上野の凱旋門


緑門
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 明治38年12月17日、上野公園で陸軍大歓迎会が開かれました。


 上野公園の入口には凱旋門が立ち、式場の入口(不忍池の脇)には高さ26尺、幅30尺の大緑門。さらに公園中心部の竹の台には高さ18尺、幅23尺の緑門が設営されました。


緑門
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 上野公園入口の凱旋門は、当初、広小路南の鈴水時計店の前に、電車路をまたぐ形で建造されるはずでした。東京美術学校の設計図も完成し、請負契約も完了。さらに、材木の調達も終わっていたのに、なぜか場所が上野公園の入口に変更になりました。



 新設計は東京美術学校の古宇田実教授が担当し、11月23日に柱を立て、雨でも工事を休まず、12月13日に完成しました。高さ75尺。


凱旋門
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 突貫工事だったため、全体に「手抜き」が見られます。木摺(塗り壁の下地)の一部にはヨシを使い、筋交いには針金を使用。



 一見、石造りに見えますが、腰巻の部分は木摺下地にモルタル塗りで、平面部は布張りに石膏を塗ってありました。彫刻も漆喰塗りでごまかし、軒蛇腹(軒にある帯状突き出し部分)は鉄板に白ペンキ、屋根は生子板(波形のトタン板)を張っただけの仕様でした。



 工事費は、電灯装飾を除き、塑像・壁画あわせて5100円で、猪橋幸吉が請け負っています。



 上部にあるアウローラ(ローマ神話の曙の女神)や4頭の獅子、鵄(とび)の塑像は、美術学校彫刻科で製作された雛型をもとに、川島徳太郎の下で働く今泉善古が担当。



 門の側面東側には陸戦、西側には海戦を描いた額画が飾られました。さらに天井部分は樫の木と橄欖樹(かんらんじゅ=オリーブの木)の葉で囲まれています。



 天井画は、東京美術学校の岡田三郎助教授が中心となり、小林万吾が補助しつつ意匠を完成。



 東側の天井画は「月桂冠を手にした勝利の神(Victory)」をセンターに置き、左右に 「平和の神(Peace)」と「名声の神(Fame)」が描かれました。平和の神が手に持つ果物には鳩が近づき、名声の神はラッパを持っています。



 西側の天井画は「地球を手のひらに載せた栄光の神(Glory)」をセンターに、左右に「和合の神(Concord)」と「忠実の女神(Fidelity)」が。忠実の女神は犬を連れています。



 天井画はモザイクを模したもので、布の上に金箔を置き、ペンキで仕上げたもの。モザイクの専門家・中丸精十郎の助言を受け、東京美術学校西洋画科の学生17人が描きあげました。



 人が通るアーチの中央上部には、「Humanity(人道)」「Justice(公正)」の文字が大きく書かれています。



 いずれも、戦争の目的と獲得したものを意味しており、勝利者の「論理」が示されました。



 また、正面ニッチ部分には、新海竹太郎が造形した陸軍兵、海軍兵の塑像がはめこまれました。これも漆喰製で全部で3日で完成しました。



 完成後はイルミネーションがつきましたが、装飾は「万事電灯装飾」が担当し、電気代は東京電車鉄道が負担してくれることになりました。



 なお、担当者によれば、大凱旋式が挙行される直前に修理をおこない、頂部の鵄(とび)は倍の大きさにして金色に、アウローラや獅子はいずれも翼を付け加える予定でした(『建築雑誌』229号、『風俗画報』331号による)。


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 なお、上の画像も上野の凱旋門ですが、正体不明です。もしかしたら、新たに設計する前の凱旋門のイメージ図かもしれません。