人体探検隊
「食道旅行館」へ行く
こちら入口
昭和4年(1929)3月23日、上野公園で日本初の「食糧展覧会」が始まりました。
展覧会の核心は「食糧展ニュース」によれば、
《肉体は精神の殿堂である。其の殿堂は食糧を以て建設せらるるものであって、是は生活の絶対的必要の物質であり、精神生活に直接関係し、心身不二とも云うべき不可離の関係がある、精神問題を離れて、食糧問題なし。故に展覧会は……食糧を投じて思想善導に貢献する》(第1号外)
というもの。満州事変(1931年)の直前という時代ですから、「国防の最後衛」として食糧問題が重視されていたわけです。
では、さっそくこの展覧会に行ってみましょう。
会場鳥瞰図(右下が会場の入口、左端が出口)
上野駅から歩いて行くと、すぐに会場入口が見えてきます。
入場すると本館があり、ここでは農業・漁業・畜産から配給までさまざまなテーマの展示が。そこを出ると「三井物産館」やら「三菱館」、さらに「台湾館」「朝鮮館」「満鉄館」「樺太館」……と並んでいます。まさに “日本全国” の食糧事情が一目瞭然というわけです。
その次に「国防館」があって、戦時下の食糧問題のすべてがわかる仕組み。
本館で展示された最高級の中華料理
国防館の展示例。基本的には壁新聞
言うまでもないですが、こうした展示を見た一般人の多くは、「国土を広げれば食料が増える」「軍に入ればキチンと食料が食える」……などと思うはずですね。
で、ここからが本題。展覧会の最後はライオン歯磨が出展した「食道旅行館」になっていて、口から人間の体の中に入り、なんと肛門が会場出口という、素晴らしい構造になっていたのです。
この食道館は、
《食道旅行館の口に這入(はい)って居る、此は永井潜医学博士の指導で出来た呼物(よびもの)の1つで、喰べた食物が如何に消化吸収されるかを具体的に示したもので、食糧の最後的決算を示すもので、頗(すこぶ)るの思付(おもいつき)でふさわしい催物である》
と「食糧展ニュース第2号外」でも絶賛されています。その昔、『ミクロの決死圏』なんていう人体探検映画がありましたが、これはそのリアル版というわけ。
これはぜひ行ってみないと、と思って当時の写真を入手したのですが、ほとんど高校の文化祭レベル(笑)。ちょっと安すぎる内容ですが、いざ肛門までの旅に出てみましょう。
皆さんが喰物になってお通り下さい
ムシ歯は夜に出来る
●ムシ歯をつくらぬ食物
繊維性のもの、唾液の分泌を促すもの、生のもの、硬めのもの、玄米、肉、漬物、バター、果物、コンニャク、野菜等
のど仏
読書百遍、意、自(おのず)から通じ
咀嚼百編、胃、自(おのず)から安し
ここは胃袋です
●胃の内容量
・空虚胃 100〜500cc
・最大容量 800〜1500cc
●胃病の原因
・早喰い早飲み、暴飲暴食、過熱食、酒煙草の濫用、間食、虫歯
→胃カタル、胃酸過多症、胃アトニー、胃潰瘍、胃癌、胃拡張症
●各食品の胃を去る時間
・1〜2時間:水100〜200g、紅茶・珈琲・麦酒220g、硬卵100g
(水よりビールの方が消化されやすい?)
・2〜3時間:水・ビール500g、乳脂柯々阿200g、生卵100g、牡蠣72g、アスパラガス150g、ビスケット70g
(柯々阿はココアのことです)
・3〜4時間:鶏肉230g、ビフテキ100g、林檎・馬鈴薯・八目鰻150〜220g、カピアール72g
(う〜ん、カピアールって何でしょうか?)
・4〜5時間:焙兎250g、焙鳩210g
(ウサギもハトも立派な食料)
これから大腸に入ります
●農村住民寄生虫検査(検査人員 17698人)
・蛔虫……………12315人(69.6%)
・鞭虫……………9942人(56.2%)
・十二指腸虫……5036人(28.5%)
・東洋毛様腺虫…602人(3.4%)
・メタゴニムス…119人(0.7%)
・肺ヂストマ……33人(0.2%)
・蟯虫……………7人(0.04%)
・條虫……………3人(0.02%)
・ヒメーレビス…2人(0.01%)
●蛔虫寄生に依る障害
腹痛、成績不良、発熱、嘔吐、発育不良、頭痛、眩暈、嗜好異常
●蛔虫の人体内侵入の原因と其予防
・新鮮に見えても実は沢山の蛔虫卵が付着
・野菜類は葉の内側まで丁寧によく洗って下さい
・生水を飲んではいけません
・一夜漬、生漬などはなるべく喰べないように
●慢性便秘の食餌療法
1、早朝空腹時……1碗の冷炭酸水の飲用
2、野菜果物は食物繊維に富むため混食に努めること
3、寒天……1日1本……有効
4、砂糖および脂肪に富む食物……蜂蜜、牛乳、乳酪
5、香料食塩酢は腸粘膜を刺激し、蠕動を促進す
そしてついに肛門です!
カスに成って外に出ます
●痔核の療法
1、消化し易き食物を選び
2、刺激性の香料、アルコールを避くること
3、注射療法
4、外科的手術
昔の人も便秘や痔に悩んでいたんですな。
それにしても、観客に向かって「カス」とは素晴らしい。あまりの素晴らしさに、当初、4月21日までの開催予定が、4月30日まで延長されたのです。
総入場者は73365人でした。
制作:2005年11月12日
<おまけ>
この展覧会を開催した「糧友会」は、大正14年(1925年)に陸軍省・内務省・農林省が中心となって設立した、食糧問題の研究機関です。食生活の安定や国民の体位向上などを目的としていました。糧友会は昭和14年(1939)に「食糧学校」を設立、これが現在の東京栄養食糧専門学校になっています。