日本初の個人投資家が教える「起業の教科書」
インターネットの百科事典ウィキペディアで「ビジネスモデル」の項目を見ていたら、面白いことが書いてありました。創造された過去のビジネスモデルとして、
●百貨店はフランスで創作された。
●スーパーマーケット、コンビニエンスストア、フランチャイズ、通信販売、クレジットカードはアメリカで創作された。
たしかにいずれも新しいビジネスモデルです。では、こうしたモデルはどうやって作ればいいのでしょうか?
第1節 ビジネスモデルと何か?
ビジネスモデルには、小は八百屋などの家業から、大は大手企業のM&Aまで数多くあります。
ビジネスモデルはかくあるべしといった定説、あるいは理論があるわけではなく、事業ごとに考えられ、またアイデアをこらして組み立てられるべきもので、まさに千差万別といってよいでしょう。
ビジネスモデルがアイデアとして知的財産化されてきたことが、そのことを物語っているともいえます。
それではビジネスモデルはいつごろからできたのか、という点から歴史を見てみましょう。
ヨーロッパ各国による東インド会社の設立とその活動は、江戸時代以降の日本の近代化にも遠く影響を及ぼす結果となりましたが、ベンチャー精神、実質株式会社の仕組み作り、利益の分配、合併、さらなる発展と衰退といった現代の企業の運命を決める要素を揃えていたということができます。
今でも細々ながら活躍している富山の薬売りは日本固有のものでしょうが、「先用後利」、つまり先に顧客のご用に立ち、あとから利益をいただくという、ある意味でビジネスに最も必要な「理念」に裏付けられたモデルといえるのではないでしょうか。
元禄商法という用語はないかもしれませんが、もともと文化的活動(俳句、連歌など)から始まった人のつながりや集団のつながりが、産業、ビジネスの仕組みへと発展、利用された例といえそうです。
19世紀のゴールドラッシュ、20世紀後半から現在も発展進行中のITビジネス、坂本龍馬のアイデアによる馬関商社などの事例は、ビジネスモデルの性格、あるいは策定に当たって留意すべきことを本質的に示唆する点で興味深いといえます。
どういうことか馬関商社の例で説明しましょう。
慶応2年(1866)、龍馬は薩長合弁の「馬関商社」設立を企図します。この商社は、関門海峡(馬関海峡)を封鎖して、航行中の船から税金をとろうとしたのです。
また、仲介貿易を行うことで、新しい市場を創設しようともしました。
さらに重要なことは、関門海峡の封鎖で、経済の中心地だった大坂と九州を分断し、幕府の経済力をそぐことも考えていました。
ポイントは、このビジネスモデルを実現させる手段が容易で、かつ効果が確実だった点です。
つまり、関門海峡は最も短い部分でわずか700mほどであり、封鎖が容易です。しかも、事実上、貿易船はこのルートを通る以外に選択肢がないのです。幕府が同業他社だとすれば、このビジネスモデルは革新的と言えるでしょう。
このように、19世紀後半から20世紀は、技術的発展をコアにして種々の産業が勃興し、ビジネスの進め方が多様化し、さまざまなビジネスモデルが現れては消えていった時代と言えるのです。
これらの歴史を振り返ってみると、ビジネスモデルは、時代の趨勢にマッチした自然な仕組みが良く、その一方で事業を取り巻く環境を的確にとらえてそれに順応していく必要があるように思えます。
さらに自分なりのアイデアをこらしたものであること、そして最も重要なことは、自分なりの考え方とビジョンを持つこと、方策の具体化、利益の出所を明確にすることが極めて大切であることがわかるのです。
このように見てくると、ビジネスモデルとはビジネスになりうるアイデアを、具体的に実現可能な形に仕上げ、それがどのようにして利益を上げるか、その“数式”を記述したものといえそうです。
それが他に例を見ないユニークなもの(only one)であれば、独占的な利益を上げられる可能性(number one)があります。
しかし、ビジネスとして成功しなければ、ユニークであることは意味を持ちません。そこで「顧客、価値、経営資源(人、物、金、情報)」が重要な要素となることは言うまでもありません。
第2節 桃太郎伝説はビジネスモデルの原型
ビジネスモデルの話を続けましょう。
実は桃太郎伝説を現代の起業家にたとえる見方が提唱されています。それは創業に「物語性」があると、誰にも理解しやすく、支援してもらえる可能性があるからです。
桃太郎はある年齢に達したときに、鬼が島の鬼退治を決意します。桃太郎は鬼を退治するのに必要なものが何であるかを事前に調査し、年老いた両親に話したものと思われます。これは3Fからの支援を受けるためでした。両親は黍団子を作って桃太郎を支援します。
桃太郎は黍団子を糧として経営チームを結成します。知恵を持ったサル、勇敢で挑戦心のあるイヌ、そして情報収集力と機動性のあるキジの3匹です。
チームリーダーの桃太郎は鬼が島という市場が見えると、それぞれのチームメンバーに得意技を発揮するよう指示します。キジがもたらす情報をサルが分析し、戦略を練って桃太郎に進言します。先駆け隊長はイヌの役目です。
いったんマーケットウィンドウ(市場がある製品を受け入れる時期)が開くと、桃太郎は部下を指揮し、一気になだれ込んですばやく鬼を退治し、宝物を手にします。これが事業の急成長の結果のエグジットです。
エグジットで得られた成果はチームメンバーへの成功報酬として分配し、残りは車に積んで故郷へ持ち帰り、他のステークホルダーに分配されます。
この物語では、桃太郎が起業家、両親は3F、サル、イヌ、キジは創業期に参加した経営チームです。鬼が島は市場、鬼は顧客とも競合相手とも取れます。大事なことは桃太郎があらかじめ鬼が島と目標を定め、経営チームを組成するのに必要な資源を見積もり、3Fからの支援を取りつけて、必要な経営資源を手にできたことです。
経営チームには黍団子(給与)を与え、さらに成功報酬として宝物(ストックオプション)を分配する約束を与えます。宝物は他のステークホルダーに分配する(配当)に十分な量でした。
このように、ビジネスモデルとビジネスプランには物語性が必要です。投資家はそれを聞いてわくわくし、そこに開示されているリスクに胸をどきどきさせながら、出資を決めるからです。数字の羅列と商品の魅力だけでは、なかなか出資には踏み切れません。
第3節 なぜビジネスモデルが必要か?
ビジネスモデルが起業家の志、理念、ビジョンを形にするためのものだということはすでに述べました。
事業を始めるにあたり、
●誰のためのビジネスを
●どのような形で価値を提供し
●価値を創造するための経営資源がどのくらいかかるのか
を考えない人はいないでしょう。
そして事業から得られる儲けが、それを得るために投下する資金と見合うかどうかが営利事業においては問題となります。
それをできるだけ正確に見積もり、儲けを実現するための計画がビジネスプランです。資金を提供する投資家はそれを見て出資するかどうかを決めるのです。
先にも述べましたが、IAIジャパンエンジェル研修グループが開発した研修プログラムでは、
を合わせて3点セットと呼んでいます。
3点セットのなかで、ビジネスモデルは根幹となる柱ともいえます。事業の目的の1つである儲けを生み出すもとになるものだからです。ビジネスモデルは、それをお金を出して求める価値があると思う顧客がいなければ、起業家の思い込みに過ぎません。
事業を開始する前にそれを確かめる手段が市場調査といわれるものです。誰が買い手となるか、類似の事業がすでに存在しているか、計画中の人が他にいないか、などをあらかじめ調べておけば、事業を開始したときに起こりうるリスクを予測することができます。
ビジネスモデルが実現可能であるかを試してみる期間は、ビジネスモデルの検証期間と位置づけることが可能で、ビジネスの成功にとって重要な期間です。それは将来のビジネスのシミュレーション(疑似体験)ともいえます。
もし、実現の可能性が低いとわかれば、無駄な投資と時間を避けることができるでしょう。ビジネスモデルがはっきりしていなければ、検証することはできません。そのようなビジネスモデルで事業を始めることは無謀以外の何物でもありません。
第4節 成功したビジネスモデル例
ビジネスモデルの必要性がわかったら、ぜひ真剣にモデルを考えてみてください。
この章の冒頭で述べたとおり、これがビジネスモデルだという定義はありません。そこで優れたモデルの例を見てみましょう。「優れた」といえるのはそれがビジネスとして成功しているからです。
アスクルは文房具・オフィス用品などの注文を、会社や事業所からインターネット・FAX・電話などで注文を受け、翌日には届けるというモデルを採用しました。
従来の文房具販売では、大きな事業所には営業部員が訪問、注文をとり納入する方法をとっていました。しかし、個々の注文量の少ない事業所は、小売店舗に行って購入せざるを得ませんでした。
ここに目をつけて、カタログ販売で中小事業者も注文すれば、すぐに商品が手に入るビジネスを開始し、これにより大幅な需要開拓に成功しました。
しかも、配送はアスクルが行い、新規顧客開拓、代金回収は提携の小売店に任せるというやり方で、小売店との摩擦を避ける方法を生み出したところに成功の鍵があるといえます。会社のネーミング(「明日来る」)がビジネスモデルに合っているところもわくわくさせます。
オールアバウトのビジネスモデルは同社ホームページに掲載されていますが、従来なかったインターネットでの編集型広告というモデルで事業を開始し、創業5年で上場を果たしました。
このプラットホームは、ガイドと呼ばれる専門家を多数起用して、個別分野ごとに専門家の関連情報を柱に企業の広告を散りばめるという方法で構築されます。
単なる広告でなく、顧客が購入にあたって必要な情報を楽に得られるということがモデルの特徴です。
現在では月に1500万件以上の利用があるまでに伸びているようです。
証券業界の事例では、ネット取引で成功し、株式投資を従来の大口投資家から庶民に広げ、大金を稼ぐデイトレーダーの出現まで起こした松井証券があります。
このモデルの基本は、従来の店舗、営業員による営業からネット販売に特化したことです。これにより大きくコスト削減を達成し、取り扱い手数料の大幅引き下げが可能になり、多くの株式投資家を創出しました。
大手証券会社も追従しましたが、従来の大口投資家向けと並存させたため、ネット上での大幅手数料ダウンが従来手数料とのバランス上できず、中途半端でうまくいっていません。
松井道夫社長は創業者ではありませんが、対面営業を全廃するという、いわば第2創業で臨み、不退転の覚悟を決め、むしろパラダイムシフトの引き金を引いたともいえます。
ただし、株式市場という景気の波をかぶりやすい業界にいることには変わりがなく、業績は安定していません。
楽天はインターネットモールという概念で、ネット上に仮想商店街を設置しました。多くの小売店が出店、ほとんどの商品がここにあるということで、消費者の利益、利便性を高めました。
楽天にとってのクライアントである小売業は、この流通ルートに乗って、代金回収を含め、ネット販売の利益を享受しています。
また楽天は出店料、売上金額比による手数料で、非常に安定した収入を得ています。これらの会社のビジネスモデルは投資家によっても評価され、株式公開を果たした後もその業績は順調に推移しています。
ビジネスモデルだけが成功の要因とはいえませんが、よいビジネスモデルでなければ成功しない、といえることだけは確かです。
第5節 起業家の資質
ビジネスモデルがよくなければ成功しない、ということが確かだとすると、これらの成功した会社から学べることは何でしょうか。
柳の下の2匹目のどじょうを狙うのは誰にでもできることで、ベンチャー起業家のすることではありません。それは大企業に任せておけばよいことです。
なぜなら、巨大市場で成功できるモデルがわかると、2匹目のどじょうを狙って大量の資源を投入することができるからです。そのような大企業に太刀打ちできるベンチャーはありません。
ベンチャー企業が成功できるのは、誰よりも先行して少ない資源で一番乗りできた場合に限る、と言っても過言ではありません。
先行するがゆえのリスク、そこに市場が存在しないかもしれないリスク、市場顕在化の時期を見誤るリスク、顧客の要求を見誤って開発に失敗するリスク……などなど数え上げればキリがありませんが、これらのリスクを乗り越えたのが先にあげた4社です。
ビジネスモデルだけが成功の要因ではないといったのは、起業家の資質が関わっているからです。これら4社の創業者の経歴と人となりを分析してみると、
●企業に勤めた経験があり、そこで新しい事業を担当して成功に導いた
●学生時代に挫折感を味わい、それをはねのけて留学し国際感覚を身につけた
●時代の風を読み取り、未来を志向して決断した
など本人の資質に特徴が見られます。
それではあなたが起業するときには何をすればいいのでしょう。
1つは己を知ることです。それには多くの人と付き合い、好きになれる人、相性のよい人、メンター(師匠)となってもらえる人などを発見することです。
自分1人でできることには限りがあり、大きな成功は望めません。成功した人たちは人のネットワークの広がりを持っています。そして例外なく他の人からも好かれている人たちです。
あなたは人から好かれるタイプですか? 人から好かれているか心配な人は、まず自分の改造から始めてください。
ビジネスモデルを検討する前にしなければならないことだからです。他人に好かれていない人が作ったビジネスモデルは他人の評価を得られるでしょうか。自分の思い込みが強く、他人には理解されないモデルになりがちです。
では自分の改造はどうすればできるのでしょう。
簡単ではありませんが、できないことではありません。
まず、自分を中心にするのではなく、他人を中心に考えましょう。行動する前にそれは自分のためになる行為か、それとも他人のためになる行為かを考えます。自分のためになる行為は後にして、それを他人のためにするなら、自分はどうすればよいかと考える癖をつけます。
それができるようになると、他人はあの人は最近変わった、と評価してくれるものです。
会話のなかでも自分の話をする前に、相手の話を聞きましょう。
これはお客様を相手にしたときにもいえることです。自分を売り込むベストの手法は、相手が何を考え、何を求めているかを聞き出すことです。
自己改造と言いましたが、行きつくところはお客様へのマーケティングであることに気づきましたか? ビジネスモデルは大切ですが、その前に考えなければならない付帯事項があることに気づけば、あなたは成功する起業家になれる可能性があります。
第6節 ビジネスモデルの構築
ビジネスモデルを考えるときには次のように自問自答してみましょう。
●ビジネスのアイデアは浮かんでいるか
●それはどのような役に立つか
●顧客のどのような悩みを解決するか
●顧客が喜ぶか
●誰もが買いたくなるものか
●顧客は個人か、あるいは企業か
●競合しそうな相手はいるか
●競争に勝てるあなただけの差別的な強みは何か
●そのアイデアはこれまでの何を変えるか
●顧客が変えるための手間と費用をかけてでも、変えたいと思う動機はあるか
●この事業が成功したら、マネをする人が現れる。マネされることを防ぐ手段はあるか
このような自問自答を繰り返しているうちに、ビジネスの形が見えてきませんか。
それを“絵”に描いてみましょう。絵に不自然な点はないか、よく考えてみてください。わからないところは調査して納得できる答えを見つけてください。
具体的な絵が描けない場合は、実はアイデアが実現不可能だったということもあります。そのような起業はきわめて危険です。失敗の可能性がきわめて高いのです。
このモデルの絵のなかで考えてほしいことは次のようなものです。
●あなたの果たす役割は明確になりますか
●役割を箇条書きにしてみましょう
●それらすべてをあなたは1人でできますか
●手伝ってもらうとしたら、アテはありますか
●事業を一緒に経営できる人ですか
●アテがなければ誰に相談しますか
これだけのことを考えるだけでも、起業の準備が大変なことがわかりますが、ここまで来れば、ビジネスモデルとしては上出来といえるでしょう。
しかし、事業の成功のためには過去の失敗事例に学ぶことも大切です。そのなかには、個別の要因とともに共通的な、あるいは本質的な要因もあるはずです。それらを参考にすることによって、無駄な失敗を回避することができるかもしれません。
過去に採用されたビジネスモデルから主な失敗要因を抽出してみると、次のような要因が浮かび上がってきます。
●販売の問題
●特許戦略への頼りすぎ
●事前調査の偏り
●市場と自社市場占有率との混同
●ターゲットが不明確
●自社の実力の認識不足
●チーム構成の弱体
●法的規制の認識の不足
●全体の検討不足
以下、これらのそれぞれについて述べていきたいと思います。
なお、検討不足は論じる以前の問題でもってのほかであり、モデルの構成要素については時間の許す限り、最大限の検討努力をせねばならないことは言うまでもありません。
第7節 ビジネスモデル構築の着眼点
ビジネスモデルを構成する要素は、事業の性格や起業家の考え方、周囲環境などさまざまでありうるわけですが、共通する注意事項として次の6項目が考えられます。
●運営の流れは明確か?
●利害関係者間の関係は明示されているか?
●成功を導くキーファクターは何か? どこにあるか?
●売上げの源泉は何か?
●費用の発生源はなにか? その最小化は考えられているか?
●収益の構造は全体としてどうなっているか?
ともかくまずは事業全体の構図を明確にすること、そしてそれらを動かしてゆく流れを明らかにする必要があります。
その際、事業に関係する人や組織、すなわち利害関係者が必ず存在するわけですが、事業を進める流れとともに、これらの利害関係者と事業あるいはそれらの相互の関係をはっきりさせておかなければなりません。
利害関係者とは、言うまでもなく(地域)社会、株主または融資元、消費者、取引先(商社・下請け・アウトソース先)、従業員、グループ会社など広い範囲での経営関係者などです。次は成功要因、すなわち成功を導くキーファクター(KFS)です。
成功を導く主要な要因は何なのか、品質か、市場開拓か、コストかといったことです。これは事業特性の1つでもありますが、文字どおり、その事業において成功するためのカギとなる要因であり、競争激化のなかにあっては極めて重要な視点といえます。その際、すべての事業にとって基本的で最重要なことは、顧客の声に十分耳を傾けることです。その結果として、そのキーファクターが広い意味での商品の種類や品質、価格、あるいは売り方等に必要な要因として見えてくるのです。ここで当たり前のことを書いておきますが、
利益=収入ー諸費用
です。ただし、収益の構造は「収入」と「費用」との差し引きであるのは間違いないのですが、大切なことは、それぞれを構成する要因とプロセスを緻密に解析し、その結果をもとに具体的に対策を行うことです。
価格、開発力、売り方、宣伝、品質、技術力、販売員のセンスや人格、マネジメント能力、調達力、解析力、先見性、交渉力……こういったあらゆる要素が「収入」につながりますし、また「費用」にもつながってしまうのです。
いずれにせよ、適正な収益を継続的に確保することと、さらなる最大化を志向することが求められるのです。
第8節 ビジネスモデル構築の留意点
ビジネスモデル作成にあたってまず重要なことは、
●社会・経済環境がどのような状態にあるのか
●以前とどのように変化してきているのか
●顧客の意向がどこにあるのか
ということを的確に把握することです。
昨今では、顧客自身が商品情報を容易に入手することができ、商品を提供する側が以前にも増して市場、顧客対応型のモデルを前提とすることが当然となっています。
旧来の生産主導型(モノを作れば売れる)という時代は終わり、顧客の要求を起点とするマーケット戦略を考え、顧客支援機能を充実させる戦略を考える時代になってきたといえます。
起業家としてアイデア力を働かせることは必要ですが、実行可能性、実現力がなければ事業にはなりません。いくら良いアイデアに基づいて技術開発し商品設計しても、どのように売るか、また商品・サービスをどのように顧客に認知させるかの方法がなければ実現にはいたりません。
次に重要なのは事業展開のスピードです。良いアイデアに基づいていても、社会・経済の動きはますます速くなっているので、現状では差別化された新しい商品・サービスでも企画に時間をかけすぎているうちに、さらに進んだものが出てくる可能性が高まっています。
ビジネスモデルの有効期間が短くなったと言えるでしょう。最後に、具体的なモデル構築のポイントとしては、事業の特性を把握する方法があります。すなわち、
●自社の強みはどこにあるのか
●その強みを生かしたモデルになっているか
●自社の弱みは何か
●その弱みをどのようにカバーするのか
●SWOT分析(Strength,Weakness,Opportunity,Threat)をしたか
●それに基づいて、市場で他社・競合品に対して優位に立つ差別化事項を設定したか
●それを実現しうる顧客ターゲット→商品サービス→流通チャネル→製造という順番に考えたか
これらが当を得たビジネスモデル作りの要点となるといえます。これらのポイントを第7図にまとめました。
第9節 ビジネスモデル構築のチェック
モデルができたら以下の項目を中心にチェックしてみましょう。
まず、競争力は何に基づいているか考えてみてください。技術の差別化か、流通の差別化か、コスト・価格か......を考えます。収益力のチェックについては、長期にわたり一定の規模で確保できるかという視点で見る必要があります。
成長性は量、質の面でどうか、またこの事業からさらなる展開が可能かといった視点が要点となります。マネジメントに関しては、協力者はいるか、自らの実力はどの程度なのかを考えます。1人でできる事業には限りがあり、大きな成功には経営チームによるマネジメントが有効です。そのためにはチームを作れるよう自己改造が必要なのです。
ここで重要なのは、企業としての社会的責任を意味するCSR(Corporate Social Responsibility)を最大限に尊重することです。この基本概念がともなわない単なる金儲けのための事業は、永続しにくい社会になっています。
情報開示の進展、メディアの注目、社会の変化等により、今後ますますこの点が注目されるようになるでしょう。逆に、社会貢献性を投資の重要用件にあげるファンドも出てきており、この流れにビジネスチャンスを見出すこともできるといえます。
いずれにせよ、このモデルは実行可能であるか、資金的、法規、社会規範、倫理からみてどうかなど、現実的視点での吟味を忘れてはなりません。第8図はそれを一覧表にしたものです。
第10節 ビジネスモデル構築上の問題点(1)
販売にかかわる問題の発生は、技術開発型のモデルにしばしば見られます。
もし技術畑で育った人が起業するなら、起きやすい問題といってもいいかもしれません。技術の新規性とか特異性といった点では優れたものであっても、この技術が製品化・サービス化された時点で、販売先は本当に確保されているのかどうかが一番大切です。
これをきちんと見極めないと、せっかくの優れた技術も宝の持ち腐れとなってしまいます。
良い技術、良い製品であるからといって自動的に売れるというものではありません。
どうやって市場、ひいては個々の顧客に認知してもらい、購入の実現に結びつけるのかが大切なのです。
得てして技術屋集団の起業家はマーケットに弱い例が多く、実際に事業として走り始めてからその不備に気づくという破目にならないようにせねばなりません。
資金的にもそれほど思い切ったプレマーケッティングはなかなかできないと思いますが、それでも可能な限り、需要の推定と検証、実現可能性のある顧客の確保に努め、ビジネスモデルの成立可能性の裏づけを得ておく必要があります。
そのためにも、マーケッティングや営業面での協力者の参画を得ておくことが得策です。
しばしば陥る誤りは、技術開発に集中しすぎて、市場が潜在であり顕在化するまで時間がかかることに気づかない場合です。
発明者にとって優れたものでも、市場から見ると現在あるもので顧客が十分満足しており、新しいものを受け入れるだけの需要が見込めない場合もあり得るからです。
また、新しいものが高価で現在使っているものと置き換えるだけの必然性が生じない場合もあります。
逆に今がチャンスであるにもかかわらず、適切な商品が出ないため市場が潜在のままとなっている場合もあり得るでしょう。
例えば、政府は3年程度をメドに、白熱電球の生産を中止するよう求めています。取って代わるのは電球型の蛍光灯ですが、この価格は白熱電球に比べると10倍近くも高いため、置き換えは急速に進行しません。
量産により、価格が3倍程度まで下がれば、寿命と消費電力からみて、ほとんどの照明は蛍光灯に代わると思われます。大手が出す前に安い電球型蛍光灯を市場に出せば、勝利する可能性は高いのです。
特許戦略への頼りすぎによる失敗も技術開発型に多い例です。
特許によって他社の追従を拒む戦略は当然です。
しかし、自分の事業の基盤を権利化しておくことは重要ですが、特許を取ったということだけで事業がうまくいくものではありません。
事業はスタートの時期、場所、環境等さまざまな条件に左右されるものです。後でも述べますが、特許権の取得と維持にはかなりの費用が必要であり、特に国内特許だけでなく、海外特許も取得する場合にはその必要性に関する十分な吟味が必要です。
特許を取ることは、事業の目的でなく事業達成の一手段に過ぎないのであって、特許に偏重的に依存したモデルは、類似新技術の発明等により破綻に結びつく危険を内在していることもあるのです。
このことを認識しておく必要があります。前にも述べたように、ベンチャービジネスは他に先行することが重要です。
特許を取得する時間と費用を廃して、前進することも選択肢として考えましょう。いわゆる先行逃げ切り作戦です。現代はドッグイヤーと言われるほど技術革新が速く、特許が陳腐化する可能性も高いのです。市場の事前調査は大切ですが、調査の偏りによる失敗例もまま見られます。
新製品の開発にあたり、競合品の有無を、製造の観点から国内のみならず海外も含めてかなり克明に調査したものの、この製品の顧客が何にどんな方法で使用するのかは、国内顧客についてすらほとんど調査してないケースがあります。
売るべき物は、単に売る側だけの立場で考えたり調べたりするのではなく、あくまでも買っていただく相手側、すなわちお客様の立場、心理、必要性を意識した調査をしなくてはなりません。
チーム構成の弱さも失敗モデルではよく見られます。事業とは本来極めて社会的、人間的要素が多いものです。
そうした視点から事業のモデルを構築し、事業活動の推進を図ることがむしろより重要です。1人の人間がすべてに秀でているということは稀で、事業を成功させるには技術・営業等、事業推進に必要な要素のバランスをとることが必要なのです。
第11節 ビジネスモデル構築上の問題点(2)
市場全体としての規模と自社の販売可能範囲とを混同しているケースがときどき見られます。
大会社にとっても市場の100%を押さえることはほぼ不可能です。市場のどの程度が自社のものになりうるか、自社として可能と考えられる市場占有率を冷静に判断する必要があります。
特にベンチャーにとっては、大きな市場でも大会社の参入がある場合、そこに参入するのは困難が多いことを認識しておくべきでしょう。
仮に当初はある程度のシェアを押さえても、長続きさせるのは大変なことです。ベンチャー企業としてはニッチ市場での進出がベターといえますが、このような場合でも市場占有率の見積もりは十分慎重に行う必要があります。
すなわちこのことは、自社の実力をよく考えてモデルを考える必要があることを意味します。スタートに大きな資金を要する事業は、特にベンチャーへの投資環境が厳しい日本においてはきわめて困難なことです。
自己資金でできる範囲と外部資金の導入でできる範囲、そのタイミング、株式の経営陣による支配の問題、資本政策の問題等、多角的な判断が必要です。
また、ものづくりの場合、自社生産が可能か、外部委託が得策なのか、コストはどうなるか、自ら直接販売するのか中間業者を介して販売するのか、などへの十分な吟味が抜け落ちると、経済性が成立しないことはもちろん、事業の継続性も危うくなり、結局は失敗するケースがみられます。
ターゲットとすべき顧客が不明確なためうまくいかないケースがあります。
たとえば、BtoB(企業対企業)で企業を顧客とするのか、BtoC(企業対消費者)で末端消費者を顧客とするのかでは、当然のこととして売り方に差が出るはずです。
また消費者向けの商品サービスでも、ターゲットの絞りこみが行われる必要があります。F1層(20代、30代の女性)対象のものを、広く全消費者対象の販売として考えていては効果を上げられません。
法規制の状況への認識も重要です。
昨今、人間の存続ないし生命に関わる分野での法律はめまぐるしく変化しており、特に医療関係のビジネスでは、日本における法規制の厳しさと、認可に思った以上に時間がかかることを十分考慮しておく必要があります。
海外で認可されても日本で認可されなければ国内販売ができないことは当然ですし、良い製品であっても現実に認可され販売できるまでに時間がかかり、資金の枯渇が起こってしまうというリスクも考える必要があります。
あるバイオビジネス(生命・生物などを対象とする生命工学に関する事業で、創薬、試薬、医療機器、サプリメントなどの食品などのビジネスの総称)で、薬事法に触れないとの前提で開発を始めたところ、完成寸前に法律が変わり、これも薬事法の対象となってしまい、製品化するのが大幅に遅れ、資金が続かなくなった例があります。
別の例では車の新しい燃料を考案し、ガソリンと同じ税金がかからないとの前提で販売を始めたところ、税法が変わって税率をガソリン並みに引き上げられた、という話もあります。
法規制の問題はビジネス推進に対する警戒要素ばかりでなく、逆にビジネスチャンスのソースでもあり得ます。そのチャンスを逃がす失敗を犯さないためにも、少なくとも自分の志向する事業分野における法的動向は注視しておくことが必要です。
それでは次章以降、具体的な失敗例を検証していきましょう。