ビヤホール
杢兵衛「田吾さんや、ちょっくらそこの弁当屋へ入るべい。やぁー間違えました。ここは郵便屋さんですかえ?」
給仕「いいえビヤホールです。中食もできますよ」
給仕「ビールは大を差し上げましょうか。小にしましょうか」
杢兵衛「いただくものなら大きい方がよかっぺいよ」
田吾作「これがビールってのか、えらく泡立てるが、これ食うのかな?」
杢兵衛「なーに、泡食っちゃいけねー。そりゃ熱燗のせいだよ」
杢兵衛 田吾作「ひゃー、こりゃ冷(ひや)だ。おまけに苦いや」
ここでカレーとサラダが出てくる。
田吾作「これもおったまげた。唐辛子の飯や生漬けの香の物。まるで食われねー」
杢兵衛「あに、我慢して食わねえと、田舎者だと思われるだよ」
杢兵衛 田吾作「おらぁ、もう茶にすべい」
給仕「お茶はおあいにく様、その代わりにコーヒーを上げます」
田吾作「おい、ねぇねぇまた苦い」
杢兵衛「煎ぶりだと思って一息に飲んでしまうべえ」
田吾作「ひゃぁ、口直しに砂糖がついてたよ」
杢兵衛「そら見ねぇ、東京者は気が利いてらぁ」
(明治35年)