SF作家・海野十三が1946年に予見した「50年後の日本」

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原子力オートジャイロの誕生


 1945年、原爆による被害と日本の敗戦に大きな衝撃を受けたSF作家・海野十三は、『空襲都日記』に《海野十三は死んだ。断じて筆をとるまい。口を開くまい。辱かしいことである。申訳なき事である》と書き、筆を折る決意をします。

 しかし、次第に仕事を再開し、1946年7月、雑誌『週刊小国民』(朝日新聞社、夏の読物号)に、「五十年後の日本」という小文を書いています。

 さらに1947年秋には雑誌『少年読売』に「三十年後の東京」を連載、戦後復興が進む日本の将来像を子供たちに伝えています。

 実は、この連載と同じ頃、海野はGHQから公職追放を受け、また体調もひどく悪く、私生活は惨憺たる状態にありました。

 しかし、「日本SFの始祖の1人」と呼ばれる海野十三だけに、予見した未来像は明るく、いま読んでも楽しい内容となっています。

「三十年後の東京」はネット上でも読めますが、「五十年後の日本」は全集にも見当たらないので、以下、一部を掲載しておきます(読みやすく改変の上、省略引用)。知られざる1996年の世界への旅立ちです。

 なお、イラストは武井武雄で、著作権が残存しているため、適正な引用の範囲内で画像を掲載しておきます。

【50年後の日本】

 どこからともなく高声器の声が聞こえてきて、だんだん大きくなる。

「時間器械を50年後に回しましたから、いま見えているのは実に50年後の日本のありさまです。よくご覧ください。どうです、この美しい山や川や森や花園は。田舎ではなく、都市ですよ。嘘じゃありません。でも、町が見えないって?

 都市の大部分は地べたの下にあるのです。さあ、地下道へ入って行きましょう。ほら、立派でしょう。地下64階の家さえありますよ。

 地下といっても、昼間と同じに明るいです。人工日光燈で照明してありますからね。もちろん24時間、この明るさですから、地下街には昼も夜もありません。換気は十分ですから、息苦しいことなんかありません。

 どうしてこんな大じかけの都市ができたのか。そんなことはわ
けなしですよ。いまは原子力時代ですからね。つまり原子力を使って土木工事をやるから、昔なら20年かかった大運河も、たった3カ月で完成するスピード時代です。

 原子力は、農村をすっかり機械化しました。家庭も燃料や動力に困りません。

 もっとすごいのは、海底にまで市街がのび、海底電軍が走り、海底工場ができ、海底からは鉱石がとれ、海底漁場があり、昔はせまい島国だとなげいた日本も、いまは周りの広い海を利用して大きな資源の国となりました。これも原子力時代になったればこそです。

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海底漁場


 皆さんの家庭をのぞいてみましょうか。どの家にも自動調理器があって、なんでも好きなお料理がスイッチ1つでできる。お母さんは大助かりです。

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自動調理器


 どの家にもテレビ電話があって、電話をかけると相手の顔も見えるのです。お父さんは会社まで出勤しなくても、テレビ電話を使って、会社の人の顔を見、話をし、仕事を家でやってしまいます。会社の会議室は、重役さんを取り巻いてたくさんのテレビ電話があるだけです。

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テレビ電話


 新聞社は、紙に印刷した新聞なんかやめて、新聞映画を配達 してくれます。もちろんトーキー映写機なんかどの家にもありますよ。

 それから衛生学がすすんで、病人はうんと減りました。それでも病院はいそがしいのですよ。なぜといって、電気医学の進歩で、たとえば肺の悪い人は人工肺臓をつけてもらったり、他の人のいい内臓を外科手術でつけてもらったり、そんなことにいそがしい のです。

 死ぬ人はうんと減り、人間の寿命は何百年何千年にのび、やがて は誰も死ななくていいことになりそうです。

 学校へ行ってみましょう。屋上へ飛行機がどんどん下りてきますね。 あれはみな学校の生徒ですよ。子供は飛行機が大好きでね、あのとおり飛行機で通学する者が多いのです。

 プールもありますよ。すばらしい食堂も料理場もあります。素敵なごちそうの給食で、みんなタダです。教科書はほんのすこしで、地理、歴史、博物なんか、みな映画で見て覚えるのです。

 あれは見学旅行に出かける組です。こっちの組はアメリカへ、こっちの組はソ連へ行くのです。ニューヨークまでの時間ですか、1時間半でつきますよ。原子力を使ったロケット艇でね。

 そういえば、向こうに大きな形の変わった宇宙艇が見えるでしょう。あれは月の世界へ行く遊覧飛行の空港です。なにしろ原子力時代ですから、飛行機のスピードも航続力も桁違いに増し、宇宙旅行ができるのです。

 そうそう、いま火星探検が始まっていますよ。探検艇はもうあと少しで火星へつくといっています。艇からラジオとテレビを放送していますから、地球の上にいて、探検艇の様子やら、火星の風景まで手にとるようにはっきり見られるのですよ」

(原文ここまで) 

 このほか、「全世界は地球国になる」「野菜を早く熟成させるホルモン剤」「ロボット工員」などが描かれています。

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ロボット工員


 なお、「三十年後の東京」は舞台が1977年ですが、いきなり冷凍された少年の解凍から始まり、人工心臓や月世界探検など、話が大掛かりになっています。