韓国・海割れを見にいく!
珍島の海割れ
朝鮮半島西南端に「珍島」という島があります。天童よしみの『珍島物語』は、
《海が割れるのよ 道ができるのよ 島と島とが つながるの》
という歌詞で始まりますが、実際に、毎年4〜5月のわずか数日、干満の関係で、珍島からおよそ2.8km離れた芽島まで海の道が出現するのです。
この珍島と芽島を結ぶ神秘の海道は、国家名勝第9号に指定されており、当日は大量の観光客がやってきます。
珍島で見かけた日本語版ポスター
2002年は4月27日から3日間がピークでした。というわけで、前夜祭が行われた26日に行ってきたよ。
海割れを時間を追って観察してみます!
16:00 対岸の芽島から道が伸び始め……
16:20 道がかなり見えてきた!
17:20 3キロの道がほぼ完成!
17:10 この日は最大でもこんな程度
おそらく翌日はもっと完全な道ができたはずです。たった1日しか違わないのに、自然の妙ですな。
便器販売中
あと、まぁどうでもいいことですが、前夜祭なので、イベントや露店もたくさんあるなかで、なぜか便器もあちこちで販売中でした。韓国人は、お祭りで便器を買うのかなぁ??
制作:2002年4月29日
<おまけ>
この珍島には、「ポンお婆さんの伝説」というのがあって、解説板によるとこういう話です。
《朝鮮時代の初期、孫同知という者が流配地の済州島に行く途中、船が沈没し現在の回洞里(村)に流れ、ここに住み付きました。けれども虎が頻繁に出没するため芽島に逃げる途中、ポンお婆さんだけが取り残されてしまいました。
ポンお婆さんは村人や家族に会えるようにと毎日、龍王様に祈っていると、海が割れ、道が出来、ポンお婆さんは家族に会えましたが、悲しくもその場で息を引き取ってしまいました。
このときから毎年、陰暦の3月になると豊漁と祈願成就のための霊登祭を行ない、回洞と芽島里の住民が海の道を歩いて貝や海産物を拾って過ごします》
2014年4月16日、珍島沖で沈没したフェリー「セウォル号」も、仁川から済州島へ向かっていたのです。やはり昔からこの地は、海の難所だったんですね。
ポンお婆さん
広告