「渡鹿野島」外伝
「海女」と「あわび」と「真珠」をめぐる冒険

渡鹿野島
渡鹿野島にようこそ


 伊勢神宮の内宮に「御贄調舎(みにえちょうしゃ)」と呼ばれる建物があります。ここは切妻造で板葺きになっており、祭りのとき、神饌の鮑(アワビ)を調理する場所です。

 かつて伊勢神宮を開いた倭姫命(やまとひめのみこと)が、三重県の国崎を通ったとき、お弁という海女からアワビを献上され、以後、乾燥アワビを毎年献上することになりました。伊勢神宮とアワビは切っても切れない関係なわけですが、このアワビ、採るのはけっこう大変です。

 一般にアワビを採る海女には「カチド」「フナド」の2種類あって、「カチド(徒人)」は1人で潜水すること、「フナド(舟人)」は男女ペアで船に乗り、男が船の上から命綱をつけた海女を補助して漁をすることです。

 漁ができる日数は厳しく制限されるため、収入も限られ、たまに真珠が採れると、ずいぶんラッキーでした。
 念のため書いておきますが、本来、本真珠というのはあわびにできる「鮑玉」(あわびだま)のことを指します。現在はアコヤガイの養殖が主流ですが。

渡鹿野島
渡鹿野島がある的矢湾の真珠養殖


 海の作業は時期が決まっていて、だいたい3月から5月は「あわび」「わかめ」、6月は「天草」「あわび」、8月は「荒布(あらめ)」「かじめ」。9月中旬にアワビや海草が禁漁となり、10月は伊勢エビなんだそうです。

 冬の魚介類は高値になるため、かつては真冬も漁は行いましたが、基本的に、冬の海女はヒマなんですね。
 そんなわけで、昔から「伊勢」=「海女」の連想で、女好きの男は、伊勢に来て海女に会うのを楽しみにしていました。

渡鹿野島
右手にはパールビーチに乙女海岸


 今ではほとんど知られていませんが、三重県の渡鹿野島には「渡鹿野小唄」という歌が伝わっています。その歌詞がすごいので、全文公開しておきます。


 おじゃれ殿なら渡鹿野島へ
 男後生楽こりゃ女護の島

 島でさくのは赤い椿が
 娘むすめのこりゃ口の紅

 島の娘と真珠の貝は
 汐で磨いてこりゃ艶が出る

 昼は青波夜は主まかせ
 島の娘はこりゃうぶなもの

 夢かうつつか浜辺の虹よ
 あれは渡鹿野こりゃ海女の息

 的矢入海渡鹿野抱いて
 女浪男浪のこりゃ子守唄

 安乗岬の灯台憎くや
 忍び逢う夜のこりゃ邪魔になる

 恋に明けては情に暮れる
 あれは渡鹿野こりゃ夢の里


 かなり強烈ですな。

 ちなみに「おじゃれ」というのは、夜の女が男を呼び込むときの声で、転じて、売春婦そのものを意味するようになりました。3番の「真珠」、4番の「昼は青波」、5番の「海女の息」、6番の「入海」とあるとおり、この歌は明らかに海女と売春婦を同一視しています。

真珠貝
磨けば磨くほど艶が出る真珠貝。
下は3年目の真珠貝。上段右端は1ヵ月目、左端は1年目の貝


 実は、渡鹿野島には「渡鹿野節」という別の歌も伝わっているので、こちらも歌詞を公開しておきます。


 渡鹿野よいとこ アラサ ー度はおいで
 島の アラサ 中にも花が咲くよ
 キナハツチャンラツツノホイホイホイ

 島の中にと アラサ 咲いたる花は
 桃か アラサ 桜か女郎花か

(はやし入る)


 仇し花でも アラサ 情は深い
 恋し アラサ 渡鹿野灯が見ゆるよ

 島の乙女の アラサ いうこと聞けば
 妾しや アラサ 小波の波次第よ

 沖のかもめに アラサ 文ことずけて
 主に アラサ 便りがしてみたいよ


 こちらは特定の職業は暗示してませんが、「文ことずけて」あたりに、自由が制限されていた身の上が感じられますね。さすが「春を売る島」と言われるだけあります。

 余談ですが、かつてこの島のお土産に「乙姫羊羹」というのがありました。伊勢で採れた青のり入りの羊羹なんですが、販売店は桟橋のすぐ横にありました。この「乙姫」は映画喫茶を経営しており、夜7時から11時まで映画を上映していました。

 手元にそのパンフがあるんですが、上映される映画は「柳の雨」「隣室のささやき」「波うつ女体」「見ちゃだめよ」「私は殺される」とそそるものばかり。

渡鹿野島

渡鹿野島
渡鹿野島の映画喫茶「乙姫」と「乙姫羊羹」


 女と朝まで過ごせなかった男が、時間つぶしに来てたのかもしれませんね。


制作:2013年1月28日

<おまけ>
 国崎には、倭姫命に鮑を献上したお弁を祀った「海士潜女神社」があります。
 あまり知られてませんが、慶事に使われる熨斗(のし)は、もともとは伸ばして乾燥させたアワビのことでした。
 伊勢神宮には、古来の製法で調製された熨斗鮑が年3回奉納されますが、これは国崎の神宮御料鰒調製所で作られています。伊勢神宮では、あわびを「鮑」ではなく、「鰒」と書くんですね。
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