ヘリコプターの父「イゴール・シコルスキ」講演録

シコルスキー
シコルスキー


 世界最初の大量生産ヘリをつくったのは、アメリカに亡命したロシア人、イゴール・シコルスキー(イーゴリ・シコールスキイ)です。
 もともとシコルスキーはロシアで航空機の開発に乗り出し、世界初の4発機S-21を初飛行させるなど、技術者として将来を嘱望されていました。しかし、1917年のロシア革命で、亡命することになるのです。

シコルスキー4発航空機
第一次世界大戦で爆撃機として使用された4発航空機の実験機「ル・グラン」号


 亡命先のアメリカでは学校の先生をしていましたが、そのうち航空熱がよみがえり、資金を集めて1923年、シコルスキー航空会社を創設します。
 この会社は多くの航空機を作り出しますが、ついにシコルスキーは長年の夢だったヘリコプターの開発に乗り出します。

 1937年、ヘリコプター第1号機VS−300の開発を始め、ついに1939年9月14日、浮上実験に成功。その後、このヘリの進化型(R−4)が米軍に採用され、世界初の量産機となりました。

シコルスキー
世界で始めて量産された米陸軍「R−4」


 その後、シコルスキーはヘリコプターの代名詞と言われた「S51」など多くのヘリを開発し、1950年にコリアーズ賞を、1955年にジェームズ・ワット賞を受賞しました。
 ちなみにジェームズ・ワット賞は、英国機械学会が機械工学の発展に寄与した人物に授与している賞で、日本人は島秀雄、本田宗一郎、豊田英二の3人が受賞しています。

シコルスキー
イギリスでも国産化されたヘリの代名詞シコルスキー「S−51」


 さて、そんなヘリコプターの父が、1959年4月9日、明治大学大学院で開催された日本航空学会に招待され、講演を行いました。

 以下、その講演録を全文公開しておきます。ヘリは水陸両用とクレーン付きに進化し、狭い日本では、大空港と小空港を結ぶ交通機関として大発展するだろうと予測しています……てかそれ、全然当たってませんね。

 というわけで、資料として非常に重要なシコルスキーの講演録を全文公開です。
 元データは『航空情報』1959年6月号で、ほぼ原文通り掲載しています。また、すでに著作権は消滅しています。
 

現代の魔法のカーペット ヘリコプタとその将来


すぐれた特長をもつ乗りもの

 ちょうどいまから50年前すなわち1909年の4月、私は最初のヘリコプタをつくっていた。これはアンザニ25hpエンジンをつけたものであったが、飛ぶにはいたらなかった。しかし、その数カ月後には、同じエンジンをつけたブレリオ機が英仏海峡をみごとに横断して、世界中の人々の耳目をおどろかせたのである。

シコルスキー初号機
シコルスキー初号機


 そのころをふり返ってみると、私自身もそうであったが、一般に飛行機のつくりかたも飛ばせかたもよくわからないまま、先駆者たちは勇敢に製作し、飛んでいた。
 それが今日では、航空機は800km/h以上の高速で毎日大洋や大陸を飛び交い、ここ1〜2年のうちには6,000km/hという速度も出せるようになるといわれている。
 
 こういうめざましい進歩にくらべると、ヘリコプタのほうはずっと見劣りがするのは止むをえない。ヘリコプタは、大気圏から脱出しようなどという大それた野心もなく、速度も近い将来やっと300〜400km/hを出せるかどうかという程度なのだから。しかし、私ほいまヘリコプタに対して、他の航空機と同じ高性能を求めるのはまちがいだと信じている。

 たとえば、1955年にメキシコのタンピコ市に大水害が起ったが、そのとき、米海軍の航空母艦から発進した13機の大型ヘリコプタは、9,262名(うちウインチ巻き上げによるもの2,445名)の生命をあふれる濁流の中から救い出し、医師を急送するため164回も被害地に着陸し、197トンの食糧を補給した。

 これらはいずれ“ヘリコプタしかゆけないような場所”で行なわれたもので、軍用と民間用とを問わず、ここにこそヘリコプタの生命があるのである。すなわち、“他の方法ではどうしようもないような場所へたやすく飛んでゆける能力”こそがヘリコプタの値打ちであり、とくに前述のような救助作業などでは、これが成功と失敗のわかれ目、ときには生と死のわかれ目ともなる。

 こういう点からして、ヘリコプタというこの独特の乗りものは、将来おどろくべき発達をとげるにちがいない。そして他の輸送機関にくらべるとそのすぐれた特長がいっそうハッキリするだろう。

 地上の交通機関にはーーラクダから自動車までーー必ず道かレールが必要である。船には船で水路ーー深くて邪魔物のないーーがいる。飛行機にはこんな道はいらないが、しかし飛行場ーーかたく長い滑走路ーーがなければ、飛ぶことも降りることもできない。おまけに、これも都心から飛行場まで客を送るための自動車と道がいるわけである。

 これにくらべてヘリコプタには、ひろい発着場もいらないし、まして道など必要でない。
 こういうことを考えると、ヘリコプタこそは人類が太古から抱きつづけてきた夢ーーたとえば魔法のカーペットのようなーーにいちばん近づいた乗りものであるといえる。

めざましいヘリコプタの働き

ヘリコプタの世界記録

     種目           記録        機体  
最大速度(積荷なし)        261.9km/h    シコルスキS−56(米)
最高々度(積荷なし)        11,000m     アルーエット(仏)
直線航続距離(積荷なし)      1,958km     ベル47D(米)
周回航続距離(積荷なし)      1,929km     ヴァートルH−21C(米)
100kmコース上の速度(積荷なし)  228.4km/h    シコルスキH−34(米)
1,000kmコース上の速度(積荷なし) 213.45km/h   シコルスキH−34(米)
5トン搭載の高度           3,722m     シコルスキS−56(米)
10トン搭載の高度 2,432m     ミル6(ソ)
高度2,000mでの搭載量 12,000kg     ミル6(ソ)

 さて、ここで別表にあげられたヘリコプタの世界記録をみていただきたい。

 このなかの最後に掲げられてあるレコードーーすなわちソ連のミル6によって運ばれた12トンという数字は、人間になおすと手荷物をもったお客120人以上に相当する。この事実は、ヘリコプタというものは将来ともあまり大きな力をもてないだろう、という考えを真向から否定している。ヘリコプタの積載量には、理論的になんの限界もないし、将来は必ず優秀な巨人ヘリコプタが現われるだろう。

 ここ10年ほどの間に軍用と民間用とを問わず、ヘリコプタについていろいろな試みが行なわれた。よく知られているように、朝鮮戦線ではヘリコプタがめざましい働きをし、数千人の生命を救ったし、また、他の航空機や車両などではとうていできないようなはなれわざもやってのけた。

 一方、民間航空の分野でもヘリコプタは大きな足跡をのこしている。12年前世界ではじめてヘリコプタ定期航空輸送をはじめたロスアンゼルス航空は、創業以来ずっと順調に飛んでいるし、ベルギーのサベナ航空では、かなり以前からブラッセルとオランダ、ドイツ、フランスなどの諸都市をむすぶ海外線をひらき、大成功をおさめている。

 アメリカのシカゴ・ヘリコプタ航空は月間1万人以上も運ぶという盛況だし、また僻地への物資輸送では、カナダのオカナガン航空やニューギニアのワールド・ワイド航空が活発な動きをみせている。

 さらに、最近、日本の南極探険隊本部は、私のつくったS−58型2機が南極の悪天候をついて57トンもの物資をショーワ基地へ運んだ、と発表したが、これは私にとって近来もっともうれしいニュースだった。

シコルスキーS58
中型ヘリの決定版シコルスキー「S−58」


 さて、ここでこれからのヘリコプタについて話をすすめよう。現在、もっとも興味をひくものの1つは水陸両用のヘリコプタである。これはすでに成功しているが(S61、62)、その需要は急速に多くなってきている。

 一体、固定翼(ふつうの飛行機)の場合、水陸両用機というものは、その空気抵抗や重量の点で、ふつうの陸上機にくらべてかなり損で、性能なども相当劣るものだ。
 
 これがヘリコプタの場合には、水陸両用にすることによって得られる利益にくらべて、ほんの少しの犠牲ですむ。S−62に例をとると、これを陸上または水上専用にした型にくらべて、帯荷をたった90kgへらせば(同機のペイロードは約1,365kg)、速度も上昇限度もその他の性能も、まったく変らないのである。

 その反面、この水陸両用型の利点ほ非常に大きい。たとえば地上、水面、雪上、氷上など、あらゆる場所に発着できることだ。氷上の場合、氷がうすいと、ふつうのヘリコプタでは氷が割れたりとけたりして危いが、この点水陸両用なら、そのまま浮んでいられるから都合がいい。

 こういう特長を生かせば水陸両用ヘリコプタの用途はずいぶんひろく、われわれは、いろんな臨磯応変の働きのできるものとして、その将来に大きな期待をもっている。水陸両用ヘリコプタこそは人額がつくったもののうちで、もっとも融通のきく乗りものであるといえよう。

水陸両用ヘリ
水陸両用ヘリ「S-62」


 もうひとつ大きな意義をもつのはクレーン・ヘリコプタである。
 これはつい最近飛んだばかりのもので(S−60)、あらゆる貨物を機体の下につり下げて運べるように特別に設計されたヘリコプタだ。

 むろん、どんなヘリコプタだって貨物をつり下げて飛ぶことはできるし、現にほうぼうでやっていることでもある。
 しかし、このクレーン用の特別型を使えば、仕事がもっと手軽に、やさしく、はやく進められるわけである。

 このクレーン・ヘリコプタは、同型のふつう型(S−56)にくらべ、同じエンジンをもちながら積載量は大きいし、重心付近に貨物用のウインチをもち、貨物の積み降ろしもずっと便利にできている。

 このヘリコプタの最大の特長は、機首にぶら下ったような形でついている操縦室だ。これは4面ガラス張りになっており、パイロットはどの方向でも完全に視界がきく。つまり、パイロットは貨物の積み降ろしのときでも飛行中でも、いつでも自分の貨物の状態をみることができ、たやすく、正確に貨物を扱うことかできるわけである。

 このクレーン・ヘリコプタを使えば、例えば鉄塔の上部をつり下げて土台の上にのせるとか、まえもって掘った穴へ鉄柱を上からはめ込むとか、また船と陸上の間で貨物を受け渡しするとかいろいろな新しい用途がある。さらに将来はレディ・メイドの家をぶら下げて、お客の好きな場所へ運ぶなどということも夢ではない。

 こうしてクレーン・ヘリコプタは単に新しい輸送の手段であるばかりでなく、また産業を発展させるための重要なカギともなるだろう。

 ではその搭載量はどれくらいか。最近初飛行に成功したわれわれのクレーン・ヘリコプタS−60は、5トンのペイロードをもっている。われわれは近くこのS−60に最新型のタービン・エンジンをつむ予定だが、そうなればペイロードは7〜8トンにふえるだろう。
 これと別にわれわれは、目下18〜20トンくらいのぺイロードをもつ大型クレーン・ヘリコプタを設計している。

クレーン・ヘリコプター
クレーン・ヘリコプター「S-60」


 将来、クレーン・ヘリコプタが普及すれば、当然もっと重いものを運びたいという需要もふえるだろうから、必ずもっと巨大な機体も現われると思う。
 
 前にのべた「どこへでもゆける」という特長と相まって、クレーン・ヘリコプタの用途は無限といっていいほどひろい。家や鉄塔を運ぶほかに、例えば鉱山機械を山へ運び上げたり、油田用の機械を海上遠くへもっていったり橋をかけたりできる。またホヴァリングしながら大量のセメントを一度に流し込んだり、ボートをけわしい山奥の湖へ運んでゆくこともできる。

 クレーン・ヘリコプタは、まもなく世界中に普及するだろう。そして、人類の一ばん便利な道具となるにちがいない。

単ローター型式が最良

 ここ数年のうちにティルト・ウイング式やフライング・プラットフォーム型の、いわゆるVTOLなるものが盛んにつくられている。これはなかなかおもしろい試みであり、現にそのうちのいくつかはある程度の成功をおさめている。

 しかし、私はVTOLというものがそれほど普及するとは思わない。ごく限られた、主に軍事的な用途だけにしか使われないと考えている。
 
 私は、将来とも航空輸送の分野で残るのはふつう型の飛行機ーー長い滑走路を必要とするにもかかわらずーーとヘリコプタだけだと信じている。

 そして、ヘリコプタそのものには大きさの限界がないから、今日、巨人ジェット旅客機が飛んでいるのと同じように、将来はきっと巨人ヘリコプタも現われるにちがいない。

 ヘリコプタの型式としては、私はいぜんとして単ローター型式が最良であり、将来ともヘリコプタの主流を占めるものと信じている。双ローター方式は重量やローター同士の相互干渉の点で好ましくなく、ちょうど飛行機がほとんど単葉になったように、ローターも1つにかぎると考えている。

 私はまた、現在のふつう型ヘリコプタと同じく、クレーン・ヘリコプタ、水陸両用ヘリコプタおよび合成型ヘリコプタ(フェアリー・ロートダインのようにヘリコプタと他の型式をくみ合わせた航空機)が将来の重要な機種になると思う。

 ジェット機や宇宙機にくらべ、ヘリコプタははなはだ見ばえのしないものであるが、そのひろい用途とすぐれた機能では決して劣らない。

 そしてヘリコプタのもつ価値は、この美しい国ニッポンでもとくに重要だと考える。

 将来、ジェット旅客機が大型・高速化するにつれて、現在の飛行場でほ足りなくなり、もっと長い滑走路が要求されることはいうまでもない。

 そして、その要求にもとづいて巨大なジェット機用の空港が建設されるだろうが、これは数も少なく、大都市だけに限られることになるだろう。だから、そうなれば、中以下の都市とその大ジェット用空港を結ぶものとして、ヘリコプタの定期空路がますます多く、さかんになるのではあるまいか。

 また、300〜500kmくらいはなれた都市の都心同士を直結するためにもヘリコプタはまことに便利である。この場合、必要なヘリポートは、費用も場所もふつうの飛行場にくらべたらタカの知れたものである。
 
 こういう用途のほか、ヘリコプタは非常の事態にさいして“もっともすばしこくて有能な助手”でもあるのである。

(おわり)


制作:2012年11月26日


 余談ながら、沖縄に配備された輸送機オスプレイはだいたい25トンくらいの荷物を輸送できます。隔世の感がありますね。
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