沖縄「巨大蓄電池」を見に行く
あるいはスマートグリッドへの道

謎の八角形の正体は蓄電池
謎の八角形の正体は蓄電池?


 グーグルアースで沖縄北部を眺めていると、なんだか不思議な巨大八角形が出てきます。どうやらここに大量の水を貯めてるみたいですが、その大きさはといえば、対岸までの距離252m、周囲848m。わかりやすくいえば、東京ドームがすっぽり入る大きさです。
 いったいこの巨大な貯水池は何なのか? 結論を言えば、世界初の海水揚水発電所です。今回はこの発電所を中心に、電力の過去から未来を旅してみます! 


京都の蹴上発電所
京都の蹴上発電所(左上)


 日本初の水力発電は明治23年(1890年)、足尾銅山の自家用発電として設置されました。翌年に琵琶湖疏水の蹴上発電所が完成、これが世界初の営業用水力発電所とされています。
 発電所が田舎にあると送電の効率が悪くなるんですが、ちょうどそのころ、ドイツで現在の送電技術(三相交流送電)が発明され、水力発電が普及していくきっかけとなりました。

三相交流
碍子(がいし)が3つあるのが三相交流


 戦時中の日本では、言うまでもなく電力は非常に貴重な資源でした。当たり前だけど原発はないし、原油も乏しいので、火力発電は石炭が中心となります。しかし、当時の火力発電は今ひとつ効率がよくありませんでした。
 雨が多く、山がちな日本では、やはり水力発電の方がはるかに有効で、実際、終戦間際の1940年代、日本は世界第3位の水力発電国でした。

 ちなみに水力発電の発電量は、超おおざっぱに次の公式で計算できるんですよ。

 電力=水の量×落差×8

 公式なのに8というのも変ですが、これは重力加速度(9.8)×発電効率(低く見て0.8程度)を一緒くたにしただけです。
 つまり毎秒10㎥の水を高さ100mから落とすと、10×100×8で1秒間に8000キロワット。
 簡単に言えば、大量の水をなるべく高くから落とせば、大きな発電ができるわけです。 

 実際、水力発電所を上から見ると、かなりの迫力があって驚きます。

上から見た水力発電所
上から見た水力発電所


 上の写真は富山県の猪谷発電所なんですが、毎秒31.5㎥の水を約85m落とすので、低めで21420キロワットの発電が可能です(実際の最大出力は22900kW)。


 では、この電力は人力で言えばどれくらいなのか?
 戦前の雑誌は、電力の無駄遣いを啓蒙するため、よくこの喩えが使われていました。『学生の科学』(昭和18年10月号)の「電力も戦つてゐる」という記事によれば、

 1キロワットは約102kgf(kgfは重量キログラムという戦前に使われていた単位)。小槌をふるう仕事は4.8kgfだから、換算すると0.05キロワット。物を引っ張る仕事で11kgfだから、0.108キロワット。1キロワットは1000ワットなので、人間1人が超頑張って100ワットの電球と一緒。普段はせいぜい60ワットの家庭電球と一緒。

 要は家庭で電球を3つ点けておくと、それだけで労働力3人分の無駄遣いというわけですな。これを逆説的に「現代人は40人の奴隷を飼っている」といった表現も多く見られました。いずれにせよ、発電システムがいかにスゴイかがわかります。


 さて、日本で普及した水力発電ですが、ダムや水路で水を集めるのも限界があり、その後、揚水発電が登場しました。
これは山の上と下に貯水池を作っておき、夜間など電力需要が少ない時間に下から上へ水を汲み上げ、電力需要が大きい昼間に上から下へ水を落として発電する仕組みです。

 ところが、この揚水発電も作れる場所が減ってきて、ついに下池のいらない発電システムが考案されました。それが沖縄に作られた世界初の海水揚水発電所。下池が海なので、それだけスペースとコストが少なくてすむのですな。

沖縄やんばる海水揚水発電所
「沖縄やんばる海水揚水発電所」断面図(パンフレットより)


 この「沖縄やんばる海水揚水発電所」は水量毎秒26㎥、落差136mで最大出力3万kW。電源開発が経産省から委託を受け1999年に完成させ、5年間の実証試験を経て、2004年から発電業務を行っています。
 冒頭で触れた八角形の池は上部貯水池だったわけですが、夜8時間かけて揚水し、昼は6時間の発電が可能になっています。実験施設のため予算は高めで約300億円かかりました。

 使用するのが海水なので、周囲の森に水が漏れたら大変。そこで、貯水池は2mm厚のゴムシートで覆われ、腐食や生物の付着を防ぐため強化プラスチック管が使われています。

沖縄やんばる海水揚水発電所
広大すぎて写真に収まりきらない。黒地がゴムシート


 そんなわけで実際に見学に行ってみたよ。

沖縄やんばる海水揚水発電所
高さ132mから地下15mへの旅


 まずはエレベーターで約150m下りて、地下15mへ。目の前にいきなり発電システムが広がります。床の青いのが発電用水車で、白い軸を中心に回転する仕組みです。

沖縄やんばる海水揚水発電所
発電システム


 近くには資材を運ぶクレーン穴があります。面白いのは非常に音が反響する点。音の速さは秒速340mで、この縦穴が150mほどなので、下で手をたたくと0.5秒ほどで上で音が聞こえます。

 ここから205mの放水口連絡トンネルを歩くことができます。お〜これはまるで秘密基地! 通路ではけっこう水が漏れてるし、ところどころ石灰が析出した「つらら」みたいのがあり、けっこうビビります。


沖縄やんばる海水揚水発電所 沖縄やんばる海水揚水発電所
205mの連絡トンネル。途中には放水路への道が隠されている


 トンネルの先には換気扇の音がうるさい大きい扉があって、それをあけるとをそのまま下池に相当する海に出られます。放水したエネルギーを緩和させるため900個のテトラポットに囲まれており、眺めもいい感じです。

沖縄やんばる海水揚水発電所 沖縄やんばる海水揚水発電所
巨大なドアを開けると海に


 さて、話を水力発電に戻しますが、戦前の新聞記事には、大雨が降ると「石炭何トン分の雨が降った」と書かれていたそうですよ。
 どういうことかというと、降った雨をそのまま水力発電に回したと仮定し、その発電量を石炭による火力発電で換算した数字を公表してたんです。石炭が身近だったからこそ、その比喩が通じたということですが……今ではまったく意味がわかりませんな。

 この点、もう少し補足しておきましょう。
 先に水力発電の公式をあげときましたが、この話をいきなり大きくして、たとえば東京に降った雨がそのまま水力発電に回せたらどれくらいのエネルギーになるのか?

 東京都の面積を約2160km²とすると、これは2,160,000,000m²。ここに1時間10mmの軽い雨が降ると、水の総量は 21,600,000㎥。これは1秒あたりに直すと21,600,000÷3,600で6000㎥。雨雲の高さを2000mとすると、

 6000×2000×8=96000000

 信じられないことに9600万キロワットも発電できるんですよ(ちなみに東海原発は16.6万kWです)。
 当時の石炭はだいたい1kgで1キロワット発電できたので、要は9万6000トンの石炭が降ったことになるわけです。戦時中はなんだか人間のスケール感まで狂ってることがわかりますな。


 でだ。
 ここまで読んできた人は、水力発電は今でいう「蓄電池」または「充電池」的な意味合いをもつことがわかってきたでしょうか? 水を貯めることは電気を貯めることと同義なんですね。
 つまり、火力や原子力は電気を貯めておくことができないけど、水力は電力を貯めておくことができる。
 
 より正確に言うと、普通の水力発電は太陽が作った水を貯めるだけなので、これは太陽発電とか風力発電同様、再生可能な循環エネルギーの一種なわけ。ところが揚水発電は、夜間に余ってる電気を使って水を集めるので、完全な蓄電池の機能を持ってるんです。

 いま、世界中のメーカーが高性能の蓄電池の開発を進めてますが、巨大な蓄電池は揚水発電でしか実現できていないのが現実なんですな。


エコキュート
余談ながらエコキュートは空気発電による貯湯システム


 では、蓄電池はいったい今なぜ注目を集めているのか?
 それは電気の有効利用が可能になるからですね。各家庭の使用電力をITで調整し、もっとも効率のいい配電を目指す。それが話題の「スマートグリッド」(次世代電力網)です。

 風力や太陽光など、自然エネルギーが増えると電力の管理は手間暇がかかりますが、それをうまく管理することができる。効率的な配電をすれば、停電もなくなる。自動車も電化するので、社会のインフラががらりと変わっていくわけです。

 このスマートグリッド、日本でもようやく小規模な実証実験が始まりましたが、世界的にはものすごい勢いで技術開発が進んでいます。停電の多いアメリカはもちろんですが、意外なところでは中国。

 中国政府は2020年までにスマートグリッドに約50兆円投資すると発表しています。中国最大の送電事業者は国営の国家電網ですが、同社は上海万博で「中国版スマートグリッド」の一端を見せたそうですよ。また、国家電網と中国電信(日本で言えば東京電力とNTT)の提携も発表されました。

中国電信 国家電網
中国電信と国家電網の北京本社


 スマートグリッドはITによる送電管理なので、送電線と通信線が融合する意味あいを持っています。インターネットのおかげで通信と放送は同義になりましたが、今度は通信と電気が同義になるわけです。
 
 検索で圧倒的なシェアを握るグーグルは、すでに発電事業に加え、スマートグリッドにも参入しています。すべてのデータを集めるのが使命のグーグルにとって、スマートグリッドは格好の主戦場となるはずです。

 もしアメリカがこの分野で覇権を握るとどうなるのか? ちょっと想像できないことですが、東京電力がグーグルに支配されることも可能性としてはあり得ますね。
 まぁ、日本では、アメリカや中国と違って発電と送電と配電が分離していないので簡単にはいかないと思いますが、通信がアメリカに握られたことを思えば、電気だってわからないよ、という話でした。

●燃料電池についてはこちら
●電力会社の歴史はこちら
●電気の普及史はこちら

制作:2010年10月31日

<おまけ>
 グーグルは電気自動車の開発にも熱心です。電気自動車の充電費用が1回あたり数百円とすれば、これを広告収入だけでまかなうことも可能ですね。そうしたらもう車に乗るのにガソリン代も電気代もいらない夢の時代が来るかもね?
 一方、アメリカのベタープレイス社は、充電ではなく、車のバッテリーそのものを交換する新しいインフラ産業を目指しています。充電だと時間がかかるけど、バッテリーの交換なら数分でできるもんね。すでに六本木でタクシーによる実証実験が行われています。
 
 1996年にGMが「EV1」を開発したことで始まった電気自動車。当時は石油業界の反発などで無視され、歴史から抹殺されましたが、今、ようやく復活を始めました。逆に、電気自動車はモーターさえあれば誰でも作れるので、日本メーカーもホントやばい状況に追い込まれてます。日本の未来は大丈夫なのかなぁ?

越谷レイクタウンの急速充電器
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