ロケット打ち上げを見に行く
オレンジを白に…JAXAと三菱重工の技術革新

H-IIAロケット37号機の打ち上げ
H-IIAロケット37号機の打ち上げ



 2017年12月23日午前10時26分22秒、鹿児島県の種子島宇宙センターからH2Aロケット37号機が打ち上げられました。気候変動観測衛星「しきさい」と超低高度衛星の試験機「つばめ」を予定通り軌道に投入し、打ち上げは成功しました。

 ロケットの打ち上げは、赤道に近いほど有利です。静止衛星の軌道は赤道上にあるため、赤道から真東に向けて飛ばせば、そのまま静止軌道に入るからです。しかし、種子島宇宙センターは北緯30度という高緯度にあります。そのため、打ち上げで放出された人工衛星が、自分のエンジンを使って、赤道まで軌道を変える必要があるのです。

 当然ながら、そのぶん、余計な燃料が必要です。これが、赤道近くに発射場を持たない日本の宇宙開発の大きな弱点です。
 JAXAと三菱重工は、この問題をどう解決するのか——。

 本サイトの管理人は、37号機の打ち上げを種子島で見学していたので、そのときの状況をまとめつつ、いかにロケット打ち上げが大変なのか、まとめます。

■ロケットを打ち上げるエネルギー

 種子島を縦断する国道58号線には、手動で向きを変えることができる、不思議な信号が存在します。なぜこんな信号があるのかというと、この道路が、陸揚げされたロケットを発射場まで運ぶ道になっているから。ロケットが大きすぎて、信号をどかさないと通れないのです。同様に、周囲の道路標識は、妙に高い位置にあったりします。

種子島の可動式信号機
妙に高い位置にある標識と可動式の信号機


 いったいロケットとは、どれくらい大きいものなのか。
 H-2Aロケットは全長53m、H-2Bロケットは56.6mにもなります。重さもすごくて、H-2Aは445トン、H-2Bは531トンになります。これだけでも、ロケットを打ち上げるには莫大なエネルギーが必要だとわかります。

 もう少し、正確に見てみます。

 どんな剛速球でボールを投げても、地球には重力があるため、必ずボールは地上に落下します。では、どれくらいの速度で投げれば、地球に落ちてこないのか。答えは秒速7.9kmで、これ以上の速さで投げれば、理論上、ボールは地球の周りを回り続けます。
 とはいえ、実際には空気抵抗などがあるので、秒速10kmは欲しいところです。

 戦闘機F-15はマッハ2.5(音速の2.5倍)を記録しており、これは秒速でいうと850mくらい。どんなに頑張っても、飛行機では秒速1kmぐらいしか出せません。

 飛行機が秒速1km、ロケットが秒速10kmということは、ロケットは飛行機の10倍の力があれば大丈夫のように思えますが、それは間違い。なぜなら、必要なエネルギーは、質量が同じだと速度の2乗に比例するからです。

 わかりにくいんだけど、簡単にいうと、速度を2倍にするにはエネルギーは4倍。速度を10倍にするには100倍のエネルギーが必要なのです。

H-IIAロケット37号機の打ち上げ
軽さが命のロケット


 こうした理由から、ロケットはとにかく軽量化が必要になります。エンジンも機体も使い捨てなのは、再利用しなければ軽くできるから。

 ロケットの強度を安全係数といい、通常1.25とされます。100kgのものを125kgまで耐えられるように作ってあるんですが、これって、言い換えれば、体重50kgの人が座るように設計された椅子が、63kgの人が座ったら壊れるということです。

 ロケットの安全性というのは、これほど薄氷の上にあるのです。

■ロケットの燃料の毒性

 宇宙空間には空気がないため、ロケットは、自分で燃料と酸素を積み、これを燃焼させながら移動します。つまり、ロケットは爆発物の塊です。

 下の図は『H-IIAロケット37号機の打上げに係る飛行安全計画』に描かれた37号機の構造図です。
 ロケットを宇宙に運ぶのが、ロケットの最下段に付いている固体ロケットブースタ。打ち上げから1分48秒後に切り離し、4分5秒後に衛星のカバー(フェアリングというロケット最上部の白い部分)を分離します。

H-IIAロケット構造図
H-IIAロケット37号機の構造図


 続いて、中央部の第2段エンジンを始動し、宇宙空間を進みます。このエンジンの燃料は液体酸素と液体水素で、徐々に分離していきます。
 気になるのが、積んである衛星などで使われる燃料ヒドラジンです。引火性があり、ロケットや航空機の燃料として用いられるんですが、きわめて強い毒性で知られます。

 1960年、ソビエト連邦のバイコヌール宇宙基地で、大陸間弾道ミサイルR-16の試験打ち上げが失敗し、発射台上で爆発しました。このとき、周囲には大量のヒドラジンがばらまかれ、爆発と中毒で少なくとも100人が死亡しました。これをニェジェーリンの大惨事といいます。

 一方、1996年には、中国の長征3Bの初の打ち上げが失敗、500人以上が死亡し、周囲は死の村と化したとされます(中国航天科技集団公司はデマだと否定)。
 ともに、詳細は不明ですが、ロケット事故の被害の大きさを物語っています。

 こうした理由から、ロケットの打ち上げ時には、発射場から3kmの範囲は立ち入り禁止になります。いちばん近い見学場所は、恵美之江展望公園で、3.3km離れています。

種子島恵美之江展望公園から見た発射場
恵美之江展望公園から見た発射場
(2020年までに「H3」用射場を整備予定)


 ずいぶん離れていて物足りないんですが、1967年11月9日に行われたアポロ4号「サターンV」初の試験飛行では、6km離れた報道スポットで窓ガラスが割れそうになったと記録されており(ジャーナリストのウォルター・クロンカイトによる)、3kmというのは妥当な距離なんでしょう。

■打ち上げへ

 種子島宇宙センターには、大型ロケット組み立て棟があります。発射前日、ここから56個のタイヤがついた運搬台車「ドーリー」2台に載せられ、ロケットは射点まで運ばれます。ドーリーの時速は2km。射点までの400mをおよそ20分かけて移動です。

ロケットの射点への移動
射点への移動


 ロケットの打ち上げにはさまざまな制約が課されます。JAXAのサイトによれば、

●発射時の最大瞬間風速16.4m/s以下
●発射時の降雨8mm/h以下
●飛行経路に積乱雲がない
●射点を中心として半径10km以内にカミナリ雲がない

 などです。こうした天候のほか、機体そのものに不調があれば、即座に打ち上げは中止です。これまでも、立ち入り禁止海域に船が入った、などさまざまな理由で打ち上げが延期・中止になっています。
 ちなみに、地元民以外は、事実上ツアーでないと打ち上げが見られませんが、管理人のツアーについた添乗員は、4度目にして初めて打ち上げに立ち会えたと言います。

ロケットの射点への移動
発射台に移動したロケット


 さて、翌朝。
 恵美之江展望公園には車両制限がかかるため、通常では入れません。ただし、歩いて入るぶんにはOK。地元民は数キロ歩いてよく見学に来るそうですよ。


H-2Aロケット37号機の打ち上げ
ロケットへの散水

 カウントダウンは480秒前から始まります。打ち上げ数秒後、ものすごい衝撃とバリバリバリバリという爆音が聞こえてきました。これはすごい!



 さて、今回の37号機の打ち上げでは、数多くの新技術が試されました。
 いちばんは2基の衛星を異なる高度に投入する技術です。まずは衛星「しきさい」を高度約800キロの円形軌道に投入後、逆噴射して降下し、衛星「つばめ」を高度約640〜450キロの楕円軌道に投入しました。

 この「デュアルローンチ(相乗り)」が成功したことで、今後、打ち上げ価格が大幅に下落すると見られます。従来は打ち上げ余力を大きく残したまま打ち上げていましたが、今後はコストを別の顧客で分割することが可能だからです。

 さらに、2017年は、年間6回の過去最多の打ち上げに成功しました(これまでは4回が最多)。2017年3月の33号機の打ち上げでは打ち上げ間隔が52日でしたが、これを30日以下に減らせば、年間10回の打ち上げが可能になるのです。

H-IIAロケット37号機の打ち上げ
青空に残った白い噴煙


 もうひとつ大きな技術革新がありました。従来、ロケットは地上のレーダー局が出す電波を受信して位置を把握しました。しかし、施設の老朽化や維持費の高さが問題となっており、29号機以降、ロケット自身が位置を把握する航法センサーが併用されてきました。それが今回の37号機では、完全に自律的に飛行したのです。これにより大幅なコスト削減が期待されます。

 なお、今回の37号機は、ロケットの上から2段目が白になっています。従来はオレンジ色で、これは薄い黄色の断熱材が紫外線によって変色したものです。しかし、この部分を白にしたことで、宇宙空間で太陽光を反射しやすくなり、ロケットが高温になりません。その結果、液体水素が気化する量を減らすことができるのです。その空いたスペースには、別の機材を導入することができます。

H-IIAロケット37号機の打ち上げ
左が36号機、右が37号機、赤丸に注目
(写真:三菱重工/JAXA)


 こうして、37号機はデュアルローンチを実現し、また人工衛星の軌道変更を、衛星側から一部ロケット側に負担させることに成功したのです。

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制作:2018年1月5日

<おまけ>
 人工衛星になるための必要速度は秒速7.9kmで、このスピードを「第1宇宙速度」といいます。
 第2宇宙速度は秒速11.2kmで、地球の重力を脱出し、太陽を周回できます。第3宇宙速度は秒速16.7kmで、これなら太陽系の外まで行くことができます。
 ロケットは本当に莫大なエネルギーを必要とするのですね。

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