・集会や新聞雑誌などの停止
・民間物資の調査、輸出禁止
・銃や弾丸、危険物などの検査、押収
・郵便の開封、交通の停止
・民間所有の土地家屋などの破壊
が許されます。
「合囲地境」戒厳下では、すべての地方行政・司法事務が軍の管理下になり、各種裁判も軍によって裁かれることになります。
さらに、
・昼夜の別なく、家屋建造物に立ち入り検査
・強制退去
などが可能となります。
これまで日清戦争下の広島、日露戦争下の長崎・佐世保・対馬・台湾などに「臨戦地境」戒厳が敷かれたことがありますが、「合囲地境」戒厳が敷かれたことは一度もありません。
以上の戦時戒厳に加え、大日本帝国憲法の第8条「天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ……法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス」に基づいた行政戒厳も存在しました。これはクーデターや事変の場合に戒厳令を限定的に適用できる制度で、日比谷焼き討ち事件(明治38年)、関東大震災(大正12年)、そして二・二六事件(昭和11年)で使われました。
参考までに二・二六事件の勅令の流れは以下の通り。
朕茲ニ緊急ノ必要アリト認メ枢密顧問ノ諮詢ヲ経テ帝國憲法第八條第一項ニ依リ一定ノ地域ニ戒嚴令中必要ノ規定ヲ適用スルノ件ヲ裁可シ之ヲ公布セシム
御名御璽
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勅令第十八號
一定ノ地域ヲ限リ別ニ勅令ノ定ムル所ニ依リ戒嚴令中必要ノ規定ヲ適用スルコトヲ得
朕昭和十一年勅令第十八號ノ施行ニ關スル件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
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勅令第十九號
昭和十一年勅令第十八號ニ依リ左ノ區域ニ戒嚴令第九條及第十四條ノ規定ヲ適用ス
東京市
朕戒厳司令部令ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム
御名御璽
|
さすがに、戒厳令は簡単には発せられないようです。
では、以下に戒厳令の全文を公開しておきましょう。
公布は明治15年(1882)8月5日(太政官布告第36号)で、明治19年(1886)に改正されています。廃止は昭和22年(1947)です。なお、以下の条文は読みやすくするため、「」や句読点などを加えています。
第二条
戒厳ハ「臨戦地境」ト「合囲地境」トノ二種ニ分ツ
第一 「臨戦地境」ハ戦時若クハ事変ニ際シ、警戒ス可キ地方ヲ区画シテ臨戦ノ区域ト為ス者ナリ
第二 「合囲地境」ハ敵ノ合囲若クハ攻撃其他ノ事変ニ際シ、警戒ス可キ地方ヲ区画シテ合囲ノ区域ト為ス者ナリ
第三条
戒厳ハ時機ニ応シ其要ス可キ地境ヲ区画シテ之ヲ布告ス
第四条
戦時ニ際シ、鎮台・営所・要塞・海軍港・鎮守府・海軍造船所等、速カニ合囲若クハ攻撃ヲ受クル時ハ、其地ノ司令官臨時戒厳ヲ宣告スルコトヲ得
又戦略上臨機ノ処分ヲ要スル時ハ、出征ノ司令官之ヲ宣告スルコトヲ得
第五条
平時土冦ヲ鎮定スル為メ臨時戒厳ヲ要スル場合ニ於テハ、其地ノ司令官速カニ上奏シテ命ヲ請フ可シ
若シ時機切迫シテ通信断絶シ命ヲ請フノ道ナキ時ハ直ニ戒厳ヲ宣告スルコトヲ得
第六条
軍団長・師団長・旅団長・鎮台営所要塞司令官・警備隊司令官、若クハ分遣隊長或ハ艦隊司令長官・艦隊司令官・鎮守府長官、若クハ特命司令官ハ戒厳ヲ宣告シ得ルノ権アル司令官トス
第七条
戒厳ノ宣告ヲ為シタル時ハ、直チニ其状勢及ヒ事由ヲ具シテ之ヲ太政官ニ上申ス可シ
但其隷属スル所ノ長官ニハ別ニ之ヲ具申ス可シ
第八条
戒厳ノ宣告ハ、曩ニ布告シタル所ノ「臨戦若クハ合囲地境」ノ区画ヲ改定スルコトヲ得
第九条
「臨戦地境」内ニ於テハ、地方行政事務及ヒ司法事務ノ軍事ニ関係アル事件ヲ限リ、其地ノ司令官ニ管掌ノ権ヲ委スル者トス。故ニ地方官地方裁判官及ヒ検察官ハ其戒厳ノ布告若クハ宣告アル時ハ、速カニ該司令官ニ就テ其指揮ヲ請フ可シ
第十条
「合囲地境」内ニ於テハ、地方行政事務及ヒ司法事務ハ其地ノ司令官ニ管掌ノ権ヲ委スル者トス。故ニ地方官地方裁判官及ヒ検察官ハ其戒厳ノ布告若クハ宣告アル時ハ、速カニ該司令官ニ就テ其指揮ヲ請フ可シ
第十一条
「合囲地境」内ニ於テハ、軍事ニ係ル民事及ヒ左ニ開列スル犯罪ニ係ル者ハ、総テ軍衙(ぐんが)ニ於テ裁判ス
刑法第二編
第一章 皇室ニ對スル罪
第二章 国事ニ関スル罪
第三章 静謐ヲ害スル罪
第四章 信用ヲ害スル罪
第九章 官吏涜職ノ罪
第三編
第一章
第一節 謀殺故殺ノ罪
第二節 殴打創傷ノ罪
第六節 擅ニ人ヲ逮捕監禁スル罪
第七節 脅迫ノ罪
第二章
第二節 強盗ノ罪
第七節 放火失火ノ罪
第八節 決水ノ罪
第九節 船舶ヲ覆没スル罪
第十節 家屋物品ヲ毀壊シ及ヒ動植物ヲ害スル罪
第十二条
「合囲地境」内ニ裁判所ナク又其管轄裁判所ト通路断絶セシ時ハ、民事刑事ノ別ナク総テ軍衙ノ裁判ニ属ス
第十三条
「合囲地境」内ニ於ケル軍衙ノ裁判ニ対シテハ、控訴上告ヲ為スコトヲ得ス
第十四条
戒厳地境内ニ於テハ、司令官左ニ記列ノ諸件ヲ執行スルノ権ヲ有ス
但其執行ヨリ生スル損害ハ、要償スルコトヲ得ス
第一 集会若クハ新聞・雑誌・広告等ノ時勢ニ妨害アリト認ムル者ヲ停止スルコト
第二 軍需ニ供ス可キ民有ノ諸物品ヲ調査シ、又ハ時機ニ依リ其輸出ヲ禁止スルコト
第三 銃砲・弾薬・兵器・火具其他危険ニ渉ル諸物品ヲ所有スル者アル時ハ、之ヲ検査シ時機ニ依リ押収スルコト
第四 郵便・電報ヲ開緘シ、出入ノ船舶及ヒ諸物品ヲ検査シ、並ニ陸海通路ヲ停止スルコト
第五 戦状ニ依リ止ムヲ得サル場合ニ於テハ、人民ノ動産不動産ヲ破壊燬焼スルコト
第六 「合囲地境」内ニ於テハ、昼夜ノ別ナク人民ノ家屋・建造物・船舶中ニ立入リ検察スルコト
第七 「合囲地境」内ニ寄宿スル者アル時ハ、時機ニ依リ其地ヲ退去セシムルコト
第十五条
戒厳ハ平定ノ後ト雖モ、解止ノ布告若クハ宣告ヲ受クルノ日迄ハ其効力ヲ有スル者トス
第十六条
戒厳解止ノ日ヨリ、地方行政事務・司法事務及ヒ裁判権ハ総テ其常例ニ復ス
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