全興寺の地獄
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大阪珍スポット「天国と地獄」編
幻の「家康」暗殺計画!
こちら地獄の入口
今回は珍スポット紀行なんですが、違和感たっぷりに文学的に攻めたいと思ってるのですよ。
で、まずは司馬遼太郎が中世の自治都市「堺」について書いた文章から。
《堺という地名感覚には、日本に例外的に存在した自由都市の見果てぬ夢をふくんでいるとともに、権力の側からみても、信長が見ることなくして歴史から去った夢を象徴しているようなところがある》(『街道をゆく』)
ホント、司馬遼の文章って味がありますが、ここだけ引用すると、まったく意味が分かりませんな。
ま、要は堺が夢とロマンに満ちた自由都市だったということだけ伝わればいいのです。
当時の堺には巨大な環濠がめぐらされていて、これが自治を守る防波堤となっていました。ところが、その環濠跡はまったく残っていません。現在の内川や土居川は大坂夏の陣による大火災の後に江戸幕府が定めたもので、オリジナルのものではないのです。
さてさて。
今回、「自由都市の見果てぬ夢」(かっこいい!)を探しに大阪まで行くことにしましたが、その場所は堺ではありませぬ。だって実際のところ、今の堺に行っても、往時を偲ぶものなんて何もないからです。
そこで、大阪市の端っこある平野という場所に行ってみました。地元民以外、もはや誰も知らないでしょうが、ここはその昔、堺と並ぶ自治都市でした。そして、周囲には環濠と土塁がめぐらされており、堺と同盟して信長に抵抗した歴史も持っています。
これが平野の環濠跡
環濠集落・平野には全部で13の出口があり、それぞれに遠見櫓(やぐら)や旅の安全を祈願する地蔵堂がありました。出口のうち、比較的大きいのがここ樋之尻です。
樋尻口地蔵
1615年、大坂夏の陣で徳川家康がこの場所を通過すると予測した真田幸村は、地蔵堂に地雷を仕掛け暗殺を狙います。
案の定、家康はこの場所を通過し、地蔵堂で休憩。まさに暗殺成功かと思われたものの、爆発のタイミングがずれ、失敗に終わりましたとさ。
このときの爆発の勢いで地蔵の頭が吹っ飛び、その頭が近くの全興寺に祀られています。
でだ。実はここからが本題で、この全興寺は大阪有数の珍スポットなのでした。なんとこの寺には天国と地獄が作られているのですよ。でもって、結構怖いんだ、これ。地獄の紹介ビデオ?もおどろおどろだし。
<これが地獄!>
こちら閻魔大王
これマジで結構怖いんですけど? 女の体内に人間いるし???
そしてなんと地獄の釜の音が聞こえる石が!
看板も怖いしな
<かたや、こちらが天国>
ガラスで出来た涅槃仏
「ほとけのくに」に入ると、内部には水琴窟が!
実際は闇の中に曼荼羅が光り輝いているのですよ
ちなみに水琴窟というのは、水が落ちる音が琴のように美しい響きをなすという……日本独自の庭園施設ですが、まぁ、極楽はこんなきれいな音で満ちているんでしょう。
どうでもいいんですが、この寺には駄菓子屋さん博物館があり、それにつられてきた子供は地獄絵を見て卒倒するんじゃなかろうか? 絶対夢に出てくるよ、あの地獄は。
ウソをついてはいけません
更に余談ながら、この地獄には絶対手を触れないように。思わず触ってしまった俺ですが、寺中に警報音が鳴り響き、ホント心臓が凍り付きましたよ。
いやー、「自由都市の見果てぬ夢」はすごいものでした。わざわざ2度は行かないかもしれないけれど、1度くらいは行ってみるのもいいかもね!
制作:2005年6月11日
<おまけ>
杭全神社の狛犬
平野には杭全(くまた)神社があります。この神社の狛犬の足に注目。いくつものヒモが何重にも巻かれていますが、これはいったいどういう意味があるのか?
実は「足どめ信仰」といって、どこかへ行ってしまった人が戻ってきますように、という祈りからきたものです。いい話でしょ?
この町では、寺にしろ神社にしろ、一生懸命祈ってる人の姿が多く見られたんですが、平野の人は信仰心が篤いようです。ホントのところ、とってもいい印象の町なのでした。
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