細民窟視察
石野伯爵は、救貧・防貧の実際方策を研究して、国民の思想を善導しようと志し、同志を説いて寄付金などを集めている。まことに社会の上流に立つ華族の心がけとしては感心なものだと評判がよい。それに力を得て、伯爵は細民の生活状態の実地視察に出かけた。
実際に見る細民窟の悲惨な生活は言語に絶えた状態で、同情より先に鼻をつく臭気に、意志の薄弱殿下は寸時もいたたまれず、ほうほうの体で逃げ出した。
「三太夫、どうも驚いたな。胸が悪くなった。これから帝劇へ見物に参ろう」
「御前、そりゃまた、あんまりな矛盾で」
「矛盾? なにが矛盾じゃ。役者も元は河原乞食と申したものだ、それも一応視察の必要がある」