「鉄道連隊」工兵大尉の手記
鉄道を守れ!
『日の出』昭和15年4月陽春号に、「素手で造る機関車 鉄道部隊の奮戦手記」として、陸軍の中村素直・工兵大尉(佐藤質部隊)が手記を寄せています。その一部を公開しておきます(なお、読みやすさを優先し、一部改変しています)。
■南京城外に轟く最初の汽笛一声
南京攻略戦の当時、わが鉄道部隊は、上海〜南京間の鉄道を、一日もはやく全通させるというのが、与えられた任務で、上海から鎮江までの鉄道復旧作業を第○隊が受け持ち、それから先、南京までは中村隊、すなわち、われわれ部隊の分担ときめられた。
皇軍の南京占領は昭和12年(1937年)12月13日であるが、わが部隊がトラックに分乗し、上海を出発したのはその月の10日で、途中、悪路に悩み、敗残兵と戦いながら、夜を日についで南京に着いたのは、14日の夜9時ごろだった。前日占領した直後なので、逃げ場を失った敗残兵は多数付近にひそみ、揚子江の対岸・浦口付近には大部隊の敵が逃げ込みこちらを窺っていて、彼我の鉄砲声は遠近に絶え間なく、敵屍は累々と横たわっている。
揚子江岸に近い城外の下関駅に駆けつけてみると、構内には、昨日、敵が退却にあたって、ぶちこわしていった機関車が5台、無惨な姿をさらしていた。こうしておけば、まさか日本軍も手がつけられまい――との魂胆だったことはもちろんである。
私はこれを見ると、「よし、夜明けまでに1台でもいいから動くようにして、敵にひと泡ふかしてやろう」
と考えた。そこで部下を周囲の警備につかせ、10名の兵とともに、さっそく破れ機関車の点検にかかった。破壊された5台の部品をあちらこちらつなぎ合わせ、なんとか組み立てるなら、どうやら1台くらいはできるかもしれないという気がしたので、すぐさま修理工事にかかった。この作業主任は早大の運動部で鳴らした永井久雄少尉である。
といっても、われわれは、ヤスリとかネジ回しのような、ごく単純な道具類を持っているだけで、複雑精妙な機関車を作り上げるに要する機械や材料を、何一つ持ちあわせていず、また電気や蒸気の動力があるわけでもなかった。曲がった鉄板一枚延ばすにしても、ハンマーでガンガン叩く。穴の空いている箇所は、お役ずみの弾丸を打ち込んでふさぐ――というように、すべては人力と廃物利用でやっていく。
時は12月の半ば、大陸の冬は骨に徹して寒い。ほとんど暖をとることもできず、手足も凍る思いだったが、兵たちは一人残らず、火のような負けじ魂を燃やして、破れ機関車と四つにひっ組み、全能力を傾けて工事をつづけた。
夜もしらじらと明けようという5時ちかく、こうして外観こそ奇々怪々であるが、理屈の上ではどうやら動くだろうと信ぜられるツギハギ機関車が、2台できあがった。
給水ポンプも壊されているので、揚子江からバケツで水を汲み上げ、ボイラーの石炭に火をつけた。やがて十分に湯がたぎってきたので、レバーを引いてみると、シュッと快よい音を発して、動輪に蒸気が入っていった。動くのならこれで動くのだ。
数日来、不眠不休の行軍につづく、徹宵の修理作業に、皆の目は充血して腐った鰯のように赤い。その目をこすりながら、全部の視線は灼きつくように、動くかどうか――と、車の車輪に注がれている。私もさすがに胸がドキドキして、「どうか動いてくれ、動いてくれ」と神に念ずる気持ちだった。
すると、この愛すべきボロ機闘車は、あの重い車輪を徐々に動かし、白い蒸気を吹きながら――1寸2寸と前進をはじめた。
「あッ、動いたッ」
全員、思わずわあっと声をあげた。
機関士の遠藤幸平上等兵上等兵(彼は後に徐州合戦で片腕を失った)は、狂気してビュウビュウ汽笛を吹き鳴らした。機関車の動いた合図だ。わが鉄道隊の勝どきである。
たくましく鳴り渡る汽笛は、暁の大気をふるわし、南京城の内外から対岸にある敵味方の耳を驚かせた。敵の破壊した機関車が、一夜にして動きだしたのだから、味方も意外に思ったし、敵は尚更だったに違いない。われわれは、この2両の機関車の貨車をつなぎ、線路の修復資材を満載して、1日おいた16日の朝、南京を出発し、京滬線(けいこせん)を下りながら、歩一歩と鉄道の復旧工事にかかった。
■無より有を生ずる「久戦号」完成の感激
京滬線での一番難事業は、ちょうど、上海南京の中間にある鎮江のトンネル開通工事であった。鎮江は阿倍仲麻呂が「三笠の山」(「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」)の歌を詠んだところで、日本人には印象ふかいところである。ここにある宝蓋山トンネルは、長さ406メートル、敵は退却にあたって東口から機関車を3〜4両引き込んで爆破している。
この工事は私の隊の篠原武司少尉が担任して、12月14日から着手したが、土質が非常にわるく、1尺掘れば2尺崩れてくるという状態で、なかなかの難工事だ。付近から狩り集めた苦力も何人か生き埋めにあう始末だったが、これが開通しなければ、火のつくように急かされている南京方面への兵站(へいたん)輪送が不可能で、軍の作戦にも重大影響があり、一刻も早くしなければならない。
日本内地から来た一流の技師たちの見積もりでは、夜には少なくとも半年かかるといっていたが、
篠原隊必死の大活躍は、ここに奇跡的な効果をあげ、1月8日、つまり1カ月たらずして、輸送列車を通すだけの工事を完成したのであった。
トンネル開通を喜ぶ部隊
これは戦史にも空前なスピードぶりで、皇軍の諸部隊も驚嘆し、その感激もひととおりでなかった。私は篠原少尉の偉勲を永久に記念するため、このトンネルに「篠原隧道」と名づけた。
「篠原隧道」と名づけられたトンネル
この完成に先んじ、私は佐藤部隊長の命令をうけ、津浦(しんぽ)線の修理作業に部隊をすすめた。浦口の北に浦鎮鉄道工場という、支那でも屈指の大工場がある。そこを占領して入ってみると、工場内はガラン洞で、南京には機関車でも貨車でも、とにかく形態をなしたものがあったが、ここには何ひとつない。
しかし、そこらに転がっている鉄片を集めてでも、機関車の1台ぐらい造らなくては、わが鉄道隊の使命が果たせない。資材がないからといって引っ込むわけにいかない。
ところが、たまたま岩仲戦車隊が宣撫工作に非常な協力をしてくれ、工場内に一物もないというのは、土民がどこかに埋めて隠しているのだろうと目星をつけ、車輪1つ、棒1本でも持って来た者には、価値に応じて米をやる、軍標をやるという手段を講じた結果、ポツリポツリといろいろなものが集まってきた。
そこで江原上等兵が工場長になり、1月3日から工事に着手した。しかし、こういう根本的な大仕事をするのに肝腎の動力がない。電気動力は得られないから、やむをえず、蒸気の動力機械から作って据えつけ、鉄板に穴を穿けるにも機械がないから手でするといった苦心を重ね、それでも12日にはとうとう一台造り上げた。
まったく無より有をつくり出したような、物理の原則を超越したともいえる仕事で、このときの喜びといったら、また筆舌の尽くすところではないのである。この記念すべき機関車は、岩仲部隊に感謝をこめて「久戦号」と名付けた。「久」は同原隊の地名○○の頭字をとり、また長期戦をも意味している。
この「久戦号」は浦口に運んできて、翌13日、○○部隊長来臨のもとに盛大な開通式をあげ、第一線のある張八嶺まで、70キロの間を走らせた。このときの感激はいまだに忘れ得ぬところで、これも岩部部隊、さらに吉野工兵部隊の応援を得た賜物にほかならない。
敵が破壊した鉄橋を修復(部隊名不明)
■敵重囲下の6日間、実戦から得た教訓
この張八嶺の第一線には、倉林、菅永の両部隊で、正面の山嶺による約3万の敵と対峙していた。
1月15日、わが軍の猛攻撃により前面の敵が動揺すると見るや、わが篠原少尉は線路を確保するために、自動車を躯って、第一線部隊より20キロも先に走り、次の明光という駅まで乗り入れてしまった。
少しまごまごしていると、地雷をしかけられたり、線路の犬釘を外されたり、後でとんだ苦労である。乗組員はみな軌道車とともに討死する覚悟だった。武藤、奥野の両上等兵は雨と降る敵弾の中に泰然自若として、機関を守り、名射手・畠山上等兵は、襲いかかる敵を、機銃でバラバラ撃ちはらった。
幸い、明光の駅は確保することができたが、それから先、固鎮までの間は、レールはもちろん、枕木も犬釘もなく、まったく新設工事と同様の作業で、材料を揃えるだけでも非常な困難を極めた。
鉄道連隊の線路敷設訓練
その途中には長さ600メートルの黄河の鉄橋に次ぐ大橋梁があって、これがめちゃめちゃに壊されている。濁流は滔々と渦巻き流れ、舟で渡るだけでも容易な業でなかった。橋梁をつくるには、まず舟で位置をきめ、河床に杭を打ち込むのだが、この打枕作業がたいへんだった。
しかし、部下諸兵の困苦欠乏に耐える軍人精神は、ついにこの難関にうち勝ち、着手してから15日目の5月2日、だいたいこの架橋を終わり、5月5日には、畑司令官閣下の臨席の上、盛んな開通式をあげた。
その頃、すでに徐州会戦がはじまり、開通式のあった夜、私たちは歩兵部隊に先行して、固鎮に向け徒歩で出発した。途中、大雷雨にあって、全員泥人形のようになり、しばしば敵襲をうけながらも前進して、7日には澥河の南岸にある新馬橋駅を占領した。
ところがその川向こうは、徐州南方の敵第一陣地で、たちまち敵の一個師あまりの兵に包囲され、馬一頭持たぬわれわれは、後方と連絡することもできず、まったく孤立に陥ってしまった。食糧は尽きる、弾丸は無くなる。昼は昼、夜は夜通しの逆襲に眠る暇がないので、みんな病人みたいになってしまったが、鉄道としても大事な地点なので、あくまで死守し、13日、武田隊その他友軍の急援がくるまで6日間、ついに頑張り通したこともあった。
制作:2023年6月19日
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