうに靴の踵をかじっていたというのです。それで、その踵をよく調べたら、どうでしょう、これが、スルメを張り合わせて作ったとんだ代用品だった(笑)。こういう悪徳商人もいるんですから、お客はよほど注意をしないといけませんね。

鈴木 スルメの踵と知らないではいていて、すぐに踵が痛んだら「ふん、なにかの代用品だな、これだから代用品はいかん」とくる。ちゃんとした代用品こそ、いい災難ですよ。

(ここまで)

伊勢丹の代用品販売
伊勢丹の代用品販売(『生産と配給』1941年3月号、国会図書館)


 こうした努力の末、日本の代用品産業は世界トップクラスになりました。対談では、鈴木氏がこう語っています。

「スフ(ステープル・ファイバー)は世界一で、人絹の生産なども世界一・二だし、大豆の利用、つまり豆粕から工業用の糊(のり)やベークライトなどを作ることも世界一と言っていいでしょう。それから、セルロイド工業の加工品、これは中小工業者の手でできるうえに、加工技術は器用な日本人に適している関係から、非常に発達が早くて、よほど前から輸出品として海外に進出していました。

 これにはいろいろ優秀な製品がありますが、最近ではチャックとか、スナップボタンまでできています。それから、刃の部分だけが鋼鉄(はがね)で、柄をセルロイドで作ったハサミや、セルロイドの霧吹きなど……」

 なお、まともな代用品を選ぶには、商工会議所「優良品選定委員会」が選定した優良代表品が推奨されています。優良品には「日商選定新興品」というマークをつけられていました。

日商選定新興品マーク
日商選定新興品マーク


制作:2024年6月22日

<おまけ>

 資源の少ない日本で、輸入が途絶して困ったのがゴムでした。そこで、「鉄兜字消製作所」は消しゴムの代用品を開発しています。
 大豆油、アマニ油、鯨油などに炭酸カルシウム、粘土などを混ぜ、加熱後に塩化硫黄を混ぜて撹拌することでゴムのような素材ができあがりました。通常のゴムに遜色なく、鉛筆もクレヨンも消せ、紙を傷めることもなかったようです。

鉄兜字消
鉄兜字消(『生産と配給』1941年3月号、国会図書館)
 
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