日本列島改造論
〜田中角栄の時代〜


東京駅前の丸ビル
昭和通り

 まず、2枚の写真を見てください。上が東京駅前の丸ビル、下が昭和通りで、ともに戦前のものです。

 一見して思うのが、「なんてがらんどうなんだ!」ってことでしょう? そう、昭和30年代以降にモータリゼーションの波が押し寄せる前は、日本に車なんてほとんどなかったんです。今ではまったく信じられませんね。


 昭和27年(1952年)、田中角栄が「道路法」を議員立法します。その第1条には

《この法律は、道路網の整備を図るため、道路に関して、路線の指定及び認定、管理、構造、保全、費用の負担区分等に関する事項を定め、もつて交通の発達に寄与し、公共の福祉を増進する ことを目的とする》

 とあります。当時、年間の道路整備費は約200億円、それが昭和47年(1972年)ごろでは約2兆円。単純計算でいえば、20年間で100倍になったわけです。

 それから30年後の2002年、ようやく日本道路公団の民営化が論議されましたが、なんの歯止めもないまま無駄な道路を造り続けた道路行政の原点はどこにあるのか? 答えはこれです。

日本列島改造論


 田中角栄は著書『日本列島改造論』(1972年)のなかで、高速道路の効果に関して、いくつもの具体例を挙げています。

●かつて工場ひとつない寒村だった滋賀県の栗東町は、名神高速道路ができたおかげで200以上の工場が進出し、新興工業地区へと一変した。

●それまでは農業中心の都市で、工業といえば食品、衣服、繊維関係の工場しかなかった愛知県小牧市は、名神、東名両高速道路のおかげで工業都市、流通基地としてにわかに脚光を浴びるようになった。

●東名高速道路ができてから東京に入ってくる九州産の豚の量が2〜3倍に増えた。輸送時間が約4分の1となったおかげで子豚の輸送疲れが少なくなり、トラック1台あたり20万円は余計に儲かるようになった。

●大阪の青物市場では季節になると東名、名神を突走って福島県岩瀬村のきゅうり、茨城県のピーマン、埼玉県の長十郎梨などさまざまな商品が出回るようになった。

 そして、こう続けます。

《高速道路ができればできるほど市場が広がる半面、産地どうしの競争も激しくなる。それは貿易の自由化と同じことで、日本経済全体からみれば、適地適産がすすみ、価格が平準化し、生産は合理化する》

 昭和50年までに、アメリカの高速道路の総延長は65970キロ、西ドイツは7000キロ、イタリアは6528キロに達する予定だが、

《その時点までに完成する日本の高速道路は1900キロメートルにすぎない。欧米なみの生活水準をめざすという観点からみても、日本の高速道路建設を急がなければならないのは明らかである》

 まさに、角栄の『日本列島改造論』こそが、道路行政の始まりでした。

日本列島改造論


 道路同様、問題が多い新幹線についても触れておきましょう。
 昭和55年ごろには第2東海道新幹線を建設するのを筆頭に、

・奥羽北陸新幹線(青森〜秋田〜新潟〜富山〜大阪)
・中国四国新幹線(松江〜岡山〜高松〜高知)
・九州四国新幹線(大阪〜四国〜大分〜熊本)
・山陰新幹線(大阪〜鳥取〜松江〜山口)
・北海道縦貰新幹線(札幌〜旭川〜推内、旭川〜網走)
・北海道横断新幹線(札幌〜釧路)

 など必要な路線が目白押し。

《こうして9000キロメートル以上にわたる全国新幹線鉄道網が実現すれば、日本列島の拠点都市はそれぞれが1〜3時間の圏内にはいり、拠点都市どうしが事実上、一体化する。新潟市内は東京都内と同じになり、富山市内と同様になる。松江市内は高知や岡山などの市内と同様になり大阪市内と同じになる》

 今読むと、ホント強烈なインパクトがありますね。
 ちなみに角栄が新幹線の線路を地図上に引いたときの状況はこんな感じ。

《東京から新潟へ。まっ先に、赤い線が走った。次は東北に抜けて札幌まで一本。北陸へ、四国へ、赤エンピツは、地図の上を駆けた》(朝日新聞1982年10月28日)

 線が九州まで来ると、二階堂進(旧鹿児島3区)のために鹿児島に線を引き、橋本登美三郎(旧茨城1区)のために水戸に線を引いたそうです。

 そして、実際に着工が始まったのは東北、上越、成田新幹線が最初でした。盛岡は当時自民党総務会長だった鈴木善幸、成田は政調会長の水田三喜男、そしてもちろん新潟は幹事長だった角栄のお膝元でした。自民党三役の地元から工事がスタートするという、素晴らしき政治力を発揮しています。

日本列島改造論・計画された新幹線網
計画された新幹線網


 それにしても、この発想の原点は何なのか。角栄は「むすび」にこう書いています。


《人口と産業の大都市集中は、繁栄する今日の日本をつくりあげる原動力であった。

 しかし、この巨大な流れは、同時に、大都会の2間のアパートだけを郷里とする人びとを輩出させ、地方から若者の姿を消し、いなかに年寄りと重労働に苦しむ主婦を取り残す結果となった。このような社会から民族の100年を切りひらくエネルギーは生まれない。

 かくて私は、工業再配置と交通・情報通信の全国的ネットワークの形成をテコにして、人とカネとものの流れを巨大都市から地方に逆流させる“地方分散”を推進することにした》


 それが実現すれば、《失なわれ、破壊され、衰退しつつある日本人の“郷里”を全国的に再建し、私たちの社会に落着きとうるおいを取戻》せる——。

 角栄の理想は、石油ショックのせいで停滞を余儀なくされ、結局のところほとんど実現することなく、日本は別な形の土建王国として21世紀を迎えるのでした。

制作:2002年12月8日

<付録> 
 参考資料として、『日本列島改造論』より<戦後国土開発計画の歩み>を転載しておきましょう。現在までの国土開発の、すべてがここにある!

昭和20年 国土計画基本方針
21 復興国土計画要綱
22 国土計画審議会
24 総合国土開発審議会
25 国土総合開発法
  国土総合開発審議会
  港湾法
  北海道開発法
  首都建設法
26 経済自立三カ年計画案発表、自立経済審議会発足
  旧河川法改正
  公営住宅法
27 企業合理化促進法
  国土総合開発法一部改正
  道路法
  道路整備費の財源等に関する臨時措置法
  農地法
  電源開発促進法(電源開発(株)発足)
28 港湾整備促進法
  離島振興法
29 土地区画整理法
30 経済自立五カ年計画
  愛知用水公団
  日本住宅公団
31 道路整備特別措置法
  日本道路公団
  首都圏整備法
  工業用水法
  空港整備法
32 新長期経済計画
  国土開発縦貫自動事道建設法
  高速自動車国道法
  東北開発促進法
  東北開発株式会社
  特定多目的ダム法
33 工業用水道事業法
  道路整備緊急措置法
  首都圏市街地開発区域整備法
  公共用水域の水質の保全に関する法律
  工場排水等の規制に関する法律
34 首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律
  特定港湾施設整備特別措置法
  九州地方開発促進法
  首都高速道路公団
35 国民所得倍増計画
  治山治水緊急措置法
  四国地方開発促進法
  北陸地方開発促進法
  中国地方開発促進法
  東海道幹線自動車道建設法
36 港湾整備緊急措置法
  後進地域の開発に関する公共事業等に係る国の負担割合の特別に関する法律
  低開発地域工業開発促進法
  産炭地域振興臨時措置法
  水資源開発促進法
37 新産業都市建設促進法
  水資源開発公団
  全国総合開発計画
  豪雪地帯対策特別措置法
38 近畿圏整備法
39 工業整備特別地域整備促進法
  河川法
  日本鉄道建設公団
40 中期経済計画
  山村振興法
41 中部圏開発整備法
  国土開発幹線自動車道建設法
  新東京国際空港公団
42 経済社会発展計画
  公害対策基本法
  外貿埠頭公団
43 都市計画法
  自民党都市政策大綱
44 新全国総合開発計画
  都市再開発法
45 過疎地域対策緊急措置法
  新経済社会発展計画
  本州四国連絡橋公団
  全国新幹線鉄道整備法
46 農村地域工業導入促進法
47 工業再配置促進法
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