「テキ屋の親分」インタビュー
以下、千葉県の香具師(テキ屋)の総元締めの独占インタビューです。出典は『世態調査資料』第5号(昭和13年12月)。この『世態調査資料』というのは、昭和13年(1938)から18年(1943)にかけて、司法省調査部がさまざまな業態について当事者から聞き書きしたものです。
具体的には、
・生糸貿易(横浜、第1号)
・秩父の絹織物工業(埼玉、第12号)
・函館の北洋漁業(北海道、第14号)
・花莚(岡山 、第22号)
・綿糸、メリヤス(大阪、第30号)
などで、いわゆる正業が多いんですが、なかには雲水(うんすい=禅宗の修行僧、第6号)など風変わりなものもあります。そして、第5号に「香具師」の親分のインタビューが掲載されています。
6時間近くおこなわれたこのインタビューにより、これまでほとんど表に出たことのない香具師の生態が判明しました。実際、この資料はその後、『香具師の全貌』(『刑事警察研究資料』第17輯、内務省警保局、1942)として残されており、その貴重さがわかります。
そんなわけで、インタビューを全文公開します。いったい露店の場所はどうやって決まるのか、親分と子分の関係は、そして仁義の切り方とは? 知られざるテキ屋の世界、一挙公開です。
香具師について
千葉地方裁判所
同検事局
本稿は昭和13年9月12日、千葉県千葉郡幕張町居住の香具師・藤田鶴吉氏の来庁を請い、判事検事および司法官試補列席の下に開催した第5回座談会の筆記である
徳江検事正 千葉郡幕張町居住の藤田鶴吉氏をご紹介致します。この方は香具師で岐阜出身の方であります。
藤田氏 今ご紹介を頂きました藤田でございます。
立石所長 すでに検事正からお話のあったことと思いますが、本日は判事、検事、司法官試補が列席致しまして、あなたのお話を伺って学びたいという意味でおいで願ったのでありますから、判事、検事がいるからなどという気持ちではなく、くつろいで、思いついたことはー切合切、お話願いたいと思います。決してこの席でお話したことがどうこうというわけではありませんから、その点、誤解のないように、特にお含みおき願います。
藤田氏 私は元名古屋長者町一家に御厄介になっていましたが、今では先代親分の後を引き継いで、目下のところにおります。
私らのことを世間では「野師」と呼んでおりますが、野師という言葉は、大岡越前守が奉行時代に長井兵助という者がおりまして、ある日、越前守がお通りの際、その前に長い刀を持って大の字になって寝たことがありました。越前守はこの男は使えば相当使える男であると見て、手許に呼び寄せて使ったのであります。
その男が野武土であったので、後世「野師」と呼ぶようになったと聞いております。
また、香具師(やし)とも申しております。昔甲府の熊谷に住んでおりました柳川庄八のところへ賭博をやりに来る者が香水を行商しながら来たのだそうです。そこから香具師という名称が出たと聞いております。今は字が違いますが、元は「黄」という字を書いたものです。
私ら仲間では「テキヤ」と言っておりますが、野師とか香具師などとは申しません。
テキヤとは露店商人のことでありまして、「前を通る人はみな敵と思え、敵はいつ矢を放つかもしれないから、その人の顔を睨みながら、人がいなくなるまで商売をして、いなくなったら商売をやめろ」と言っております。そういうところから「テキヤ」という名称が生まれてきたと親分より教わっております。
「テキヤ」という言葉は全国どこへ参りましても通用致します。
「テキヤ」の中にもいろいろ商売によって違った呼び方を致します。例えば、袋物、玩具、エプロンなどを売る者、および高町の飲食店等を「ジンバイ」=(人売)、バナナ、呉服、萬年筆などを並べ説明しながら売る者を「コロビ」、品物を出さずにただステッキー本で説明して、後で品物を出して売る者を「オージメ」(大占)と申します。
問 名前の起こりは。
答 人売は相当の資本を要しますが、コロビは小資本でできる商売です。説明で客を引き付け、品物を売るのでありまして、人売よりはコケている人がやりますから、そう申します。大占はたくさんの人を集めますから、そう申すのであります。
問 人売、コロビ、大占という言葉は「テキヤ」と同じように全国どこでも通用しますか。
答 そうです。通用致します。
問 縄張という言葉は「テキヤ」にも使われますか。
答 縄張というのは博奕打ちに使われております。昔からの言葉ですが「テキヤ」には使われません。「テキヤ」は博奕打ちのように不正なことをするのでなく、正しい商売とするのですから、縄張と同じ意味にはなりますが、「テキヤ」の方では世話場といっております。
問 千葉県下に「テキヤ」の親分は何人くらいありますか。
答 香取郡香取町に川口屋一家……川口榮太郎(興行、人売)
安房郡館山北條町に武澤一家……3代目武澤勇治郎(興行)
同 ……藍谷忠太郎(コロビ)
長生郡茂原町に井上一家……3代目渡邊為蔵(人売)
銚子に源清座一家……4代目山田吉長治(興行、コロビ)
船橋に源清座一家……山本金吉(興行、人売)
成田に源清座一家……下田九二三(コロビ)
同 上州寄居一家……小林竹次郎(コロビ)
と、私……名古屋長者町一家くらいでしょう。
川口屋一家は老人が興行をやり、若者が玩具、風船玉の商売をしております。
武澤一家・武澤勇治郎は現在善通寺に行っておりますが、乾児(子分)がやっております。
同・藍谷忠太郎はコロビの方です。
井上一家・渡邊為蔵は千葉市内長洲町に住んでおります。
銚子の源清座一家の2代目は山本広吉といいまして、興行3代目が同喜太郎で、山田吉長治は4代目であります。
船橋の源清座一家・山本金吉は銚子の分かれで、ほとんど興行専門というのですが、若者が少し人売の方をやっております。
成田の源清座一家・下田九二三はコロビ専門、上州寄居一家・小林竹次郎もコロビ専門で、本家は上州高崎ですから上州と申しております。
問 あなたは。
答 私はコロビを主としておりますが、興行と人売もやっております。
問 これらを統轄する一家は。
答 興行は武澤勇治郎、コロビは私と藍谷忠太郎、人売は長生郡と夷隅郡とを渡邊為蔵、その他は私と藍谷との2人で統轄しております。
問 店割は。
答 神社仏閣にはそれぞれ帳元があります。この帳元はその土地の者で、神社仏閣から店の上げ下げを受取っているのであります。帳元はたいてい百姓ですから、店を出す者の商売とか、何々一家はどの位の地位かなどわかりません。これを知らずに店割をすると、他の家名の上の者から苦情が出たり、また同じ商売を接近させたりして、始末がつきませぬため、帳元は私ら仲間に店割を頼みに来るのであります。
私の方は頼まれると何一家の者か、その者が何の位の地位の者であるか、あるいは加盟の新旧等を斟酌し、その上、同一商売のものが接近しないよう、適当に店割するのであります。
問 帳元はテキヤの仲間ですか。
答 帳元というのは昔からありますが、親分乾児の盃は交わしません。従ってテキヤの仲間でありません。帳元を止めるときには後任の帳元を連れて、これからはこの人に譲りますからと挨拶に来るだけでいいのですが、テキヤの方はみな盃を交わしてありますから、そう簡単ではありません。テキヤの方は、もし私が親分を止めるとすると、各府県の親分に通知して、親分が寄り合って後の親分を決めるのであります。
問 世話場は決まっておりますか。
答 帳元は先程申しましたように店割ができませぬため、私ら仲間に頼みに来ます。一度頼まれて店割をすると、その場所は毎年店割をすることになります。
問 帳元という言葉も全国通用しますか。
答 全国どこへ行っても通用致します。
問 三寸とか小店とかは。
答 人売の中に入ります。この商売は東京の縁日商人だけのもので、他にはありません。天秤棒で担いで歩くのが小店、店出するのが三寸であります。
問 世話場の区域は。
答 帳元から頼まれた区域は世話場といいます。つまり割当てする区域です。
問 他の世話場の店割を帳元から頼まれたら。
答 親分からその世話場で「入売は店割したが、コロビは多くて割切れないから割ってくれ」と頼まれれば割ってやります。
人売は10里とか20里と遠くへ行く者はありません。反対にコロビの方は北海道から九州の方までも出掛けます。
人売の親分がコロビの店割をするといっても、向こうの人の気性や家名がわかりませんから、私が割ってやります。
問 人の世話場であっても店割をしますか。
答 手廻り兼ねる場合は親分同士が相談してやります。
問 世話場は年1回決まるか、それともいったん決めたらそれでよいか。
答 いったん決めれば引き続いてやります。
自分から投げ出さなければ、先代が没しましても2代、3代と代わっても世話をすることになっております。
問 寄居一家が上州から来ているが、藤田一家は他県に食い込んでおりますか。
答 私の家内は千葉県大原町の者で、家内の希望により34年前に当地へ参りましたが、その前に名古屋の長者町一家の盃を受けております。
そうした関係から長者町一家を名乗っております。
私が当地へ参りました当時は、井上一家の山川萬治と藍谷忠太郎の親分である染谷元吉の2人でやっておりましたが、染谷から手不足で困っているから手伝ってくれと頼まれましたので、手を貸して助けてやっておりました。それ以来、染谷は世話場のうち7分通りを私に店割させるし、染谷にもだんだん若い者ができてくるようになりましたので、藍谷は私の弟分となりました。その後、染谷は5年ほどして没しましたので、私がそのあとを継いでいる次第であります。
そのとき、藍谷は引き受けてやりかねるから、力を貸してくれと言いますので、2人で力を合わせてやっているわけであります。他府県から来てはなかなか思うようにやれぬものです。寄居一家が成田におりますが、店については口出しはできません。
問 帳元との渡りは。
答 一度店割をすれば、2度目からは帳元とは(店割について)関係がなくなりますから渡りをつけません。
問 神社仏閣以外は。
答 各郡に世話人がおりまして、各場所に接近した世話人が相談の結果、割当をしております。
問 市には帳元はありませんか。
答 ありませんが、親分同士の相談の結果、私と藍谷忠太郎の2人で県下の7分通りを世話しております。すなわち香取郡、海上郡、東葛飾郡の3郡を除いた他の全部であります。しかし、コロビと大占については県下全部、藍谷と私で世話しております。
問 3郡は誰がやりますか。
答 海上郡は銚子の源清座一家、香取郡は香取町の川口屋一家、東葛飾郡は中山の石井辰五郎、船橋の山本一家がやっております。
問 市の世話場は渡りをつけるか。
答 有力者に渡りをつけてからやります。
問 どういう人か。
答 市を立てようとする願人であります。
この願人はたいてい土地の有力者であります。結果から見ると帳元と同じようなことになるのでありますが、帳元という決まったものがないのであります。
問 千葉の市は。
答 先ほど述べましたように、願人との間で話をして私と藍谷とで割当を致します。
以前は店先を使うから店を出す者が戸別に借りましたので、私らは世話を致しませんでした。従って借賃も直接払っておりましたが、2〜3年前から道路が拡張され、歩道と車道とが区別されましたため、個人の店に関係がなくなりましたので、私らが願人と渡りをつけて割当をするようになったのであります。
問 賃借は。
答 市を立てる願人から市の方へ税金を納めます。私らはその願人から店割を頼まれるだけであります。
問 県全体そうなっておりますか。
答 だいたい同様です。特別の市の場合は、願人から三段くらいに分けて頼まれます。つまり、コロビは誰、人売は誰という具合に願人から指定して頼まれたときは、世話場に限らず店割を致します。
問 どこでも市を立てるときは現金を納めて立てている人がありますか。
答 あります。それらの人は市を立てる場合、どこの土地に市を立てたいから許可になったら店を出すようにして貰いたいと我々の方に相談に参ります。その場合には許可になったら商人を廻すからと返事をしてやります。
新規に市を出す時は、店の出し賃を普通の半額くらいにしないと成功しないものですから、この場合は願人とも相談して安くさせております。
問 その金は願人名義で納税しますか。
答 そうであります。
現金が8円かかるとしますと、1軒について10銭か15銭くらいずつ集めます。集金する人は願人本人であります。天気のよい日は店が多く出ますから、納税しましても、なお3〜4円は残ります。残った金は雨天のときの不足に充当しております。
問 1軒とは。
答 戸板1枚分です。2枚分ならば2軒と致しまして、1軒10銭のときは20銭徴収致します。
問 納税して残った金は願人の収入になりますか。
答 天気続きのときは残ります。この場合、願人から本年はこれだけ残ったから、骨折った人だけ集まって飲んでくれと言われますから、飲んでしまいます。
願人は儲けるために市を立てるのではなく、町の発展のために立てるのであります。
問 あなたの方は金を貰いませんか。
答 人売の方は着到料として1店10銭くらい徴収致しますが、私の方(コロビ)では貰いません。
昔はコロビでも着到料といって貰いましたが、今は貰いません。人売は市へ出る人はたいてい決まっておって、毎年同じ人が店を出しますから取りますが、反対にコロビの方は小資本であって3日市を立てても毎日同じ人が出るとは限りません。100人来ても、なかには何一家の若い者とか何親分方で飯を食っている者とか兄弟分だとかいうように他府県から来る渡り人が相当多いのであります。この渡り人からは貰わぬことになっておりますので、100人のうち、金を貰えるものは1割くらいのものですから、いっそ全部貰わぬ方がよいということになっております。従って県内の者が他県へ行って商売しましても、取られないから同じことになるわけです。しかし誰かの家に不幸があったから(香典を)やろうというときになりますと快く出してくれます。
問 5日間市を立てる場合でも10銭ですか。
答 そうであります。5日で10銭ということになります。
問 千葉の市は。
答 掃除代として5銭ずつ貰います。
問 5日あっても5銭ですか。
答 掃除料ですから1日1軒につき5銭となります。
千葉の市は毎月10日の1日だけです。20日、28日の吾妻町の市は私らは関係なく、商売人と貸店する者との直接交渉を致して借りるのであります。借賃は払います。
問 20日、28日の市は地割はしませんか。
答 致しません。店割をするのは改正道路の部分だけです。
問 千葉神社境内は。
答 千葉神社境内は割当します。掃除料として1軒5銭ずつ貰い受けております。
問 千葉神社にも帳元がありますか。
答 あります。
問 改正道路だけとすると田舎へ行ったら取れませんか。
答 市を立てる願人から頼まれたところは店賃として取りませんが、割当料として取ります。
問 あなたの関係する市は。
答 房州府中の市、千倉の市、南三原の市、横芝(旧正月、盆)の市、成東(旧正月、盆)の市、大網(旧正月、盆)の市、東金(旧正月、盆)の市、千葉の市、検見川の市、幕張の市、萱田の市、船橋の市です。
問 それ以外の市は。
答 店と店との関係で私は関係しません。
問 掃除料を取り立てて廻る者は。
答 若い者に店割をさせて、その者に取り立てをやらせます。この金は店割をするものの、掃除代およびその日は商売ができませんから、その埋合せのため、店割した者に手数料としてやります。
問 場所の割当は自由ですか。
答 自由です。しかし商売、家名の上下とかを斟酌して決めます。仮に50人来たとしますと、その人々の商売と何一家の者か、家名の上下とを比較していい家名の者はいい場所へ、また同じ商売が接近しないように割当てます。この割当には苦情は言えません。
問 金を多く出していい場所へ店を出すことはできませんか。
答 それを致しますと、悶着を起こしますからやりません。
問 着到届をするか。
答 来たことだけは割当人のところに申し出ます。
問 市日が決まっている場合は何日までに届けをしますか。
答 前もって通知して来る者もありますが、その日に突然来る人もあります。店割する者は当日出張っておりまして、来た人の名を聞いて店割をします。
問 前日から来ているか。
答 当日来ます。200軒くらいはすぐ割ってしまいます。
先にも申しましたように、家名上下の区別がわからぬ人に割らせると苦情が出て、なかなか店割ができませんが、わかっている者が割れば苦情を申し出る者がないから、すぐ終わってしまいます。
問 店割はあなたがするのですか。
答 来た人の名簿を見て私が指図して若者に店割をさせ、私がついて歩きます。
以前は印だけをつけて店割をしたものですが、その当時は品物を持たずに盛り場に来る者とか家名を偽る者とか、又は1時間くらい店を出しただけで商売をしないで遊んでいながら「金が入らなくて困るから金を貸せ」と言う者などが来てごたごたして困ったものです。
みな家族を持っているもので、儲けを家計の手助けにするのであるのに、儲けができぬようではいけないし、いつまでも警察の厄介になるようでは困るから、7年ばかり前の招魂祭のときから帳面を設けておき、警察署から話があったが偽名したら警察へ連れて行くから決して偽名しないように注意した上、その帳面に私らの若者をして家名、住所、氏名、年齢、職業を書かせるように致しました。その帳面をもって警察署長を訪ね、「いつも厄介ばかりお掛けしておりますが、今度はこのような帳面を設けてごたごたを少しでも減らすようにしました」と申し上げましたら、警察署長も大変お喜びになりました。それからは県下全体がそのような取扱になり、帳面2冊を作って、うち1冊を警察へ提出するようになりました。その後は右のような悪い量見の人がいなくなり、安心して商売をやれるようになりました。
問 それらの者の間に問題でも起こると家名の方へ交渉するか。
答 そうであります。
問 何一家に属しない全くの素人でも店を出すことができるか。
答 できます。
素人の人は商売を始める前に「今度からこういう商売をしたいから仲間に入れて貰いたいがどうでしょうか」と言って参ります。私の方と致しましては、「加盟したければいつでも加盟できるが、素人でも商売して差支ないのだから、このような仲間に入るのはよした方がよい」と言ってやります。特に加盟したいと言えばすぐ加盟させてやります。
問 市の場合は。
答 市の場合は加盟しない者はありません。
問 東京の新宿で素人がやって悶着を起こしたと聞いておりますが、事実ですか。
答 事実であります。
問 素人ならばよほど渡りをつけなければできぬようですね。
答 そうであります。加盟者にはいい場所を割当て、素人は残り場に当たりますから、従って品物の売上がごく少なくなるわけであります。
問 店始めに金を取りますか。
答 盛り場にはないが人売なら着到料を店開きする前に集めます。掃除料として取る場合は後で貰います。
問 千葉で盛り場というのは。
答 招魂祭と夏祭とであります。
問 千葉神社の祭だけですか。
答 そうであります。
問 運動会のとき、学校付近で店出ししているのは。
答 地元の者が相談してやっているのであります。
問 一家の者でも甲の人はどこ、乙の人はどこというように、人により場所を異にしますか。
答 多勢来ましても家名により割当致します。1年間は同じ場所で商売を致すことになっております。
問 そう致しますと年により異なりますか。
答 割直すときには前と場所が違う場合もありますが、別に苦情を言いません。
前に申し上げましたが、人売はだいたい商売して歩く場所は範囲が狭く10里とか20里くらいまでしか飛び歩きません。この商売は資本を要しまして、始めますと5年、10年は必ず継続してやっております。従って一度出た場所には必ず出店致しますから、人売には決まった場所があります。これに反しコロビは今日この場所に店を出しましても、明日来ない者もたくさんあります。その様な関係からコロビには決まった場所はないわけです。これは全国的の決まりであります。
問 千葉県へ来る商人で他府県の者は。
答 遠いところで静岡あたりの者です。千葉の市ですと東京から半分くらい、盛り場ですと東京から4分、県下6分くらいの割であります。
問 東京から来る者は市の方が多いですね。
答 県下には玩具商売はあまり多くありません。儲けが少いのであります。東京には市場専門が多いので千葉へも多く来るのでありまして、盛り場専門の者は市へはあまり出ません。
問 どこで何日市が立つか、盛り場は何日だということは全部わかっておりますか。
答 帳面に記載して持っております。
問 東京から来る者はだいたい決まっておりますか。
答 だいたい決まっているようなものですが、突然来る者もあります。
問 千葉県下に来る東京の家名は。
答 主なものはだいたい、
深川の花又一家(元人売専門でしたが今はコロビ3分)
本郷の飯島一家 5代目(コロビ専門)
京橋木挽町の盛代一家(同)
牛込の會津屋一家(同)
同山吹町の橋屋一家(人売5分、コロビ5分)
小松川の内田屋一家(コロビ専門)
の者であります。
問 それらの者は千葉県下全部に行商しますか。
答 盛り場ですと県下全部に行商します。
問 県内の者と東京の者と対立して東京に負けませんか。
答 何と申しましても土地の一家の者の方が利益を上げております。
問 東京から来て採算とれますか。
答 一般世間の人々は大道商人などと軽視致しますが利益は相当ありまして、5人くらいの家族ならば楽に生活できます。
元7分、利益3分くらいの品物ですと、少し大きな盛り場に参りますと1日150〜160円くらい売ります。この利益がだいたい45円見当になります。
一般に利益の多い品物は売上げが少ないのでありますが、この品物ですと元3分儲け7分くらいで、腕が悪くとも盛り場ですと1日30円くらい売りますから、21円の儲けになるわけであります。
コロビの品物は説明につれられて買うので、品物で買うのは少ないです。
問 祭気分で買っでしまうわけですね。
答 そうであります。
問 大占の売上高は。
答 品物にもよりますが現今は薬草売りが一番多く、1時間に10円くらい売ります。この利益は6円くらいに当たります。
問 嘘ではないですか。
答 本当です。
薬草といっても、薬草の中には多少他のものが加わっていないとは申し上げません。正直なところを申しますと、つけて害にならぬものは実際効かなくとも元ですから、火傷とかトゲ抜きなど外傷によく効くという具合に説明します。これに反しまして、体内に入るものは害にならぬからといって何もかも説明するということは致しません。万一障りでもありましたら大変なことになりますから、この場合は実際の効果だけを説明するわけであります。
問 悪いことをするものはありませんか。
答 旧刑法当時にはありましたが、新刑法になりました後はそれらの商人も目覚めて、そのようなことをする者はなくなりました。
問 悪いことをする人はわかりますか。
答 永い間の経験でわかります。
問 乾児に対して訓話でもするのですか。
答 月1回呼日がありまして、その日にはみんなを呼んで商売上のこととか、また警察官の世話にならねようにとか、教訓を与えておりますから悪いことをする人はありません。
問 切れ地など大変廉価で売っているやうですが、悪いものではないですか。
答 あれは1貫目いくらで問屋から買って来るものであります。そのなかから良いものと悪いものとを区分けして、良いものは利益を見て売り、悪いものは元値を切って売るのであります。
問 良い物でも安く売る場合かあるようですね。例えばサラシなどはそうですね。
答 あります。品物のうち、一部分を客引のために、わかりきった良い品物を呉服屋で1尺30銭で売るものを20銭かまたは15銭くらいで安売りするのであります。
それは駆け引きのためにするので、お客さんは安いのですから買って行きます。従って他の品物も安いものと思って買うことになります。この損失は素人にはちょっとわからない反物などに掛けて損の埋め合わせをするのであります。
問 そんな問屋があるのですか。
答 新物のクズ問屋がありまして、問屋が集めたものを大道商人が家名家名によってその問屋から買って来るのであります。
問 そのほかに安く売れる理由がありますか。
答 そのほかにはありません。
問屋は呉服屋の蔵払いなどの際、大量に仕入れて来るのでありますから、安く売れるのであります。
問 他の品物も同様ですか。
答 他にもこのようにして売る品物もありますが、ごく少しであります。
問 市とか盛り場以外に店を出しているのがあるようですね。
答 あります。平日(ひらび)といって、市場、盛り場以外にもやります。一応は世話場の親分に渡りをつけて始めるのでありまして、テキヤの仲間です。
問 料金はとりますか。
答 取りません。渡りをつけに来るときは「何一家の何某です」と手拭1本でも持って挨拶に来るくらいのものです。
挨拶に来られますと、雨などで商売ができなかったため宿賃も払えぬとか、汽車賃もなくて帰れないとかいう場合は私の方で宿賃を払ってやり汽車賃を出して帰してやります。これはどこの土地でも同じであります。
問 雨のときは親分の方で損をしましょうが、天気が良くて儲けがあった場合にはいくらでも置いていくでしょう。
答 強制できません。なかにはその人の気持ちでお礼だと言って少しでも置いて行く者もありますが、挨拶だけで帰る人もあります。
問 渡りをつけなくとも商売はできますか。
答 商売はできます。しかし道路妨害とかで問題を起こしたような場合には私の方では構ってはやりません。挨拶に来られた場合は私の方で相当のことをしてやります。例えば警察へ連れて行かれたような際には、貰い下げに行くとかであります。実際は素人とか商店の番頭、小僧などが店を出してやる度胸はありません。
問 平日にやる者は腕の良いものか。
答 そうとは限りません。