「殺人光線」開発史
原爆と並ぶ最強の秘密兵器

殺人光線
殺人光線


 H・G・ウェルズが書いたSF小説『宇宙戦争』は、火星人が地球を襲撃するというストーリーです。火星人は「殺人光線」を使って、地球を完膚なきまでに破壊していきます。この小説は1898年に発表され、ラジオドラマなどを通じて世界中に広まっていきました。

 20世紀に入ると、殺人光線の実用化を目指し、各国で研究が始まります。特に軍用機が実用化した第1次世界大戦以降、遠方から敵機を撃墜する秘密兵器として開発が加速します。
 開発に熱心だったのは日本軍も同様で、陸軍でも海軍でも極秘裏に研究が進められました。

 石原莞爾の『最終戦争論』(1940年)には、《もし殺人光線、殺人電波その他の恐るべき新兵器が数千、数万キロメートルの距離に猛威をほしいままにし得るに至ったならば、航空機が兵器としての絶対性を失い、空軍建設の必要がなくなるわけである》と書かれており、期待の高さがうかがえます。

 いったい殺人光線とは何だったのか、残された資料から検証します。

殺人光線
戦車も焼き尽くす


 殺人光線自体は、古くから記録されています。
 文献上、世界最古の殺人光線は『日本書紀』で、神武天皇が長髄彦と戦った際、天皇の弓に止まった金色のトビ(金鵄)が発光し、敵軍の目がくらんで、天皇が勝利するという話です。

金鵄と神武天皇
神武天皇と金鵄


 人工のものでは、「アルキメデスの熱光線」が有名です。紀元前212年、ローマ軍はシラクサを陥落させますが(第2次ポエニ戦争)、シラクサにいたアルキメデスが反撃のため、太陽光を集めてローマの艦隊を炎上させたというエピソードです。

殺人光線
イブン・ハイサム『光学の書』に描かれたアルキメデス熱光線(ウィキペディア)


 近代の殺人光線は、1924年、イギリスのグリンデル・マシューズが、電磁波によってネズミを殺したと発表したことから始まります。この理屈を簡単に説明すると、ネズミを強力な電子レンジに入れれば水分が沸騰し、焼けてしまうということです。

 マシューズは、ほかにも次のような実験を行います。

●火薬を遠距離から爆発させる
●手に持った電球を遠距離から点灯させる
●自動車のエンジンを遠距離から止める

 これは、簡単に言うと強烈なIH調理器のようなものです。電磁波は金属に電流を誘発します。電気が流れると発熱し、場合によっては火花も放つので、この火花を使えば離れた場所から爆発させることが可能。もしガソリンタンクに火花を散らしたら、大爆発です。
 また、エンジンには電気式の点火プラグがあり、これを電気または火花で故障させればエンジンは停止します。

殺人光線
グリンデル・マシューズの実験


 マシューズの研究は成果が疑問視されていますが、続くニコラ・テスラの殺人光線研究は、それなりに成果があったとされます。交流モーターやタービンを発明したニコラ・テスラは、高周波・高電圧で放電できるテスラコイルも発明しています。高圧エネルギーを飛ばせるなら、それはまさに殺人光線となります。
 ニコラ・テスラは最終的に無線による送電システムを構想しており、これは現在でも宇宙太陽光発電として研究が続いています。電気を空中で送れるなら、殺人光線も簡単に作れるはずです。

宇宙太陽光発電
宇宙太陽光発電(JAXA)


 このほか、ドイツではX線を使った殺人光線の開発が進んでいました。
 ナチスが極秘裏に殺人光線を完成させたとの噂が立ち、1934年、イギリスのワトソン=ワットは電磁波による殺人光線の可能性を軍部から聞かれ、これを否定。しかし、電磁波による飛行機の探知システムは可能だとし、実際にレーダーを開発します。

殺人光線
X線を利用した殺人光線による飛行機のエンジン破壊実験(フランス、1935年)


 こうした先例を元に、日本軍も殺人光線の開発に乗り出します。
 陸軍の内部資料『特殊技術研究要領制定の件』(1935年)には、以下の5種類の新兵器が記録されています。

●科く号:怪力放射線を人体又は電気装置等に作用せしむる装置
●科う号:電気雲により人体又は電気装置に作用し又は爆薬を爆発せしむる装置
●科き号:怪力光線により敵を眩惑せしむる装置
●科と号:防空電気砲装置
●科かは号:高圧電気の利用により敵の通信網等を一挙に破壊する装置

殺人光線
特殊技術研究要領制定の件(アジア歴史資料センター)


 このうち、「敵を眩惑せしむる装置」を現在のサーチライトだと見なすと、「照空灯(陸軍)」「探照灯(海軍)」として早い時期に実用化されています。
 では、そのほかの研究成果はどうだったのか。

陸軍の照空灯
陸軍の照空灯


【陸軍科学研究所の殺人光線】

 昭和20年6月、特高警察本部は「陸軍科学研究所で殺人光線を研究している人物」がイカサマ師の可能性があるとし、捜査に乗り出します。捜査で判明した秘密研究の成果は以下の通り。
 
《この殺人光線という新兵器は、一応完成したのだった。それは、だいたい4キロメートル以内の照射効力を持つものであったが、(中略)これに照射されたわたしの副官などは、頭痛、発熱、嘔吐、腹痛に悩まされ、2日間も寝込んでしまった。わたしの副官だけではない。この光線に当てられた人びとは、大小の差はあったが、すべて異状を訴えたのだ。こうしてこの第1回の実験は成功した》(大谷敬二郎『憲兵』)

 この実験が行われたのは第九陸軍技術研究所、いわゆる登戸研究所です。登戸研究所は秘密兵器の研究施設で、殺人光線は風船爆弾などとともに第1科で研究されていました。ちなみに第2科は毒薬・細菌・秘密インキ、第3科はニセ札を研究しており、第4課は実用化を担っていました。

殺人光線
怪力線でヘナヘナになった砲身(想像図)


 実際に登戸研究所にいた研究員の証言が残されています。

《研究室で行ったのは、強力な電波を発振する装置の開発と、モルモットなどを使った殺害実験。発振機開発には成功したが、動物実験では近距離からでしか殺すことができず「自然空間で人間を殺すには膨大な電力が必要で、実用兵器にするには大きな疑問を持った」という》(『信濃毎日新聞』1998年9月13日)

 殺人光線の開発チームは、1945年4月に長野県松川村に疎開。

《疎開先の松川村での研究は、責任者だった元少将から戦後、「375メガヘルツ、1000キロワッ トの強力電波で、超低空で飛来する米軍機のB29をエンジンストップさせることを目的に研究を進めた。直径10メートルの反射鏡も完成したが、一度も使用することなく敗戦を迎えた」と聞いた》(同)

雷発生装置
250万ボルトの人工カミナリ発生装置(芝浦製作所=東芝)


 登戸研究所にいた別の研究員は、殺人光線は人工カミナリの発生装置だったとしています。

《4科の敷地に、4階まで吹き抜けになった木造の縦長の建物を見つけた。天井から長い絶縁碍子(がいし)が垂れさがり、周囲の壁に階段と廊下が設けられて実験を観察できるようになっている。これは明らかに超高圧発生装置だ。鉄筋だと火花が壁に向かって飛ぶ危険性がある。
 床の上にサーチライトのお化けのようなものがある。紫外線を投射するものだそうだ。部屋の片隅に飛行機の機体が置いてある。強力な紫外線ビームで空気を電離し、電導度が上がったところに超高圧で雷を横に走らせるような実験をしているらしい》(新多昭二『秘話陸軍登戸研究所の青春』)


殺人光線
紫外線の殺人光線(アジア歴史資料センター『戦法上より見たる屈敵兵器の考按』)


【海軍技術廠の殺人光線】

 海軍の研究所は、静岡県島田市にあった「第二海軍技術廠(しょう)牛尾実験所」です。
 本体である島田実験所では、電子レンジに応用されている「マグネトロン」で強力な電磁波を発生させる研究が進んでいました。この電磁波をパラボラアンテナから発信、1万メートル上空のB29に当てて、エンジンをスパークさせるものです。陸軍の研究と似ていますが、海軍は「Z研究」「Z装置」と呼び、朝永振一郎や湯川秀樹など後のノーベル賞学者も参加する中で開発が進みました。

殺人光線
島田実験所のスケッチ(『静岡県の昭和史』下巻)


 その分室である牛尾実験所では、「A装置」の研究が行われました。これは、電波によって起爆する砲弾だと推測されています。

《高射砲によって発射される砲弾には、マイクロ波を受信するアンテナと起爆回路が組み込まれている。上空を飛ぶ航空機に向けて、パラボラ反射鏡からビーム状のマイクロ波を持続的に照射する一方、航空機に向けて打ち出された砲弾は、ビーム状のマイクロ波の照射されている領域に入ると、起爆する。こうして、航空機に接近した場所において砲弾を爆発させることができる。これが、「極超短波近距離起爆装置」ということになろう》(『第二海軍技術廠牛尾実験所跡遺跡』)

 戦後の1945年9月から10月にかけて、アメリカから来日した科学情報調査団が日本の科学開発の状況を徹底的に調査し、コンプトン報告書を出しました。報告書には、「殺人光線」の開発に関与した八木秀次博士の聞き取りが記録されています。
 報告書には陸軍において「3〜4キロワットの光線(極超短波)で30メートル先のウサギを殺す実験に成功したが、人体実験はしていない」と述べてありました。(『毎日新聞』1994年10月13日)

殺人光線
戦後も続く殺人光線願望(1950年)


 1960年、アメリカで世界初のレーザー実験が成功します。レーザーとは、光の波をそろえて増幅して放射することで、基礎理論はアインシュタインによります。
 世界初のレーザーは、ルビーを発光素子に使いました。その後、ヘリウムとネオンの混合ガスなど気体を使い、現在では半導体レーザーによる光通信も実現しました。

 レーザーは通信や距離の測定に有効ですが、エネルギーの集中性を利用すれば、簡単に殺人光線が実現します。いまではレーザー銃、レーザー砲など多種多様に。こうした殺人光線は「指向性エネルギー兵器」といわれ、音響兵器なども含まれます。まだ実現していませんが、加速器が小型化すれば、『機動戦士ガンダム』に登場したビーム砲も製造可能です。

 すでにアメリカ海軍は軍艦にレーザー兵器LaWSを搭載しています。1発わずか1ドルで、音もなく敵機を攻撃できます。しかも、光速のレーザーは大陸間弾道ミサイル(ICBM)の5万倍のスピード。火星人が地球にもたらした殺人兵器は、ようやく地球上で実現したのです。

レーザー兵器
レーザー兵器LaWS(アメリカ海軍研究局)


制作:2017年8月29日


<おまけ>
 ラジオの電波も紫外線もX線もすべて電磁波の一種ですが、1945年には波長のきわめて短い「ミリ波」を殺人光線へ応用できないか想定されました。波長が短ければ短いほど指向性が強くなるため、エネルギーをきわめて小さい空間に集中して送ることができるからです。
 しかし、仮にミリ波を送ることができても、殺人光線は無理かもしれないと『科学朝日』(1945年1月15日号)が書いています。素人計算でも、殺人光線には莫大なエネルギーが必要だとわかるからです。

 仮に50kgの人間が100%水でできているとして、体温を摂氏1度上げるのに必要な熱量は50キロカロリー。これをエネルギーの単位ジュールに換算すると約200キロジュール。これだけのエネルギーを1秒間に供給しようと思えば200キロワットの電力が必要です。わかりやすくいえば、100ワットの電球2000個を1秒間つけるだけの電気を人間に与えると、体温が1度上がるわけです。体温が7度上がれば人間が死ぬとして、1秒間に電球1万4000個分の電気を放電する必要があるのです。やはりこれはちょっと無理かもしれません。

雷撃母艦
ついに空想兵器「雷撃母艦」も(画・鈴木御水)
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