本サイトの目的・2004年版

ポストカプセル郵便

ハガキは40円時代


 2001年の元旦、筑波万博のポストカプセル郵便が実家に届きました。ポストカプセル郵便とは、1985年の科学万博で人気を博した郵政省の企画で、16年後の21世紀までハガキを保管しときますよ、というやつだ。

 万博当時、僕は15歳で、つまり思春期で、だから親が嫌いで……それで、両親に宛てたハガキの文面はとっても簡素でした。未来の世界へ手紙を出したいのだけど、素直な感情を表に出すのは恥ずかしいから、結局のところ、ほとんど何も書けなかったということですね。

 このときは一人で万博に来ていたから、ハガキを出したことを知らなかった親はきっと喜んでくれたとは思います。僕もちょっと嬉しかったし。


筑波万博
当時の絵葉書より


 さて、ここからが本題。

 科学万博の当時、僕は未来というものを信じていました。それは僕だけでなく、時代すべてがまだ信じていたんだとも思います。だからこそ、326万通もの差し出しがあったといえます。
 で、それからもうすぐ20年。今、未来を信じてる人はいますか?

 どう考えても誰もいませんよね。子供たちだって信じてないもの。その昔、僕たちは輝ける未来を持っていたのに、いつのまにかその輝きは失われ、誰も彼もが未来を失って迷走してる。これが現在の姿です。
  
 岡田斗司夫の『失われた未来』にも、こんな文章があります。
 
《失われた未来・ロストフューチャー。それは、かつて私たちが本気で夢見ていた、輝けるバラ色の未来世界のことだ。それは結局、決して行き着くことのできない幻像だったのだろうか。未来を信じていた時代の子供たちは、常に進むべき世界を教えられた。大人たちはすばらしい未来を語り、町工場で作られるオモチャたちは「未来からのメッセンジャー」として子供たちに与えられた》

 でも、今の大人は未来を語れないのです。だから子供も未来を信じない。現在の日本の最大の問題がこの点だと思ってるのは僕だけではないはずです。

 親に連れられてではなく、自分の意志で行った科学万博で、僕は未来を信じた。それはつまり、未来を信じることができた最後の世代のような気もします。

筑波万博
僕にとっては、未来の入口だった科学万博
(当時の絵葉書より)
 

 別に、未来を信じる大切さを伝えたい、とかそんな思いはまるでないのだけど、今年は、かつて存在した明るい未来について考えてみたいのだな。そこで、新連載【われら科学の子】から更新を始めましょう。
 戦争が終わって、暗くなりがちな子供たちを救った大科学雑誌『動く実験室』を軸に、空想科学の世界を大特集! まずはポストカプセル郵便に敬意を表し、「ロケット郵便」からだ!

制作:2004年1月13日

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