ローター船(風行船)の世界

ローター船
これがローター船だ!


 ゴルゴ13が遠方から狙撃するとき、弾丸にもっとも影響を与えるのは、言うまでもなく風です。風が吹けば弾丸は曲がる。
 当たり前と思うかもしれませんが、戦争では弾道の計算は最重要課題。いったい、なぜ弾丸は曲がるのか? その理論を最初に発見したのはドイツのマグヌスで、1852年のことでした。これが「マグヌス効果(マグナス効果)」と呼ばれるもので、理論としては次のように表記されます。

 回転している円柱に流れが当たると、流れと回転軸の両方に直角の力が働 く

 図示すると下の図のような感じ。
 実例でいうと、「右回転してるコマに左から風が当たると、コマは向こうに動く」とかね。

ローター船
右回転する円柱に左から風が当たると、向こう側への力が働く


 この理論が1877年、ボールにも当てはまることがわかりました。言い換えると、野球のボールがカーブするのは、マグヌス効果による風の影響だったのです。うまくカーブが投げられるピッチャーは、無意識に風圧の計算をしてたわけ。

 で、この原理を応用して、風で動く船を造った人がいるんですよ。それが風力とマグヌス効果を利用したローター船。要は海中に巨大な回転筒をぶっさせば、弱い力で推進力が得られると。「風で円筒を回す」ではなく、「円筒を回して風力で帆船のように進む」ということですよ、念のため。
 発明者はドイツの航空技術者フレットナーです。

風行ヨット
風行ヨット


 まずフレットナーは風行ヨットを開発。ベルリン郊外のポツダムで進水式を行ったときは、見物人はびっくり仰天したそうです。当たり前だ、こんなヨット(笑)。

 その後、フレットナーは自分の帆船ブカウ号(ブッカウ号)をローター船に改造。1924年11月、キール軍港で進水式を行いました。後にバーデン・バーデン号と改名し、1926年6月、大西洋を横断してニューヨークまで航海しています。
 ブカウ号では35トンの帆布が7トンのローターで済んだうえ、風向55度までしか進めなかったのが30度まで対応できるようになるなど、有利な点が多々ありました。

帆船ブカウ号 → 帆船ブカウ号
左がオリジナルの帆船、右が改造後のブカウ号。ニューヨーク入港の瞬間


 この成功でローター船は本格的に認知され、ついに大型船が造られました。
 1926年、ブレーメンのウェーゼル造船がドイツ海軍省のために造ったバーバラ号(バルバラ号)です。直径約4m、高さ約17mの3つのローターがありました。全長89.5m、1700トン、推定1010馬力。処女航海はイタリアからスペインへの旅でした。
(なお、数字は当時の資料によるもので、ウィキペディアとは異なっています。別資料では3000トンとの表記もあり、どうもブカウ号とバーバラ号で混乱が起きているようです)
 

バーバラ号
バーバラ号。試運転では10.5ノットを記録


 ローター船は非常に評価され、この新風力システムはさまざまな応用が考えられました。以下箇条書きで。

(1)回転筒式の風力発電
(2)翼に回転筒を使ったローター飛行機
(3)潜行艇の浮沈に利用

風力発電機ローター航空機
左が風力発電機、右がローター航空機



 しかし、どの研究も具体化せず、また、ローター船自体もバーバラ号をもって、事実上、消滅してしまいました。
 その最大の理由はランニングコストが高いことでした。
 当時の石油エンジンは1分間に300回転させましたが、ローター船は回転が速すぎると逆効果のため、80回転に抑えていました。そのため、わざわざ水力減速機で回転数を落とすなど、かなり効率が悪かったようです。

 風は無限であるという幻想は、こんな不思議な船まで誕生させたのでした。

制作:2009年11月29日

<おまけ>
 ウィキペディアによると、1980年代以降、フランスの海洋学者が新たにアルキオネ号などを造船してるようですが、ちょっと詳細不明です。
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