500年後は「誰もが入れ歯」
反骨ジャーナリスト宮武外骨と『滑稽新聞』

500年後の世界
500年後の世界



 日露戦争が始まった直後の1904年(明治37年)年3月、ジャーナリスト宮武外骨が発行する「滑稽新聞」69号に、こんな文章が掲載されました。

「今の○○軍○○事○当○○局○○者は○○○○つ○ま○ら○ぬ○○事までも秘密○○秘密○○○と○○○云ふ○○て○○○○新聞に○○○書○か○さぬ○○事に○して○○居る」

 ○は伏せ字ではなく単なる記号で、文字をそのまま読めば意味が通じます。検閲を皮肉ったパロディーです。

『滑稽新聞 キバツとコッケイ』
糞を上流に運ぶ「上流生活」より、海の「どん底」のほうが気楽
(『滑稽新聞 キバツとコッケイ』18号より)


 
 宮武外骨は、幕末の1867年(慶応3年)に香川県で生まれ、20歳で『屁茶無苦(へちゃむく)新聞』を創刊しますが、いきなり発禁処分となりました。

 1889年(明治22年)年、大日本帝国憲法が発布された直後、『頓智(とんち)協会雑誌』に「頓智研法発布式」という戯画を掲載します。「頓智研法」を骸骨(=外骨)が下賜するイラストで、まるで明治天皇が骸骨のように描かれています。これが不敬罪に問われ、3年8カ月もの間、服役することに。

『滑稽新聞 キバツとコッケイ』
頓智研法発布式(ウィキペディアより)



 その後もいくつか雑誌を刊行しますが、1901年(明治34年)1月、外骨は大阪で諷刺雑誌『滑稽新聞』(月2回刊行)を創刊します。

「威武に屈せず富貴に淫せずユスリもやらずハッタリもせず、天下独特の肝癪(かんしゃく)を経(たていと)とし色気を緯(よこいと)とす、過激にして愛嬌あり」というキャッチコピーの下、警察や政治家の汚職、商人の不正、さらに首相の女性問題を攻撃するなど過激な編集方針でした。当然のことながら人気を集め、部数は当時の主要紙だった「大阪朝日新聞」「大阪毎日新聞」に迫る月8万部を誇りました。

 しかし、閉塞感漂う時代のなかで、『滑稽新聞』は1908年10月の「自殺号」をもって『大阪滑稽新聞』に改題。さらに発禁が続き、1911年2月、外骨は滑稽新聞社から完全に身を退きます。『大阪滑稽新聞』は1913年(大正2年)9月15日号(第116号)で廃刊となりました。

 1923年、関東大震災が起きると、被災した外骨は『震災画報』で被害の実態をイラストを交え、詳細に記録していきます。一方で、政争で組閣が遅れたことを「地震内閣」とからかい、「到底余震は免れないであろう。ハハハ」と揶揄するなど、まだ反骨精神は健在でした。

貧乏大蔵省、ない財布は割り振れない
貧乏大蔵省、ない財布は割り振れない



 生涯で入獄4回、罰金15回、発禁処分14回を経験した外骨ですが、昭和に入ると、趣味の釣りや絵葉書収集など風俗史研究に時間をかけるようになります。さすがに60歳を過ぎて、徐々に負担が大きくなったのかもしれません。

 そうしたなか、1927年(昭和2年)、かつて外骨の下で仕事をしていた島屋政一が、外骨を主筆に迎えて発行した雑誌が『奇抜と滑稽』です(その後『滑稽新聞 キバツとコッケイ』に改題)。この雑誌では4号まで外骨が執筆しましたが、政治批判などは比較的少なく、どちらかというと面白ネタの多い娯楽系の雑誌となりました。

「めし」屋の看板は「女」に「しんにゅう」
「めし」屋の看板は「女」に「しんにゅう」
※下ネタも多い雑誌です



 すでに外骨が編集から離れた『滑稽新聞 キバツとコッケイ』18号(1928年)に、「500年後の世界」という文章が掲載されています。まともな予測というより、ネタ的な意味合いが強いので、とりたてて時代背景を考えるようなものではありませんが、単純に面白いので、以下、全文を掲載しておきます(著者は「想蛇朗」氏)。イラストが1点もないのが残念ですが。

【500年後の世界】

●人間が年々何億と増えるので、陸上には住めない。海の上へ船架住宅が並んでしまう。往来する船舶がすれすれで動けないので、旅行者は船から船と渡っていく。

●生存競争が激しく、食べている卓(テーブル)の皿を盗んでゆく者や、かぶっている帽子やステッキをさらってゆく者が出る。博士の月給、驚くなかれ2円くらい、博士が小使いや門衛になるのに血眼の就職難におちいる有様。

●食料が高くなって、上流生活者以外には米は絶対に口へ入らない。常食はたいてい草の実、樹の皮、みみず、おけら、海草。下等食は砂利、紙っ屑、石炭まで平気で食う。

●生まれた赤子がすぐしゃべるし、どんどん菓子パンを食べ、自転車にも乗れる。5〜6歳が若い衆盛り、12〜13歳は中老の年齢だ。女は7〜8歳でももう老嬢(オールドミス)あつかいされ売れ口がない。

●労働時間が短縮されて1日3時間労働くらい。したがって高等遊民が増大して、寝ていて金儲けをしたがる者ばかり。街頭には高級乞食が群れをなして袖乞(そでこ)っている。くれない人には何千人も取り巻いて騒ぐゆえ、署員総動員の有様。

●建物もみな超ビルディングで、高いのになると1000階から1万階までざらにあり。一番頂上に住む者は下層社会の者で、家賃は3銭5厘くらい、そのかわりエレベーターで買物に行くのに、どうしても1週間かかる。

●空には大飛行艇や超超飛行船がトンボほど群れをなして、旅人から大貨物をどしどし運搬する。富士山頂には着陸地が設けられ、大公園がある。

●娯楽場は10里四方ほどもあって、あらゆる興行物から飲食店の行列、味覚や聴覚にあきてしまって、粋人や通人は墓場で宴会などをやる。

●男女関係が露骨で、一面識もないものに秋波を送ると、すぐ恋人で3分間くらいで同棲してしまう。

●靴や下駄や草履をはく者は時代遅れとなし、脚には動力つきの車輪靴を付け、東京から長崎までを3時間で往復する記録保持者(レコードホルダー)は珍しくない。

●飲食物は箸などは使用せぬ。滋養物を混合して液体として、パイプに唇をあてると飴のように出てくる。噛む世話が要らぬから、歯がみんな抜けて入れ歯ばかりだ。

●親子の愛情は、たった産んだときばかり。あとはもう他人扱いとなる。夫婦も結婚率に対して離婚率が増える。内閣を組織しても3日より続かない。役人もたいてい10日くらいで老朽淘汰されてしまう。

●太陽の熱と光が衰えて、人工灼熱器や何億万燭光を真っ昼間灯さなければならない。月や星の世界とどしどし交易して、戦争や外交問題が起こってくる。月の世界から1マイルもある巨弾が見舞うたびにかなりの高山に隧道(トンネル)があくので、すぐ利用して汽車が通過する。したがって、空中を滑走する瓦斯(ガス)車や電車が縦横無尽だ。

●極度に人間が末梢神経を働かすので、頭脳ばかり巨大となり、肉はなくて骨と皮ばかり――とは嘘の皮かもしれない。

女の道楽は、値上げへの癇癪玉をつくること
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※元ネタは米騒動

制作:2022年8月6日
 
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