日本初の個人投資家が教える「起業の教科書」
言うまでもありませんが、会社を興すにはお金が必要です。会社が発展するにも拡大するにも、常にお金の問題がついてまわるのです。
日本ではいまだにお金の話はタブーだと思っている人も多いようですが、起業家は決してそんな態度ではいけません。
最近では起業家を狙ったアングラマネーも多く、会社の成長とともにヤクザなどに乗っ取られることも数多くあるようです。では、いったい資金はどのように集めたらいいのでしょうか。
第1節 資本政策とは何か?
会社を興し、事業を始めるには資金が必要です。自己資金と外部資金を使って事業する場合、外部資金を資金提供者に還元する手段を考えなければなりません。
自己資金には自分の預金、有価証券の現金化のほか、家族や、親戚、親しい友人などに都合してもらう資金が含まれます。これを3F(ファウンダー、ファミリー、フレンドのF)資金ともいいます。
外部資金は金融機関やエンジェルが提供する資金を指します。すなわち、
●エンジェル資金
●公的資金
●投資機関(ベンチャーキャピタルなど)の資金
●銀行からの融資
●事業会社の資金
などがあります。
このうち、銀行からの融資は返済と利息支払いの義務があるので、返済のメドと、事業から得られる利益で利息をまかなえる自信がなければ使えません。
事業のために個人資産を担保にする人がいますが、感心できないどころか、資本主義では禁じ手といってもよいでしょう。
また、ベンチャービジネスの資金調達に保証人を立ててはなりません。迷惑をかけるリスクがあまりに高いからです。
公的資金は融資である場合も多いのですが、利率が低く、返済期間に猶予があったり、長期間かけて返済できたりするので、創業期に使いやすい資金です。ここでも保証を求められますが、信用保証協会の保証が得られる場合があります。
エンジェル資金の少ない日本では、それに代わるものといってよいでしょう。事業が破綻したときには債務を免除される場合もあります。
気をつけなければならないのは事業会社からの投資です。当初は事業が成功して顧客になってもらえるとの期待が、乗っ取られる羽目になることも往々にしてあります。
また、あまり早い時期には大企業体質のために、せっかくのベンチャー精神をつぶされてしまうという例もあります。大企業の技術者の目から見ると、ベンチャー企業の創造的な開発手法や姿勢は頼りなく見えることが多いからだと思われます。
資本政策とはこのような資金の性格を知った上で、創業から事業拡大を経て大きな成長をとげる過程で、経営の独自性を維持しながら、必要資金を用意する、いわば船旅の海図に似た役割をするものです。
そこには資金の出所、調達の時期、会社の時価総額、資金提供者ごとの株式持分などが明記され、一目で資金に関する政策がわかるのです。
第2節 資金調達・投資の場合
資金を借りるのか、一定期間投資をしてもらうのかによって、資金の算段の仕方が変わってきます。資金を借りるときは、利息と返済条件が事業計画に合致するか、投資を受ける場合は、資金提供者の期待の度合いに応えられるだけのリターンをビジネスプランに盛り込めるか、などを考慮する必要があります。
資金を提供する投資家は事業の中身、市場の規模、競合の有無などを評価して、その事業から将来得られるであろう利益を予測してその期待に沿う事業であるかどうかを判断します。
そのためには投資家が必要とする資料をすべて出さなければなりません。それらの資料は事業家が最大限の知恵を絞って作成したビジネスプランに基づいたものでなければなりません。
最初に、どのようにして利益を出すのか(ビジネスモデル)、資金はいつ、どれだけ、何のために必要なのかを見積もり、キャッシュフロー表(資金の流れを示す)を作成します。
事業の成長にともなって高まる時価総額(企業価値)との関連で、いつ、いくらの株価で株式を発行するか、自己資金で取得した株数と、外部資金を得るために発行する株数の比率は経営の独自性を維持できる比率を保てるか、などが一目でわかるのが資本政策です。
いわば、航海に出るときに海図に進路を書き込むようなものです。
事業を始めると、想定していたリスクを回避できなかったり想定外のリスクが発生したりして、ビジネスプランどおりにことが運ばず、最初のビジネスプランからずれが生じることもしばしばです。航海で、気象状況により予定した進路から外れるようなものです。
このとき、どの程度計画とずれているかを測るために、最初のビジネスプランと資本政策をツールとして使うことになります。資本政策を持たずに事業を始めるのは、海図なしに出航するようなもので、自殺行為といえます。
資本政策には時間軸に沿って調達資金量、時価総額、株価、発行株数、出資者別投資額、種類別持ち株数、持ち株比率などが記載され、経営に必要なリソースがどのような出資者によっているのかがわかります。
予測ではありますが、その時点で持分比率がどのように変わるか、経営の独自性をいつまで維持できるか、という重要な判断もできるわけです。
独自の経営ができなくなると、経営者の動機づけが弱まり、ひいては事業の成功がおぼつかなくなることさえ懸念されるので、投資家から見ても好ましい状況ではありません。
したがって調達計画の変更が必要となることも考えられ、そのために資本政策をいくつかのケースでシミュレーションすることが有効です。このように資本政策は資金調達に関する計画を適切に立てられる重要なツールであることがわかります。
時計は逆回りさせられないので、創業前にビジネスプランに基づいて適切な資本政策を作成し、できるだけそれに沿った調達を行うことが理想です。
創業前の資本政策作成に当たってはいろいろなシミュレーションが可能なので、条件を変えたシミュレーションにより、最適な調達計画を立てることができます。
もし、最適な調達計画が立てられなければ、ビジネスモデルか、ビジネスプランが実行可能でないということも考えられるので、根本から考え直す必要があります。
事業を始めてからそれに気づくよりは、創業前にそれが判明したほうが、リソースの無駄遣いを防げるので有効です。
資本政策による事業のシミュレーションは、その意味でもきわめて重要といえます。実際に資本政策を作成するプロセスは後述します。
第3節 資金調達・融資の場合
ベンチャービジネスで融資という調達手段が適している局面は多くありません。
なぜなら、融資は返済しなければならず、一方ベンチャー事業は成功の確率が低く、返済できないリスクが高いからです。
また、融資には通常担保を要求されますが、ベンチャー企業には担保するものが限られているからです。
不動産や価値のある資産は皆無といってよく、虎の子のソフトウェアを担保にするなどは論外だからです。
かといって、経営者の個人資産や、共同経営者の個人保証などを担保にすることは決して薦められることではありません。
ベンチャー企業に融資が許されるのは、売上げが立ち、入金時期が決まったとき、入金額を限度とした短期融資(つなぎ融資)と、投資が確定し、資金の払い込み時期も決定している場合の短期融資のみです。
投資を担保にする場合、つなぎ資金の金額は、投資資金の返済後残高が必要資金量を十分満たすだけなければならないことは言うまでもありません。
もう1つは創業資金や事業開始資金に公的融資を利用する場合です。
これは利率が低い、返済猶予期間がある、返済期間が長期である、担保を必要としないなどの点で、エンジェル資金に近い性格を持っています。
債務返済が難しくなった場合、免除される可能性もあり、ベンチャー創業期に使える貴重な資金源です。
そして、最も重要なことは、融資は借り手に返済義務があり、投資は出し手に投資判断責任があるという原則です。この原則だけは最後まで忘れてはなりません。
「借りるときは仏様、返すときは鬼」といわれる高利貸は昔からいますが、経営者はどんな場合にも闇金などの高利資金を使ってはなりません。
第4節 創業してから資金を集めるな
ビジネスモデル、ビジネスプラン、資本政策の3点セットがバランスの取れたもので、投資家が見て果実が得られそうだと思うようなものでなければ、資金は集まりません。
したがって、事業も開始できないということになります。
着実なビジネスモデルと、それを市場で構築できるビジネスプラン、それに資金を出してくれる投資家にアピールする資本政策、と3拍子が揃ったところで創業することが理想といえます。
多くの起業家はこれに気づかず、創業してから考え、資金を集めようとするので、時間ばかり経過して、用意した自己資金が底をついてしまう事態が多いのです。
シーズが実行可能な事業であると検証され、顧客を獲得できるまでの間にも小額の資金が必要になります。これさえも外部に依存するようでは有望な起業とはいえません。
シーズの検証は自己資金で、というのはベンチャービジネスでは鉄則だからです。
前述しましたが、自己資金とは自分と家族で出せる範囲のほか、親戚、親しい友人などいわゆる3Fから集めた資金で、3点セットいかんの如何に関わらず、起業家を信用して出してもらえる資金のことです。
将来にわたって信用に関わる人たちですから、でたらめな計画を提示して資金集めをしてはならないことは当然です。
言うまでもありませんが、3Fの資金さえも集められない起業家は、他人からの信頼を集めることなどとうていできないと自覚すべきです。こんな人物は起業などしない方がマシでしょう。
日本にはエンジェルの存在が皆無といってよい状況なので、創業資金を3F以外に求める場合は公的資金を頼る道があります。これはエンジェル資金の代替ともいえます。
公的資金には国の基盤整備機構、各地方自治体の助成金などがあり、その申請の支援を提供している団体もありますが、公的機関でも支援してくれるので、相談してみる価値はあるでしょう。
また、起業家コンテストに優勝して創業資金を獲得する手もありますが、その審査基準は得てして甘く、事業に成功した例はほとんど聞きません。
IAIジャパンや日本エンジェルズフォーラムなど起業家の創業相談に乗ってくれる団体は厳しい評価を下しますが、親身になって伴走してくれるので門戸を叩いてみるべきでしょう。
ここで評価を得られないビジネスモデルやビジネスプランは再考すべきです。
第5節 創業期を脱したら
創業のコンセプトが無事検証でき、製品の試作に成功したら、顧客を確保して一気に量産に入りますが、そのための資金を一度に調達しようとすると、低い時価総額での調達となるので、外部株主に経営の主導権を握られかねません。
資金調達は必要なだけ、できるだけこまめに、というのが原則ですが、この場合に注意しなければならないのは、
●社長がいつも資金調達に奔走している
●株式公開時に経営陣の持分が3分の1以下になる
●監査法人の監査を受けるときに手元資金が1年分を下回る
といった事態です。
こまめにという意味は、調達できた次の日から資金調達にまた走り回るということではありません。創業期には何らかの進展があったら調達する、量産期には継続的に製品を出荷できる程度、複数の顧客からの注文に応じられる程度に必要な資金を調達する、ということです。
一気に進むのではなく、段階を踏むことは重要なのです。
試作品にある程度の瑕疵(かし=欠陥)があることは理解されますが、いったん量産に入ったら、設計による不良も、不良品混入も許されません。
資金は製造のためだけでなく、品質維持の仕組みにも使わなければなりません。品質の専門家を採用する、生産管理に長けた人員を入れる、などのためにも資金は必要です。こうした費用を出し惜しんで品質問題をこじらせ、結果として顧客を失う、という例が第9章に出てきます。