NATO軍、空爆!!
ユーゴスラビアは大丈夫?

 
ベオグラードの病院
ドイツ・オーストリアに蹂躙されたユーゴ
(第一次世界大戦)

 1999年3月、ユーゴスラビアがNATO軍によって空爆されました。この原稿はそのときに書いたユーゴに対する個人的な思い入れです。


 その昔、僕がユーゴスラビアの首都ベオグラードからサラエボ行きの列車に乗っていたときのことです。たまたま一人で乗っている日本人の女の子がいて、聞けば、これからサラエボの恋人のところに会いに行く途中だとか。

 当時、まだバリバリの社会主義国でマイナーな存在だったユーゴに恋人が居るなんて、日本人の世界も広がったんだなぁとひどく感心しました。
 で、いざ列車がサラエボの駅に着き、僕が彼女のスーツケースを運ぶのを手伝っていると、めざとく恋人を見つけたその子が、突然タッタッタとダッシュして彼に走り寄りました。あまりの勢いに呆然として見ていると、二人はホームでそれはそれは長いキスを交わしたのです。まるで、今まで離れていた距離を必死に埋めていくかのように。
 キスが終わると、女の子はちょっと恥ずかしげにこちらを見て、現地語で僕を彼に紹介してくれました。すると彼は優しい笑顔で話しかけてきました。
「今日の宿は決まってるの?」
「これから探すんだ」
 と答えると、二人は市内の格安ホテルに案内してくれました。僕は二人に礼を言い、親切なカップルは仲良く街に消えていったのです。

 正直言って、僕はこの女の子に衝撃を受けました。今でこそ街中のキスなんて当たり前ですが、当時の日本ではまだまだ少なかったはずです。それなのに、この女の子はどうしてこんなに大ぴらに愛情表現できるんだろう。外国人を愛したからか、ここが外国だからか? いずれにせよ日本人も結構やるじゃん、と嬉しくなったのです。 本当は恋愛経験のなかった僕にとっては、うらやましいと思ったのも確かなのだけど。自分にもいつかこんな彼女ができるのかなぁ、 なんて。

 サラエボの街は灰色で薄汚れていて、あまり感じのいい街ではありませんでした。
でも、街に夕闇が降りてくると、その印象は一変します。この街は周囲が山に囲まれていて、その山の中にポツリポツリと明かりが灯っていくのです。日が落ちて、山の陰が見えなくなる頃には、街は天上からの星に包まれて、キラキラと輝く夢の国のようになるのです。
 僕は「きれいだなぁ」なんて口に出しては、あのカップルのことを考えていました。そして、社会主義とか国境とか、何だか難しいことも。
 僕が20歳の誕生日を迎えて、すぐの頃のことです。

 その後、ユーゴスラビアに内戦が起こり、サラエボは徹底的に破壊されました。メインストリートはスナイパー通りと呼ばれるようになりました。何せ、すり鉢状の街です。周囲の山に隠れたスナイパーは、いとも簡単に人々を狙い撃ちできたのです。夢のような国は、いつのまにか悪夢の国になっていったのです。
 あのユーゴ青年は、今でも生きているんでしょうか?
 そして、あの女の子は?

 ホームでのキスシーンは、何故かいまだに僕の心に引っかかっています。今思うと大した光景ではないと思うんだけど、いったい何でなのだろう。きっと、受験という悪夢からようやく解放されて、日本がイヤでイヤでたまらなかったときに初めて海外に出て、
「なぁんだ、海外には自由があるんじゃない」
 と思えたからかもね。

 それから何度も外国に行き、結局、海外に自由なんてあるわけもなく、日本で生きていくしかないと、そんな一種の諦めにふと気づいたとき、あのキスシーンを思い出すと、ちょっとは元気になれるような気もします。



 そんなわけで、荒れるユーゴのニュースを聞くと、僕はちょっと胸が痛むのです(1999年脱稿)。


 考えてみると、ユーゴって昔から破壊され続けてきたわけです。なんで、第一次世界大戦で破壊されたベオグラードの病院の写真をアップしときました。
 なお、第二次大戦以後のユーゴは、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアの6共和国とボイボディナ、コソボの2自治州によって構成されていました。この多民族国家は「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国」と表現されたユーゴですが、結局、現在は完全に分裂し、ユーゴスラビアの名前は地図上から消滅したのでした。

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