人轢車洞尾吹三は、知り合いの成金氏が自動車で人を轢殺(ひきころ)したのをひどく苦に病んでいると聞き、見舞いに来て「そんな縁起の悪い車はお売りになる方がよろしゅうございます」と。
それから自分で奔走して買い手を周旋した。
性悪の洞尾は周旋料をうんと儲けた上に、丁野の奇声を利用して、その自動車の買い主の家の近所で「恨めしや人轢(ひとひき)車め、魂魄(こんぱく)この土にとどまって……」とうならせ、一晩の雇い賃1円ずつを支払うことにした。
買い受けた人は薄気味悪い声が毎晩車庫の近所で聞こえるので、洞尾に買い戻しを請求すると、洞尾は十分割引の約束をさせて、今度は慾野へ売り渡し、またもや周旋料をしこたま頂戴した。
そしてまた丁野に例の奇声を出させると、さすがの慾野も、こんな縁起の悪い車で貸し自動車を営業して、もし人でも轢いたらそれこそ大損と、割引承知で洞尾に売り戻した。
洞尾はたびたびのコミッションで、とうとうその自動車を自分の所有にしてしまい、貸し自動車を開業し、さらに儲けている。
丁野は羨ましくなり、自分の功労を言い立て、分け前を要求した。
けれども、すでに日当を払ってあるからと、洞尾はてんから相手にしない。
丁野は無念が骨髄に徹し、毎晩例の奇声を放ってみたが、洞尾は平気で高いびき。ヒカンした丁野には夜寒がことに身にしみた。