ハスの文化史〜仏教が育てた「蓮華文」
あるいは「菊の御紋」の誕生

ハスに囲まれた奈良・東大寺の大仏
ハスに囲まれた奈良・東大寺の大仏


 奈良の大仏を見学に行くと、目の前に大きなハスの花が飾られています。そして、よく見ると、蓮華座(れんげざ)と呼ばれるハスの花の台の上に座っています。また、観音菩薩をはじめ、仏像によっては、ハスの花を手に持っています。

 そもそも、お釈迦様が誕生したとき、すぐに「7歩」歩いて天と地を指しながら「天上天下唯我独尊」と宣言するのですが、足跡にはハスの花が咲き乱れたとされています。なぜ7歩というと、「六道」(地獄・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天)」という迷いの世界を、7歩目で乗り越えるという意味だからです。そして、善行を積んだ人は、ハスのつぼみに包まれて極楽浄土に生まれ変わるともされています。

 古代インドの神話では、根本神「ヴィシュヌ」のヘソに咲いたハスの花(蓮華)から生まれた神「ブラフマー」が天地のすべてを創造したとされますが、このように、ハスは仏教が成立する以前から、万物を創造する神聖な花とされてきたのです。

ハスの花のつぼみを持つ如意輪観音坐像
ハスの花のつぼみを持つ如意輪観音坐像(奈良国立博物館)


 仏教の経典『無量寿経』には、極楽浄土にある美しい池の様子が詳細に書かれています。

 池は、金・銀・瑠璃(るり)・玻璃(はり)・珊瑚(さんご)・琥珀(こはく)・シャコ貝・碼碯(めのう)など「七宝」で飾られています。黄金の池の底は銀色の砂でできており、銀色の池の底は金色の砂でできています。白玉の池の底には紫金の砂があり、紫金の池の底には白玉の砂が。岸には白檀(びゃくだん)の木から枝葉が垂れ下がり、周囲に素晴らしい匂いが香っています。

 池には、8つの功徳がある「八功徳水」と呼ばれる冷たくて清浄な甘い水が満ちています。そして、水面には青・赤・黄・白といった美しい花が咲き乱れているのです。池に入れば、望みに応じて水深を調節でき、心身の汚れを洗い清めることができます。

 この、池に咲き乱れている花こそがハス(蓮)です。正確には白や赤の花がハスで、青い花はスイレン(睡蓮)です。ハスとスイレンは似ていますが、水面から1m以上高く茎を伸ばして大きな花を咲かせるのがハス、水面近くで浮いたように咲くのがスイレンです。

 このように、仏教とハスは非常に近い関係にあります。これは、泥水のなかから真っ直ぐに伸び、美しい大輪の花を咲かせる蓮は、「泥(煩悩や苦しみ)」に染まらず「清浄(悟りの境地)」に生きることの象徴だからです。

 そんなわけで、今回は「ハスの文化史」をまとめます。

ハスをかたどった「蓮形柄香炉」
ハスをかたどった「蓮形柄香炉」(1884年、仙台市博物館)


 日本ではハスの化石が見つかっており、先史時代からハスがあったとされますが、中国から明確な形でもたらされたのは、754年、鑑真が唐から持ってきた「青蓮華(しょうれんげ)」です。これは白い花で、「唐招提寺青蓮(白君子小蓮)」として現在も唐招提寺に受け継がれています。また、純白で八重咲きの大きな花を咲かせる「廬山白蓮(ろざんぱくれん)」は、中国の浄土教の聖地「廬山」から、鎌倉時代の僧・道元禅師が持ち帰ったという説があり、「聖人蓮」とも呼ばれています。

廬山白蓮
廬山白蓮(新潟県上越市高田城址公園)


 清少納言は、『枕草子』で「どんな草よりいちばんいいもの」として、ハスをあげています。

《「妙法蓮華」のたとえもあるとおり、花は仏にお供えし、実は数珠の玉にして念仏を唱えて極楽往生を遂げる縁とするものなのだ。また、ほかの花が咲かない夏のころ、緑色の池の水に紅色の花が咲くのも本当にすばらしい。蓮は「翠翁紅(すいおうこう)」として漢詩にも登場するほどだ》(『枕草子』第66段)

「翠翁紅」は「翠扇紅衣」の誤記だとされますが、要は緑の池に咲く赤い花を愛でたものです。

 日本では、古くからハスの美しさが愛でられてきました。たとえば、『万葉集』には、

《ひさかたの 雨も降らぬか 蓮葉に 溜まれる水の 玉に似たる見む》(『万葉集』3837)

 という歌が記載されています。「久しぶりに雨が降ってくれれば、蓮の葉にできた玉のようになった水が見られるのに」という歌です。

蓮の葉にできた玉のような水
蓮の葉にできた玉のような水


 歌の説明文によれば、右兵衛府(警護担当の役所)に勤務する者が、あるとき酒宴を設けて役人を饗応したのですが、このとき食べ物を盛るのに、すべて蓮の葉を用いていました。宴もたけなわとなり、歌や舞が次々に披露されるなか、その男に「蓮の葉を主題に歌を作れ」と言ったところ、即座にこの歌を作った、とされています。ただし、伝聞で、当時から作者の名前もわかっていません。

「万葉集」には仏教の影響はほとんどなく、当時の日本人は純粋にハスの美しさを楽しみ、それが「観蓮会」として、広く普及していきます。しかし、仏教の影響が強くなると、次第にハスは「盂蘭盆会(お盆)」のときの堅苦しいイメージにつながっていきます。

仏具「金銅五鈷杵」
8葉の蓮の花びらがデザインされた仏具「金銅五鈷杵」(平安時代、東京国立博物館)

 
 仏教が日本に広まっていくと、ハスは仏教の象徴として「図案化」されて拡散していきます。瓦や仏具などにハスのモチーフが使われていくのです。

 わかりやすい例が、蘇我馬子の発願で588年から建造が始まった、日本初の本格的な寺とされる飛鳥寺(奈良県明日香村)です。ここの本尊である「飛鳥大仏」は、日本最古の仏像として知られています。

 日本の寺院建築で、屋根の軒先を飾る丸い瓦を「軒丸瓦」と呼びます。飛鳥時代以降、この瓦にはハスの花(蓮華文)がデザインされることが多かったのです。瓦の遺物が現在も日本各地に数多く残っています。

軒丸瓦に描かれたハス(飛鳥寺)
軒丸瓦に描かれたハス(飛鳥寺)


 当初、弁(花びら)は1つ(素弁・単弁)でしたが、後にデザインが複雑化し、2つ(複弁)となっていきました。さらに、2枚の花弁が重なる「重弁」も登場しています。

多賀城に使われた重弁蓮華
創建当時(724年)の多賀城に使われた重弁蓮華(仙台市博物館)


 瓦だけでなく、蓮華は壁画や仏具でも使われます。飛鳥時代(7世紀終わり)に建てられた鳥取県米子市の寺院跡(上淀廃寺)では、国内最古級の仏教壁画片が大量に出土し、そこにハスの台座が描かれていたことがわかりました。

壁画に描かれたハスの台座(上淀廃寺)
壁画に描かれたハスの台座(上淀廃寺)

復元された上淀廃寺の壁画と仏像
復元された上淀廃寺の壁画と仏像(上淀白鳳の丘展示館)


 上の写真で、復元された仏像の下にあるのが、蓮座(れんざ、蓮華座とも)です。このデザインはいまも踏襲され続け、慰霊碑などにも使われています。

風船爆弾の慰霊碑
風船爆弾の慰霊碑(茨城県平潟町の放球基地跡)


 一方、飛鳥寺でも上淀廃寺でも、菊をモチーフにしたデザインが使われています。
 言うまでもなく、菊も、ハスと並んで仏教で重視される花です。

発掘された菩薩の菊座(上淀白鳳の丘展示館)
発掘された菩薩の菊座(上淀白鳳の丘展示館)


 皇室で使われる「菊の御紋」(菊花紋章)は、16枚の花びらの菊を図案化したものです。鎌倉時代、後鳥羽上皇が愛用したことから皇室の紋章として定着しました。これは、インドのチャクラ(日輪)の変形だと考える人もいます。

 当初、百済から蓮華文が流入した際、ハスの花びらは8枚が基本でした。それが、技術の向上にともなって10、12、16など偶数で増えていきますが、なぜか日本では9や11の奇数も使われました。これは、奇数が縁起のよい「陽」とされた陰陽五行説の影響が指摘されています。ただ、

《蓮華文の中に、特に初唐様式の変化形式として8葉の複弁を二分化して16葉に細文化した、細弁形式においては菊花文とよくにているものがある。わが国では飛鳥時代末期に現われているが、これらは単なる技術的な弁分割の結果によるというより、遠くエジプトのロータス花文にその源をもったものであろう。(中略)菊花文の祖系が蓮華文であるとみなしてもよいのではなかろうか》(『ものと人間の文化史 蓮』)

 とあり、「菊の御紋」がエジプトのハスのデザイン「ロータス花文」を源流に、蓮華文の影響を受けて誕生したと考える専門家も多いのです。

生野銀山の門柱にある「菊の御紋」
1890年、皇室財産になった生野銀山(兵庫県)の門柱にある「菊の御紋」


 仏教美術では、ハスや菊がモチーフに使われましたが、ついにハスだけでなく、牡丹やザクロやブドウなどを組み合わせて作った空想上の花が図案化されるようになりました。これを宝相華(ほうそうげ)といい、中国の唐代に盛んに作られ、奈良時代以降、日本へ伝わりました。

 正倉院宝物には宝相華文を施したものが多く、また、平等院鳳凰堂や薬師寺東塔の内部は宝相華文で飾られています。

 下の写真は、極楽浄土に住むとされる、上半身が人で下半身が鳥の想像上の生物「迦陵頻伽(かりょうびんが)」と想像上の花「宝相華」をあわせたものです。

 日本古来の「蓮華」は、仏教とともに進化し、ついに最上の花として「宝相華」を生み出したのです。

木製彩色迦陵頻伽文華鬘
「木製彩色迦陵頻伽文華鬘」(東京国立博物館)

「古代蓮」の復活〜不忍池の「観蓮会」とは

制作:2026年9月6日

<おまけ>

「南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は「私はすばらしい法華経の教えに帰依する」という意味ですが、法華経の正式な題名はサンスクリット語で「サッダルマ(正しい教え)・プンダリーカ(清浄な白いハスの花)・スートラ(経典)」です。プンダリーカは漢字で「分陀利華」となり、白いハスこそ、最も高貴な仏の教えを意味するようになりました。現在も、「人中の分陀利華」として、信仰に篤い人を讃える言葉として使われています。

<おまけ2>

 ハスの茎を折ると切り口から無数の糸が出てきます。これは、水や養分の通り道となる束状の組織「維管束(いかんそく)」で、この糸を使った織物を「藕絲織(ぐうしおり)」といいます。日本では、623年(推古朝31年)、新羅から来朝した達率奈未智がハス糸で織った「都卒曼荼羅」を献じたと『日本書紀』に記されています。

<おまけ3>
 聖徳太子誕生の地といわれる橘寺(奈良県明日香村)の境内には「蓮華塚(れんげづか)」が残されています。聖徳太子が勝鬘経の講義をしたときに降ってきた蓮の華を埋めた場所です。大化の改新で、その場所の面積が一畝(36坪)と定められ、これを面積の基準として田畑を管理したと伝えれられています。

橘寺の「蓮華塚」
橘寺の「蓮華塚」(左手の石垣)
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