香具師(やし)とは何か?

yasi1灯籠売り


 
 かつて、東京でもっとも人が集まった市は、日本橋で開かれた「べったら市」でした。これは1019日に、日本橋通旅籠(はたご)町、人形町、小伝馬町、通油町(とおりあぶらちょう)へかけて立った浅漬大根の市のことです(現存)。本来は翌日の夷講(えびすこう)に必要な土製・木製の恵比寿大黒、打出の小槌、懸鯛(かけだい)、切山椒などを売っていたのですが、いつの間にか浅漬大根の店ばかりになってしまいました。
 明治44年(1911)に刊行された『東京年中行事』に、市の様子が次のように記録されています。

《この浅漬売と言うのは、いずれも白シャツ紺の腹掛けに向う鉢巻と言う威勢のいいいでたちで、町の両側にずらりと店を並べ、粕のべったりついたままを売るので、糸織りの小袖を着た立派な商人も、高島田に結った年頃の娘でも、皆このむき出しの浅漬を縄にしばったままで、平生ならとても出来ない真似だが、この日に限って平気の平左で、だらりぶらりとさげて帰る》

 あまりに人出が多かったため、特に夜になると人々は自然に浮かれだし、子供や酔っぱらいが、わざと女性の方に寄っては、むき出しの大根をぶらぶらと振り廻すいたずらが頻繁に見られました。当然、相手はキャーキャー言いながら逃げようとするわけで、なんかずいぶん楽しそうな様子です。
 この市では朝漬けの売り買いはこんな感じでおこなわれていました。

《試みに『さあいらっしゃい、いらっしゃい、安くてうまいの』と元気よく呼んでいる店先に立って、3本選り出して幾らだと聞くと、45銭だと言う。まあと驚いて逃げ出そうとすると、粕のついた汚ない手で容捨もなく人の袖を引っ捕えて、『旦那、旦那、これから負かすのが旦那の腕だ』と言う。こうしてたいていが167銭くらいまでは負けてしまう。年により大根の出来に従って値段の相違はあれど、先(ま)ず56銭くらいが安い時の相場である》


yasi2べったら市(以下すべて1911年)


 江戸時代、夏には「盂蘭盆(うらぼん)の草市」が開かれ、江戸各地に露店が並びました。そこでどんなものが売っていたかというと、

712日の昼より夜へかけて、諸商人露店を張り出す。その商う所の物いみじき種類なれども、まず間瀬垣(ませがき)、菰(こも)、莚(むしろ)、竹、苧殻(おがら)、粟穂、赤茄子、白茄子、紅の花、榧(かや)の実、青柿、青栗、味噌萩、蓮の葉、蓮華、鶏頭(けいとう)、瓢箪、菰造りの牛馬、灯籠、盆灯籠、線香、土器(かわらけ)、ヘギ盆など、市場の主なる売物なり。この日数珠造り、仏師、仏壇の漆器類を商う店は殊の外の繁昌なり》( 『絵本江戸風俗往来』)

 といった感じです。草市なので草花ばかりなのは当然ですが、想像以上にいろいろなものが売られていたことがわかりますね。

yasi3両国の川開き


 一方、明治38年の75日におこなわれた両国の川開きでは、

《例年の花火は、今年は上流と下流との2箇所で打揚げて、盛況を呈した。その夜の露店で売っていた品々は、5厘のアイスクリーム、氷水、鮨、おもちゃ、扇、ほおずきなど、声を嗄らして客を呼んだが、群集は空の花火にばかり気を取られて、それほどには売れず、ただ玉蜀黍(とうもろこし)の焼き立が、恐ろしく売れていた》(『風俗画報』明治38910日号)

 とあって、ずいぶん現代に近くなっています。

yasi4藪入りの浅草観音


 鶯亭金升という人物が、昭和になって明治時代を振り返った『明治のおもかげ』という本があって、その「縁日の遊び」には、縁日の吹き矢でどうやって儲けるかが書いてあります。

《縁日になくてならぬものの吹矢(ふきや)も今はないが吹矢の流行した時分は、茹玉子(ゆでたまご)、菓子、果物を取らせるように並べていた。5厘の菓子を棚に並べて吹矢で取らせるのに3本の矢の代が1銭である。肩を並べている的(まと)だから3本の矢がみんな菓子に当るので、1銭で15厘の菓子を貰う事になるのだが、その実は菓子の問屋から31銭で買出して来る。故に上手な客が来ても損をせず、下手(へた)が来れば1回に5厘や1銭の利のあるようになっている。
 茄(ゆ)でた玉子を並べて置いて310銭で吹かせる。これは矢の先をよく削り、当ってもツルリと滑って外(そ)れるように仕組んである。それを呑(の)み込んで研究した男が矢を受取る時にそっと爪(つめ)の先で矢の先を折り、玉子の真ン中をねらって吹くと殻(から)へ命中した。僕もその秘伝を聞いて吹矢の店を困らせた事がある》

 つまり、問屋から大量購入で安く買ったものを、高く売るわけ。当たり前ですが、これが商売の基本ですな。

yasi5年末の釈尊降誕会


 さて、ここまで、いろいろな資料を並べて市や祭の風景を書き出してみました。そこに並ぶ露店や屋台の商売人は、「香具師(やし)」とか「テキ屋」と呼ばれています。
 しかし、こうしたテキヤの正体はこれまでほとんど明らかになっていません。どうしてかというと、テキヤは親分と乾児(子分)の「仁義」で結ばれた特殊な関係だからです。
 こうした関係性を「やくざ」と一言で言っては語弊があるでしょう。

 いったい、露店の裏側とはどんな世界なのか? 探検コムの別館に当たる本サイトでは、テキヤに関する資料を集大成してみました。
 知られざる香具師の世界、一挙公開です。

<関係リンク>
奇形人間という見世物
見世物小屋