わが「真珠湾攻撃」の記録
戦艦「アリゾナ」に空中魚雷を命中させた男

空母赤城を飛び立つ攻撃機
空母「赤城」を飛び立つ攻撃機



 真珠湾攻撃は、南雲忠一中将の指揮下、空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」「瑞鶴」「翔鶴」の6隻が参加し、全部で350機の艦載航空機をハワイまで運びました。

 第1次攻撃は、淵田美津夫中佐の指揮下、計183機が3集団に分かれて攻撃しています。

●第1集団
・水平爆撃隊:艦上攻撃機49機(指揮官・淵田中佐)
・雷撃隊:艦上攻撃機40機(指揮官・村田重治少佐)
●第2集団
・急降下爆撃隊:艦上爆撃機51機(指揮官・高橋赫一少佐)
●第3集団
・制空隊:艦上戦闘機43機(指揮官・板谷茂少佐)


 3時19分、総指揮官は略語「ト連送」で全軍突撃を命じます。
 急降下爆撃隊は2隊に分かれ、主隊はフォード、ヒッカム両飛行場に向かい、もう1隊はホイラー飛行場を急襲し、敵の戦闘機に壊滅的な打撃を与えました。同時に、雷撃隊は敵の戦艦へ集中攻撃しています。雷撃は順調で、魚雷はほとんど命中したとされます。

 水平爆撃隊は、各中隊ごとに爆撃を開始します。当日、快晴だったことから、高度3000mからの正確な水平爆撃が予想以上に成功し、大きな成果をあげました。第1次攻撃隊は攻撃を終えると、4時から6時にかけて帰艦しました。

 そして、第2次攻撃隊は2時45分に発艦し、4時25分、全軍突撃。4時43分、第1次攻撃隊と入れ違いに攻撃を開始しています。

 本サイトでは、第1次攻撃で雷撃隊に参加したとある中尉の証言録を入手しました。これは、『主婦の友』昭和17年3月号に掲載された「ハワイ爆撃記」で、大本営の古橋才次郎(海軍中佐)が口述をまとめたものです。検閲により中尉の名前は伏せ字になっていますが、魚雷を戦艦「アリゾナ」に命中させたと発言しています。

 以下、その全文を読みやすくした上で公開しておきます。


■太平洋上の暁

 どのくらい眠ったろう。 ふと目覚めたが、まだ真っ暗だ。身体のふしぶしがとても痛い。
 私は大の字に上を向いたまま、腕を組む。
 風は少し落ちたようだが、艦の動揺は依然として大きい。ぐーっと揺りあがっては、すーっと落ちてゆく。ときどき大うねりが遠慮会釈もなく押し寄せて来て、艦がそのうねりに乗ると、ごろんと身体が裏返しにされそうである。

 頭がだんだん冴えてきた。空には真っ黒い雲が重なり合って、上から私を圧迫してくるような気がする。私の身体のすぐ上にも飛行機の翼が真っ黒に広がって、私の身体を夜露から防いでいてくれる。私は、飛行甲板に用意された私の飛行機の下に帆布を敷いて、その上に寝ているのである。

 昨夜のことだ。 愛機を甲板に出し、胴体の下には魚雷を抱かせ、座席には機銃を備えた。燃料を積み込んで、還らぬ覚悟の出発準備を整えた。いつでも飛び出せますよと言いたげな愛機に「明日の朝までの辛抱だ」と、しっかりと繋止鏈(けいしれん)を掛け、動揺止を当てたのだが、小山のやうな大浪が、ドーンと舷側に突き当たって、艦橋までしぶきを打ち上げるたびに、飛行機はギシギシときしむ。

 この動揺で、もしも機の翼でも壊されたならば、明日はおいていかれてしまうかもしれんぞ、と考えると、今夜はゆっくり休んでおかねばとは思うのだが、どうしても機のそばを去ることができない。

 そこで私は古い帆布を格納庫から探してきて、それを飛行機の下の甲板に敷き、いつでも出発できるように飛行服を着たまま、そこに寝てしまったのだ。私の横にはいつの間に来たのか、同乗で征(い)く偵察員の○○兵曹が、同じような格好で寝ている。起き上がって時計を見たが、暗くて見えない。

 しかしもう夜明けに近いだろう。艦橋にはだいぶ人影が動いているようだ。
 私は急いで私室に走った。合戦準備をして、部屋の窓は2〜3日前から全部、1ミリの1万分の1の隙間もないように、鉄蓋をぴったり閉めてあるので、入るとたんにむっとくる。

 急いで飛行服を脱ぐと、爆撃に行くときは必ずこれを着て、と母があんでくれた毛糸のチョッキを出して着た。
「初陣に、見苦しきことなきよう」という手紙と一緒に送ってくれた、白絹のマフラーを飛行服の上から首に巻いた。母の命令通り、このチョッキを着、白絹のマフラーをして、敵海軍の根拠地ハワイに永遠に眠ったと聞いたら、母もどんなにか喜んでくれよう。12月8日だな、とふと思う。

真珠湾に向かう艦隊
真珠湾に向かう艦隊



■では征きます

 時は迫った。飛行帽を被り、手袋をはめて準備を終わると、飛行甲板に出る。夜は明けようとしている。○時。
「搭乗員整列ッ」
 号令は発せられた。無言の将兵は黒々と整列した。

 ○○指揮官は、きっぱりと言った。
「艦長、よろし」
 艦長の姿は、飛行甲板に現れた。

「所定命令に従って、ハワイ敵主力艦、並びに敵航空基地撃滅ッ。各員粉骨砕身、誓ってその任務を完(まっと)うせよ」

 総員挙手の礼につれて、艦長の白い手袋がさっと上がった。つづいて全員不動の姿勢のうちに、司令官の、低いが力のこもった声が、夜明けの空に放たれたかのように大きく反響した。
「成功を祈る」
 この日この朝を期しての、今日までの幾百千度の猛訓練であった。ようし、やるぞッ。

 母艦は、ざーっざーっと大浪の飛沫を散らし、全速力をあげて東へ東へと驀進している。ドシャーンと舷側に砕ける怒濤のひびきが、いやが上にも私の血潮を沸かす。

 そのときだった。旗艦の檣上(しょうじょう)高く、Z旗が上がった。36年前、日本海海上に翻ったZ旗は、再び今は太平洋上に翻ったのだ。

「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層、奮励努力せよ」

 太平洋の烈(はげ)しい風にはためいている、そのZ旗を見上げている全員の眼に、いつしか涙がにじみ出てきた。皇国の興廃の歴史的瞬間が、今こそわれわれの双肩に巡ってきたのだ。

 天皇陛下の御ために、今こそ水漬く屍と散る時が来たのだ。25年を育んでくれた父母に対し、今日こそ最上の恩返しができる日だ。この千載一遇の壮挙に参加できるとは、帝国軍人の一人として、この上の光栄はない。しかし、ただでは死なんぞ。敵艦を撃沈するまでは、どうしても死なんぞ。私の心はいよいよ澄んだ。

「では、征きます」

 指揮官○○中佐が、艦長への、きっぱりした声だ。征きます、そうだ。今日は「征ってきます」ではない。「征きます」なのだ。われわれは、誰一人として生きて還ろうとは思わぬ。われわれを子のようにいつくしんで、哀歓を共にしてくれられた艦長の顔も、これが見おさめである。

空母から飛び立つ攻撃機
空母から飛び立つ攻撃機


■烈風下母艦を進発

 私は、静かに飛行機に乗った。長濤は、母艦を左右に大きく動揺させている。動揺がひどいと、飛び出すことは何とかしてできるが、着艦が難しい。しかし今日は還らないから、難しくてもいいのだ。

 前方に整列している艦上爆撃機から轟々と爆音をあげて進発を開始した。一機また一機、前後左右に動揺する不安定な甲板から飛び出して行く。いまだに海上は薄暗い。耳許にヒューヒューと風が強く鳴り、天候は相変わらず悪い。北東17メートルの風が吹きすさんでいるのだ。

 進発の順番を待つ間、操縦桿を握って舵を静かに動かしてみる。ふと気がつくと、操縦桿の前にお守札が貼りつけてある。暗いので眼をくっつけて見ると、霧島神社と読まれた。

 私は、静かに東の方に向かって頭を垂れた。整備員が貼っておいてくれたのだなと、熱いものがぐんと来た。
「ありがとう。安心しろ、発動機は満点だぞ」

 私の番が来た。車輪止がはずされた。発着係の白旗がさっと下った。○時○○分、私は燃料コックをいっぱいに開いて、甲板の中央に書いてある白い線の上を、驀地(まっしぐら)に走った。艦首にも艦橋にも乗員が鈴なりになって、帽子を鷲づかみにして、高く上下に左右に振っている。いろいろありがとう。必ずやるぞッ。

 艦橋に、不動の姿勢で挙手の礼をされている艦長の姿が、ちらりと見えた。私は思わず、後ろの座席に向かって叫んだ。「艦長に敬礼ッ」

 と同時に、機は甲板を蹴って舞い上がった。
 上空で編隊を整えながら、母艦から次々に舞い上がって来る僚機へ、「しっかりやれ」と激励の目を向ける。大きく母艦の上空を一周して隊形を整えると、隊長機を先頭に、一路全速力でハワイに向かう針路に入った。全員の意気大いに上がり、すでに敵を呑むの観がある。

空母から飛び立つ攻撃機
空母から飛び立つ攻撃機



■任務はまだ

 満天黒雲が舞い下って前路は真っ暗だ。オアフ島は依然として見えない。4000マイルに近い驚くべき長途の航海の後、しかも悪天候のハワイ付近に到着した母艦の艦位に誤差はなかったか。もし誤差があれば、われわれの機は当然オアフ島に到着できないのだ。羅針儀を頼りに、ビシッと針を据えているが、気流が悪いでときどき大きくあおられる。

 陽が上ったのか、空一面が明るんできた。普通このへんの海上では、30マイル、多いときは50マイルの遠望がきくものだが、今は漠々たる密雲に遮られて見通しがきかない。ハワイは1000メートルの山を背負っているから、少なくとも到着の20分前から見えるはずである。

 突然、足許に海岸線がくっきりと現れた。岸辺に波が、白く砕けている。何のことはない、もうオアフ島の真上に来ていたのだ。オアフ島の上だけ、雲が切れている。折からの朝日に映えて、緑の島が目の覚めるように美しい。
 
 見える見える。敵の飛行場だ。編隊は直ちに展開した。われわれ雷撃隊は、爆撃隊に別れて南の方へ回り込んで行く。ぐんぐん高度を下げてバーパース飛行場の上をかすめる。飛行場には敵機がずらりと並んである。思い切りかき回してやりたいが、残念ながら任務が違う。これは他の爆撃隊が間もなくやっつけるはずだ。

 つづいてヒッカム飛行場の上に出る。空の要塞とアメリカ自慢の重爆が、20〜30機整然と並んでいる。飛行場には人影が一人も見えない。奴さんたち、朝飯の時間らしい。整備した兵舎の群れ、山頂に這い上がる自動車道路の、のた打つような白線、海岸にずらりと並んだ重油タンクは真っ白に塗られて、絶好の攻撃目標だ。やっつけたいがしかし、ただ一本しか持たぬ魚雷を命中させるべき任務はまだだ。

 残念だがそのままに、格納庫をすれすれに交わす。入れ違いに味方の急降下爆撃隊が、猛然こっちへ飛び込んで来るのが見えた。
「しっかりやれよ」
 無言の声援を送って、いよいよ任務の真珠湾内に向かう。

基地上空を飛ぶ攻撃機
基地上空を飛ぶ攻撃機



■魚雷アリゾナに命中

 飛行場を過ぎるとすぐ湾内だ。真珠湾は朝霞の中にまだ眠って、拭ったような穏かさだ。足許に、いるいる。敵の太平洋艦隊の主力が、2隻ずつ組になって、フォード島の東側に整然と投錨している。どの艦からも、一本の煙すら立ちのぼっていない。

 決然、攻撃姿勢に移った。やや東の方に変針し、戦艦列に対して直角に突っ込む。私は命ぜられた通り、私の小隊を引きつれて、風下側のアリゾナに向かって驀進する。真珠湾は浅くて狭いので、編隊の雷撃は極めて困難だ。私は直ちに列を解いて、単独発射の命令を下した。私の機が、最初に発射すべき一番機だ。

 ぐーっと高度を落とす。アリゾナの胴腹から○百メートルくらいの高さで、私は顎の下に結びつけた伝声管にしっかり口を当てた。眼下の巨艦に照準をつけると、後ろの座席に向かって、
「用意ッ」「打てッ」
 瞬間、飛行機がふわりと浮き上がった。魚雷を落としたのだ。

 機首を立て直すと、私はアリゾナのマストとすれすれに急旋回しながら、ぐうんと上昇した。水深わずか14〜15メートルのこの真珠湾だ。落とした魚雷が水底に突きささって、走らぬのではないかと、それのみが心配だ。投下するときの機の 高度によって、それは定まるのだから、私は慎重に操縦したのだが……。

「魚雷どうしとるかッ」
 思わず伝声管に叫ぶ。
「走っとります、走っとります」
 偵察員○○兵曹のはずんだ声。ようしッ。私はサッと垂直旋回しながら、ちらりと下を見下すと、白い2条の雷跡が海面を這って突進して行く。瞬間、アリゾナの舷側から、マストの3倍もあるようなものすごい大水柱が2本、上空に向けて飛び上がった。
「魚雷成功、魚雷成功ッ。2番機のも共に当たりましたッ。」
 伝声管から、○○兵曹のどら声が吹き上がった。

真珠湾攻撃/炎上する戦艦アリゾナ
炎上する戦艦アリゾナ



■3番機はいずこ

 もう一度アリゾナの上を回って、なれの果てを見てやろうと、操縦桿をぐっと引いたとたん、敵の高角砲弾が飛んで来て、機の周囲にガーンと炸裂した。つづいて、こしゃくにも、駆逐艦、巡洋艦から盛んに打ってくる。

「いけねえいけねえ」
 私は独り言を言いながら、ぐんぐん高度を上げた。上げて行く途中に、味方の急降下爆撃機隊、大型爆撃機隊が、ものすごい弾幕の中をゆうゆう旋回しながら、所定の爆撃の順番を待っている。

 敵高角砲の射撃は、ようやく猛烈になってきた。機の周囲には、石つぶてを投げつけるように砲弾が炸裂する。キンキンと、翼に弾丸の当たる音がする。

 私はなおも高度を上げた。もうよかろう。大きく何回も何回も旋回しながら、私は2番機と3番機の来るのを待った。見下せば、さっきのヒッカム飛行場に並んでいる空の要塞が紅い炎を吐いて燃え上がり、格納庫は、天を覆わんばかりの黒煙を上げて、炎炎と燃えさかっている。

 わが急降下爆撃機隊と戦闘機隊が、猛烈な攻撃を加えたのだ。敵は、上昇して反撃しようにもこの有様だ。

 戦艦列には、われわれ雷撃隊が襲った後に急降下爆撃機が襲い、すでにもう大型爆撃機の攻撃が始まったと見えて、ものすごい黒煙に全艦列が包まれて何も見えない。海中におびただしい重油があふれ出て、どんどん広がっていくのが見える。敵戦艦の火薬庫爆発に相違ないぞッ。アリゾナかオクラホマか……。

戦艦「アリゾナ」「ウェストバージニア」
戦艦「アリゾナ」「ウェストバージニア」

 


 敵の曳煙弾が、また鼻先をかすめて飛ぶ。
「まだ来やがるかッ」
 私は真珠湾の上を真横に突っ切って海上に出た。2番機が、いつの間にか後ろについている。

「3番機はどうした」
 私は後ろの○○兵曹に声をかけた。
「よくわかりませんが、あのとき、3番機は打たなかったようです」

 いやな予感が急に私の胸にこみ上げる。もう少し待とう、私はもとの地点に引き返した。

「どうした、どこへ行った」
 私は真珠湾上空を何回も何回も旋回した。しかし、見えない。還りは、集まれなければ単独で還っても差し支えないと言っておいたから、あるいは先に還ったかもしれないと思う。付近には、もう味方の飛行機も見えなくなった。しかしもう少し、と待つ。

「還ろう」
 誰に言うともなく呟くと、先に還っているかもしれぬという淡い希望と、後髪引かれる思いとを抱いて、私は母艦のある位置へと還りの針路を取った。何だか夢のようだ。

上空から見た真珠湾攻撃
わが必殺猛襲下の敵主力艦(当時の朝日新聞の見出し)右下がフォード島

上空から見た真珠湾攻撃
上と同じ写真を新聞が発表用に加工したもの
※右上の白い線は魚雷の跡で、その下には水柱。
周囲の黒い部分は流出重油。左上の波状線は魚雷の波紋

上空から見た真珠湾攻撃
上空から見た真珠湾攻撃を図解




■よくやった3番機

「母艦右40度○万メートル左へ進んでいます」
 ○時間飛んだろうか、偵察員の報せだ。操縦桿を握る片手に望遠鏡を取って見ると、われわれを励ますかのように、軍艦旗を大洋の風にちぎれるようにはためかしながら、母艦が悠容たる姿を浮べている。

 母艦は長濤に乗って、前後左右にとてもひどい動揺だ。後ろには部下が2人乗っている。この命も預かっているのだ。こまで来てこの部下を殺してなるものか。私はお守札の上から操縦桿を固く握って、いよいよ慎重に操縦する。脚が折れて飛んだかと思われるような衝撃を受けたと思うと、飛行機は甲板に着いていた。このところ、 ちょっと私は夢中だった。

 身体中から汗が流れる。冷汗と暑い汗と一緒だ。私が機上から下りると、飛びついて来た者がある。この機の整備をやった○○整備員だった。
「異状はありませんでしたか」
 真剣なその顔。どんなに心配していたかと思うと、眼頭が熱くなる。
「ああ、文句なしだよ」
 にっこり挙手の礼をすると、彼はすぐまた機体に駆け寄っていった。たとえ悪いことがあった場合でも、あの顔を見たら、よくなかったなど言えるものじゃないと、整備員の手を押しいただきたい気持ちで考える。

 3番機の整備員が眼を皿のようにして立っている。
「3番機還ったか」
「まだ還りません」
 不吉な予感がまた胸を打つ。先に還って悪かったと思う。

 私はそのまま艦橋に駆け上がった。双眼鏡を眼から離さず、3分、5分と立ちつくした。しかし、レンズに入るものは、明るい南国の空に浮かぶ羊雲ばかりだ。さっそく攻撃の状況を、指揮官まで報告しなければならないのだが、私はそれを忘れてただ黙って空を見た。艦長も司令官も、いっこうに報告を聞こうとはされず、指揮所に上がって望遠鏡を取り、「あと8機、まだか」と、帰還機の数を数えていられる。

 時は容赦なく過ぎていった。7分、10分、12〜13分たった頃だ。レンズの中にぽつんと1つ胡麻のようなものが入って来た。ぐんぐん大きくなる。母艦目がけて一直線だ、味方だ、胴腹の番号が読めてきた。ああ、私の3番機だ。

 着艦した機に私は飛んで行った。
「お前どうした」
 私は興奮して叫んだ。

「どうも風が強くて具合が悪かったので、2回やり直したために遅れてしまいました。しかしうまく当たりました」
「怪我はないか」
「飛行機がだいぶ弾丸受けとりますが、人間は何ともありません」
 機長の○○兵曹は、そう言ってけろりとしている。

 素晴しい度胸だ。一本きりの魚雷を命中させるのに、機の姿勢、高度、速力が不適だったから、敵の高角砲にさらされながら、いったん突っ込んだやつをまた上昇して、再び直角に突っ込むことを2回までも繰返して、魚雷を命中させて来たというのだ。生死を超越した海軍魂だ。
 
 やれやれと肩を下すと、私は○○兵曹や整備員と一緒に、この機を点検した。
「18発弾痕がありますよ」
 整備員が言う。1発は偵察員が地図を広げていた机を突き抜け、天井を抜けているのだ。偵察員の○○兵曹がにっこりしている。

■4機、遂に還らず

 まだ7機還らぬ。艦橋にも指揮所にも、乗員が鈴なりになって眼鏡をのぞいている。ことに、機を命がけで世話した整備員の胸の中はどんなだろう。
「私らの整備が悪くて、搭乗員を犬死させるようなことがあっては、私らの武士道が立ちませんから」
 口癖のようにそう言い、一緒に戦うんだと言って、白鉢巻をくれたこの人達なのだ。

 艦長も依然として眼鏡を当てて立ちつくしていられる。10分経った。永い永い10分だった。20分経った。還らぬ、つらい。30分、40分経った。
「3機還ったぞッ」
 誰かがどなると、一緒に、皆の眼鏡は一斉にその方へ向いた。

 見張員を残して、着艦した3機の周りに皆駈け集まった。○○兵曹が、指揮官に報告している。
「敵が一機も反撃して来ませんから、張合い抜けがして、少しあちこちを見物して来ました」
 親の心、子知らずというところである。

「フフフフ」と後ろにいる誰かがその声を聞いて笑ったので、皆が噴き出した。
「初めての洋行だからな」
 指揮官が後を受けついで言うと、「ハハハハハ」「ワハハハハ」皆が堰を切ったようにどっと会心の笑声をあげた。

 しかし、残りの4機は、いくら待っても還らなかった。陽は高く昇った。もう駄目だ。
 指揮官が進み出て、黒板に、敵の状態、味方の戦闘情況、味方の損害を詳しく図解して報告すると、艦長は、「御苦労でした」と一言、出発前の心配そうな顔にくらべて、満足そうに顔をほころばせられた。

 入れ替わって第2次攻撃隊が出発した。敵太平洋艦隊の現存兵力に、とどめの刃を刺さんがためである。

出撃する攻撃隊
出撃する攻撃隊



■山本司令長官の電報

「情報であります」
 私室で戦闘地図を広げていると、従兵が得意げに一枚の大きな紙を差し出している。「回覧」と大書して、○○少尉の字がいっぱいに躍っている。いわく、
「ただいま○時○○分、傍受したるハワイ放送局の放送を翻訳す。
一、市民は家の中に籠って外へでるな。
二、よけいな電話をかけるな。
三、戦闘は継続中なるも、制空権、制海権はわが手に握りおれり」

 等々、いちいちあげきれないほど書いてある。英語の達者な○○少尉の頓智だ。さっき聞いたハワイのラジオが、何でもとても怒ってあわてているらしい語調だったが、さてはこれだな、制空権はわが手に握りおれりか、私は思わず噴き出した。

藤田嗣治が描いた真珠湾攻撃
藤田嗣治が描いた真珠湾攻撃



 再び戦闘配置につく。

 第2次攻撃隊が、素晴しい土産を積んで還って来た。敵艦隊や飛行場の壊滅ぶりを、写真機に収めて還って来たのだ。
「敵機が来んので、せめてバチバチやったんですよ」としゃれている偵察員達の会心の作を、早速現像して囲む。
「こいつは俺がやっけたんだ」
「このヒッカム飛行場は俺達の隊だ」
 周囲にどす黒く重油を浮かせて、艦隊の大半は沈没してしまっているオクラホマ型。ペンシルベニア型の舷側高く、魚雷命 中の水柱が凄く上っている。あの写真も、この写真も、米太平洋艦隊全滅の断末魔だ。元気いっぱい、はち切れそうな話がはずむ。

 南の海に静かな落日が来た。渺茫たる大海原にはただ大浪がうねり、一望千里、空との “けじめ” もなく灰色に暮れてゆく。もうこんな夕景には慣れ切っているはずなのに、生まれて初めての不思議な感動が私の身体を走った。

 突然、拡声器がガガガガと鳴った。全身の神経がびいんと張り切った。
「長官告示、長官告示。本日、米英両国に対し、宣戦の大詔渙発せられたり。右、山本連合艦隊司令長官より電報ありたり、終わりッ」

 双眼鏡持つ私の手はかすかにわなないた。姿勢を正して、私は静かに宮城を遥拝した。


炎上するホイラー飛行場
炎上するホイラー飛行場


新聞紙面で見る真珠湾攻撃
●真珠湾攻撃・プロパガンダアニメ映画(1942)
●真珠湾攻撃・プロパガンダ特撮映画(1942)
戦艦ミズーリを見に行く(1942)

制作:2021年12月7日

<おまけ>

 真珠湾攻撃に参加した連合艦隊の陣容をまとめておきます。

【連合艦隊/第一航空艦隊 南雲忠一中将】

■空襲部隊(南雲中将直率)
・第一航空戦隊:空母「赤城」「加賀」

・第二航空戦隊:空母「蒼龍」「飛龍」

・第五航空戦隊:空母「瑞鶴」「翔鶴」
・搭載航空機350機:零式艦上戦闘機78機/九九式艦上爆撃機129機/九七式艦上攻撃機143機
■支援部隊(三川軍一中将)

・第三戦隊第二小隊:戦艦「比叡」「霧島」 

・第八戦隊:重巡洋艦「利根」「筑摩」
■警戒隊(大森仙太郎少将)

・第一水雷戦隊:軽巡洋艦「阿武隈」、駆逐艦9隻(谷風、磯風、浦風、浜風、霰、霞、秋雲、陽炎、不知火)
■哨戒隊
・第二潜水隊:潜水艦 伊-19、伊-21、伊-23

・特殊潜航艇5隻(甲標的5隻)他

真珠湾攻撃から2日後の基地の様子
日本の攻撃から2日後の基地の様子
 
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