『科学画報』1982年の世界
未来の大通り
未来都市のメインストリート。相変わらず人間は街頭に。
昭和7年(1932年)末に刊行された『科学画報』(新光社、昭和8年1月号)が、新年特集として「50年後の世界」を記事にしています。
生活、軍事、交通、工場、発明などいくつもの項目に分かれていますが、科学雑誌だけに、比較的リアルに書かれているものが多いのです。そのあたり、逆に読みにくくもあり、引用ではなく再構成してまとめておきます。
太陽光が工業的に利用される。製鉄所の溶鉱炉の熱源も
まず、理化学研究所の鈴木庸生(理学博士)が、1989年の衣と食について予言しています。
【衣】
1900年代の初頭から人工繊維を作ることが可能になった。一時期、衣服は人絹(化学繊維)ばかりになったが、その後、タンパク質の改変技術が進み、天然絹糸や羊毛と同様の繊維を作れるようになった。
1900年代の中頃になると、柔軟で弾力のあるガラス繊維が作れるようになる。
1980年以後は、人間の衣服はほとんど無機質製になり、耐火服がブームになる。これらの服は洗濯に水を使用しない。汚れたならば、少しの時間、500〜600度の炉に入れれば、垢やゴミはみな焼けてしまう。残ったわずかな灰を風に通せば、消毒もできてすぐに着られる。
無機質繊維なので、湿気や虫害も心配ない。保存は外に出しっぱなしでも問題なく、着心地もいいので大流行する。
なお、この種の繊維を使えば、耐水・耐火性のある紙が作れる。同時に耐水・耐火インクも発明されるだろうから、そうすれば書籍や文書は永久保存が可能となる。
空中と地上と地下の3層を縦横に走る交通機関
【食】
人間が物を食べるのは、その食品に含まれるエネルギーを取るためだ。食料の代わりになるエネルギーを得られれば、まるで電気で動くモーターのように、人間も活動できる。
アミノ酸をうまく使えばあらゆるタンパク質が合成でき、ブドウ糖や脂肪もすべて工場で生産できるようになる。
もちろん自然の食品を食べたい人も多いだろうが、これは金持ちや特殊なレストランでしか食べられなくなる。
食料はそれぞれの体質に合った完全食となるが、すべてが工場で作られることで、田畑や牧場が不要となる。余った土地は工場用、交通用の敷地として使われるが、散策向けの楽園も増え、人生を彩るようになる。
社会が複雑化すると、それに耐えきれず、異常体質となる人間も増える。つまり、アルコール依存、臭素などの鎮静剤依存、アルカロイドなどの麻薬依存(1)、亜硝酸エステルなどの薬物依存(2)、ヒ素剤依存(3)などが激増する。これらは特殊食料品と名付けられ、ソースや塩などと同じように食卓に並ぶだろう。
(1)アルカロイドの麻薬はアヘンやモルヒネに相当
(2)亜硝酸エステルの薬物は現在の「ラッシュ」という薬物に相当
(3)ヒ素剤は梅毒などの治療薬
【環境】
人間の強敵はウィルスや細菌だが、空気中の酸素を電離により活性化し、空中微生物を焼き尽くすことが可能になった。各大都市には、空気の手入れをする設備が次々に建造されている。
1万人収容可能な集団住宅が田園の中に複数戸作られる
つづいて、内藤邦策(工学博士)による交通の予測です。
【交通】
空に架空線が敷かれ、列車は自動操縦になる。赤外線を利用した光電池によって、夜でも障害物を検知できる。車輌には翼がつき、無音プロペラで高速化が進む。旅客の慰安のため、ラジオはもとより、テレビさえ装備されるだろう。客車を順次切り離し、また追っかけ連結が可能になり、いちいち駅に止まることはない。
路面電車は消滅する。地下は各種交通機関の専用線となる。地下で走行していても、地上の景色が写り、まるで外を走っているように見える。乗客は椅子に座り、ボタンを押すだけで目的地にたどり着ける。地下交通網の発展により、自動車は郊外専用の乗り物になる。
未来の巨大汽船と上空を飛ぶ航空機
客船は大型化し、どんどん豪華になっていく。暴風雨の予知や水深の測定が進めば、航海は安全になる。汽船は洋上滑走艇となり、荷物は飛行機で運び込まれる。洋上に人工港が作られ、旅客の乗り換えが便利に。
新たな動力が開発できれば、潜水型の客船もでき、荒天時には潜行して移動できるようになるだろう。
大洋上に設置された浮航空港(海上空港)
航空機が大型化し、ロボット操縦となれば、間違いなく交通の王者になる。成層圏以上の高度を飛べば、時速500〜600kmも容易だろう。
都会には、いくつかの高層建築の屋上をつなげた滑走路ができるだろう。最近登場したオートジャイロ(=ヘリコプター)が普及すれば、通勤にも使えるし、空のタクシーも登場するだろう。そうなると、空の交通巡査も必要になる。
新しい蓄電池が発明され、空中電気の採集が可能になれば、大革命が起きるだろう。ロケットによる月世界探検も可能になるかもしれない。
ほぼ無人化された化学工場
つづいて、内田俊一(東工大教授)による工場の未来。
【工場】
化学工場は人がいなくなる。数人の技術者が制御室で監視しつつ、本部からの注文量を設定するだけで製造できるようになる。倉庫からの発送業務に少数の人が必要だが、あとは無人化が進む。工場はきわめてまとまりがよくなり、土地が必要なくなる。ただし、そうした工場は大資本化された企業団の経営となるので、世の中はコンツェルン化する。