富山ノーベル賞街道
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富山「ノーベル街道」を目指せ!
こちら富山市役所から見た富山城
2006年12月1日、富山県の猪谷と岐阜県の奥飛騨温泉口を結ぶ神岡鉄道が廃線になりました。
この鉄道は、もとは亜鉛や鉛や銀が採掘できた神岡鉱山(岐阜県)用のもの。神岡鉱山は三井金属鉱業が経営していた日本屈指の鉱山で、明治7年(1874)以降、約130年間で7500万トンもの鉱石を採掘したといいます。
この鉱山から出たカドミウムが、1960年代に「イタイイタイ病」の原因となったのは有名な話ですが、この鉱山も2001年6月に廃鉱となりました。
在りし日の神岡鉱山(1930年頃)
そんなわけで、神岡鉄道を見に行こうかと思い、まずは富山市へ。バブリーな市役所の展望台から、恒例の大展望です。
すっげーバブリーな市役所
展望台から見た神通川
でもって役場の近くで、びっくりする看板を見かけました。
「ノーベル街道」!
なんでも、これまで日本人でノーベル賞を受賞した12人のうち、田中耕一氏、小柴昌俊氏、白川英樹氏、利根川進氏の4人が、富山から高山までのわずか90kmの沿線にゆかりがあることがわかったそうです!
これは国道41号沿いなので、この道を「ノーベル街道」と呼ぶようになったのだとか。
「まさに、世界の頭脳がここで育まれているといっても過言ではありません」だって!
すごいぞ、富山。昔はこの道で魚が運ばれたので「ブリ街道」と言ってましたが、ブリよりはノーブリ賞!
上から富山、大沢野町、旧神岡町、高山市の
「ノーベル賞ベルト地帯」
ですがまぁ、ホントのことを言うと、ちょっとこじつけ過ぎなんですけど。
その詳細は以下の通り。
●田中耕一氏
1959年、
富山市
で生まれ、1978年まで富山市で過ごした。
2002年、ノーベル化学賞受賞。
●利根川進氏
1939年、名古屋市で生まれる。
1947〜1952年(小1〜中1)まで、富山県
大沢野町
で過ごし た。
1987年、ノーベル医学・生理学賞受賞。
●小柴昌俊氏
1926年、愛知県豊橋市で生まれる。
1983年から岐阜県
旧神岡町
でカミオカンデによる実験開始
2002年、ノーベル物理学賞受賞。
●白川英樹氏
1936年、東京都淀橋区(現新宿区)で生まれる。
1946〜1955年(小3〜高3)まで、岐阜県
高山市
で過ごした。
2000年、ノーベル化学賞受賞。
小柴さんとか生まれも育ちもあまり関係なくないか?
……まぁいいんだけど。
ノーベル街道モニュメント
で、市中心部の県民会館前に設置されたノーベル街道モニュメントがこちら↑。
「たくましく生きた縄文人の魂と、海外の高度な技術を採り入れ、活かした弥生人の才を表現した『縄魂弥才』の文字が刻まれています」
と……。ノーベル賞って、別に弥生時代にはなかったのでは?
ま、そんなわけで、このノーベル街道(国道41号)と神岡鉄道と神通川は基本的に並走してるので、今回は神岡鉄道に乗ってノーベル街道を堪能しましょう。まずは高山本線に乗って猪谷まで。
こちら神通川
で、富山から猪谷まで行ったんですが、神岡鉄道が全然動きませぬ。1日6本くらいしかないので当然ですが、これじゃ日が暮れちゃうよ!
こちら廃線になった神岡鉄道
あんまり長い時間待つ余裕はなかったので、今回は猪谷ツアーに変更です。
猪谷って今では小さな町ですが、昔は加賀藩との関所があった場所です。沿道には石仏が多く並んでいて、けっこういい感じの町です。
5kmにわたって石仏の道が。右は三夜様の拡大写真
三夜様というのはナゾですが、これは月待ちでもっともポピュラーだった「二十三夜待ち」にちなんでいると思われます。23日の月は、深夜に出るため、「真夜中の願掛け」として有名でした。地方によっては、昇る月が3つに見えるという伝承もあったみたい。だから、上の石仏の○は月を意味してるんだと思うんですけどね(多分、左が三日月、右が満月……しかし、確証はない)。
とまぁ、散歩がてら歩いていると、なんと関所がらみの首斬場を発見。
ノーベル賞を狙ったら、リストラで首斬りですか? あぁ……!
観光客でここまでたどり着いた奴は少ないと思う(笑)
制作:2006年12月1日
<おまけ>
高山本線から見えた不思議な塔。これってなんだろう?
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