2020年の日本
1920年から見た100年後

2020年の世界
百年後の日本


 明治期の日本では、欧米文化が絶対的な評価を受けていました。そうしたなか、日本やアジア文化にも独自の価値があると主張し、言論界で大活躍したのが三宅雪嶺です。
 雪嶺は明治21年(1888年)、志賀重昂、井上円了らと政教社を結成し、雑誌『日本人』を創刊します。この雑誌は、明治40年(1907年)に『日本及日本人』と改題され、国粋主義を訴える名高い雑誌となりました。

百年後の日本
百年後の日本、迫力ある表紙


 その『日本及日本人』が、大正9年(1920年)、春期増刊号で「百年後の日本」を特集しました。
 これは2020年の未来予測を、学者から実業家、文学者などに片っ端から問い合わせたもので、結果、370人ほどが回答を寄せました。

 意外にもかなり多くの人が「わからない」「答える資格がない」などと答えており、また、返答があっても「東洋主義が世界を明るくする」「皇国日本が世界から羨望を集める」などとつまらない回答をしており、「あぁ、人間の想像力って大したことないんだな」と失望してしまいます。

 技術的な面でも、第1次世界大戦で飛行機が登場したことを受け、「飛行機が大きく普及」「空が大渋滞」的なものが多くなっており、あとは燃料問題の解決、軍事技術や通信の進化など、わりと想定内のものが多くなっています。
 もちろん、なかには「富士山が火星への出発基地になる」みたいな回答もあるんですけどね……。

百年後の日本
空飛ぶ病院(結核患者の隔離に有効)


 ちなみに有名人の回答を、現代語訳していくつかあげておくと、

《もう100年も経ちましたら、私たちが今日まで苦しんできたことで、何一つとして無駄になったものはなかったと、積極的に証してくれるような時代も来るだろうと思います》(島崎藤村)

《お尋ねの件、とうてい豊富なる想像力を以てしても御答え難しく、しかし進化の法則により、外面はとにかく、人類的に100年経てば100年だけの善い芽の大きくなっていることだけは断言いたしましょう。ただし、日本に限らないですが》(岸田劉生)

《自分が生きていそうもない100年後のことなどは考えてみたことがありません。ただしかし、人間がこれから先、だんだん幸福になっていくかどうか、大いに疑問だと思います。人類の真の幸福というものは、社会改造論者などの手でひょいひょいと生まれるものでしょうか》(菊池寛)


 といった感じで、「ふーん」という感想しか出ません。

 若干面白いのが、賀川豊彦の「ノーベル文学賞13人」あたりで、室生犀星なんかも

《すべての女性が食物の進化(主として肉類などから)に従って、非常に美しく繊細(デリケート)な明るい女が増えるだろうと思います。肉体的にいえば、やや小柄に、だんだん西洋化された皮膚の細かい傾きを予感させます》

 と面白い回答をしています。

百年後の日本
100年後の芸者


 平凡な回答が続出するなか、ひとり異彩を放っているのが実業家の安川佐次郎という人物です。いったい何者かわからないんですが、あらゆるものを廃止せよという超改革主義の発想の下で、ものすごく具体的に予言しています。
 ちなみに予言の最後は「鹿児島、山口、岩手はバカが増える」としており、おそらく当時も大きな批判を浴びたことが想像できます。

 そんなわけで、以下、安川の予言を編集し、ほぼすべて掲載しておきます。


<皇室>
●皇室の離宮は1つ2つを除いて民間に下付され、公園になる
●両陛下が民間の公会堂などに行幸啓される
●宮中顧問官、錦鶏間祗候などの役職が廃止
●四民平等が徹底され、皇族が旧特殊部落で慈愛の言葉を発せられる。爵位なども全廃

<軍、警察>
●巡査の帯剣が廃止され、軍人も平素は帯剣しなくなる
●徴兵制度が廃止される
●陸軍省、海軍省、参謀本部は廃止され、軍務省に統一される
●陸軍幼年学校、士官学校などが廃止され、帝国大学に戦術科が置かれる
●海軍の巨艦主義は消え、陸海とも航空部隊が編成され、師団数が減る。消えた師団跡地は公園や文化施設に

<国家形態>
●家長制度は廃され、18歳で男女とも選挙権を得る
●貴族院が廃止され、一院制の下、議員は毎年改選される
●総理大臣は「総長」、大臣は「省長」と呼ばれ、2人の女性省長がいる
●男女とも議員は人格が向上しており、議場は静粛である
●府県知事は廃止され、市長・町長・村長・戸長が選挙で選ばれる

<社会制度>
●死刑は廃止される
●土地は公有となる
●裁判官は公選される
●枢密院は廃止される
●出産率が低下し、育児・救民施設が全国に200カ所できる
●政府の専売事業や鉄道院は廃止され、官業は試験場と郵便などごくわずかになる
●市町村に教示所ができ、犯罪が激減。ただし、世界一だった日本の監獄の質は悪化する

<税金・財政>
●すべての国税は廃止され、紳士税という人頭税と、関税のみ残る
●地方税は、種類が減るがそのまま残存
●住宅以外の遺産相続は禁止される
●国家財政は5億円を超えないが、文化公債が発行され、債務が150億円に達する
●大規模な軍縮により、国富が増大し、対外債権は350億円

<産業・技術>
●海草や植物から糸を作る会社が20を越える
●東京〜下関間に空中電車が架設される
●関門海峡、津軽海峡に海中トンネルとロープウェーが作られる
●琵琶湖の沿岸が埋め立てられ、水害が増える
●日本郵船と大阪商船が合併し、航空会社になる

<文化>
●幼稚園と中学が廃止され、10年で卒業し、実務に就く。手工と漢学は廃止
●教科書はエスペラントで書かれ、全国共通のものと地域限定版に分かれる
●新聞から講談ものが消え、新聞社主催で「漢字追弔祭」が行われる
●新聞は朝夕4ページとなり、雑誌も薄いものが歓迎される
●衣服は男女とも筒袖丸袴になる
●女性学者や女性発明家が著しく増え、男を圧倒
●米の生産が減り、田畑の多くは工場地となる
●豚が主食となり1年に2億頭生産される。牛馬の多くは耕作用になる
●社寺は大合併が行われ、有名な社寺のみ保存される
●日本の仏教が統一される
●日本海トンネルの開鑿中に古代人の人骨が発掘され、朝鮮大学の鑑定の結果、100万年以上前の人骨と判明
●世界で使われる新しい暦が日本から発表される
●鹿児島、山口、岩手は著しく知識が低下する。これは過去の公私横暴の結果である

 最後の「鹿児島、山口、岩手」は、当時の首相をバカにしたものだと思われます。具体的には、第16代・山本権兵衛(鹿児島)、第18代・寺内正毅(山口)、そして1920年当時の第19代・原敬(岩手)でしょう。第17代の大隈重信(佐賀)が除外されているのが不思議ですが。

 いずれにしても、かなりアナーキーな考えに驚かされます。さらにいえば、こうした発言が認められていることもビックリですな。

100年後の日本
「百年後の日本」裏表紙(カメラで簡単に風景を撮影)


「100年後の日本」その他の画像を見る
1901年から見た2001年の世界
1990年から見た2010年技術予測
2030年-2050年の世界

2013年8月26日


<おまけ>
 この予測から25年後、日本は太平洋戦争に負け、ゼロからの出直しを迫られます。
 日本の大敗北を予言したのは何人かいますが、日米戦を予言したのは法学博士の末広重雄でした。

《もし現在の如く、我が軍閥が国論を無視して侵略主義を行うときは、遠からず日米戦争を惹起し、その勝敗いかんによって、日本の100年後の運命が定まることになる。勝てば英国と並ぶ大国となり、いよいよアジアの主人たるを得るけれども、負ければ日清戦争前の小日本に成り下がる》

 ほかにも早稲田大学講師の矢口達は、

《日本はまだ醒めきらないのです。寝床の中でやッと背伸びをしているくらいです。強者に跪拝し、弱者を凌辱して悦んでいます。ヨーロッパの真似をして威張っております。さぁ、100年の後? その間に、一度は崇め奉っているヨーロッパ、アメリカから袋叩きにあいます。そこでほんとうに目を覚ます。覚めなければ叩き殺されて滅亡するばかり。覚めればアジアの解放を完成して、東洋の心臓くらいになれるでしょう》

 と語っています。さらに詩人の山本暮鳥も、

《何よりもまず、このままでの帝国ではなくなるでしょう。日本人の性格から考えてみて、現在のロシアや支那のようになることはあるまいが、とにかく一度外国と大戦争があって、それによって粉微塵に蹂躙されるでしょう。そしてはじめて真に目覚めるでしょう》

 と語っています。未来は予測しても、それで現実を変えることはできないのですな。

百年後の日本
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