貝合せ(かいあわせ)
 女性2人が相抱擁(あいほうよう)して肉情を遂ぐることなり。古くは互い形使用の「ともぐい」、近くは「オメ」と称し、「ト一ハ一(といちはいち)」と称する破倫の行為を言う。
 狂句に「貝合せばかりしている奥女中」と言うあり。
 また「女女」この作字を書きて「貝合せ女2人で向うなり」など言うもあり。古来婦女の遊戯たりし貝合せに擬せしなり。
(注)レズのことです

かかいの祭
 文化131816)年の『俳諧恋の栞』にいわく「常陸筑波(ひたちつくば)明神にあり、かかけ、また、かかいという。男女参詣して自他の男女互いに打混じて暗きに寄合い、目なしとちのごとくしてとつぐとなり」。明治政府の代となりて、風紀取締令のためこのこと廃絶するに至りしと聞く。
「かかい」とは、上古行われたる男女相会(あいかい)して唱歌せし「かがい」の義か。または相抱擁する「かかえ」の転か不詳なり。「かかけ」とは着衣を掻(か)き上げて「とつぐ」の意ならんか。
(注)暗闇の情事です

笠伏せ(かさぶせ)
 凹凸の態度を言うなり。文政21819)年の東里山人著『傾城客問答』に餌差(タカのえさにする鳥を捕える人)の口上に擬せし戯文あり。
「一つ鵯(ひよどり)、二つ梟(ふくろう)、三つ木兎(みみずく)、四つ夜鷹(よたか)、夜鷹という鳥は、日さえ暮れれば、あっちの隅じゃごそごそ、こっちの隅じゃごそごそ、こいつ差いてくりょと、竿さしのべたが、竿は短し、笠ぶせでやりてくれりょ、テンテレツル、テンツルテン」。
 この夜鷹とは昔の辻(つじ)淫売婦を言うなり。笠ぶせとは、雀を捕らうる一法に笠伏せと称することあるにかけたるなり。
(注)売春婦のことです

生買(かたくい)
 酒食せずして、遊女に接するのみの客を言う。昔の遊廓にて行われたる語なり。文化41807)年の並木五瓶著述『誹諧通言』にいわく、「急ぐ客、酒なしに寝るばかりに来る事」。
(注)ムダ金を払わず長逗留しない客のことです

勝絵(かちえ)
 春画を言う。具足櫃(ぐそくびつ)に春画を入れて出軍すれば、必ず勝利を得ると言うより起こりし名称なり。東寺の勝絵といえる宝物は、鳥羽僧正の戯筆になりし滑稽春画の絵巻物なり。
 この勝絵について伊勢貞文などは排斥(はいせき)の説を唱えたれども、強(あなが)ち仮托のたわごととのみ見るべからず。
 男性のみの陣中生活は思想を索漠(さくばく=味気ない)ならしめ、従って精力が消沈するの弊あり。その際、異性の艶姿(えんし)嬌態(きょうたい)を見れば勇気百倍するの利益ありと聞く。
 されば勝絵の称は妄想にも仮托にもあらずとすべきか。
(注)春画のことです

金勢大明神(かなまらだいみょうじん)
 太古以来各地に行われたる男性的生殖器神の名称なり。金勢を「こんせい」とも言い、また「金精」に作るもあり。古くは道祖神(どうそじん)、久奈戸(くなと)の神、幸(さい)の神、御杓子(しゃくし)様、かりた様など呼べり。
 男陰の形状を石または銅鉄にて造り(木刻、土焼、紙張子もあり)、これを神社の神体として奉祀し、あるいは売女屋の神棚に延喜(えんぎ)神として祭りしなり。
 狂句「種々の祈願金勢神も立ちきれず」「寒夜も素肌神棚の延喜帝」。
 左帰丹も地黄丸も、杖にたらぬほどの者も、この神に祈りては、厚紙の障子を裂くと、笠島の神も同じ誓のよし(正徳51715)『艶道通鑑』)。
(注)男性器のことです。原文の漢文は省略

兜形(かぶとがた)
 張形の一部分のごとき物にて、張形と同じく鼈甲または水牛の角にて造りし閨中の淫具。いわゆる「四ツ目屋の七道具」の一種なり。
 古淫書にいわく「甲(かぶと)形は子を孕(はら)まぬための道具なり」。この兜形も張形と同じく支那(中国)伝来の物なるべし。日本にて模製するに至りしは明暦(1655-58)の頃ならんか。
 明治初(1868)年盛んにルーデーサックの輸入ありてこの具廃絶せり。
(注)コンドームのことです

鴨の腹(かものはら)
 若き女の陰毛に手を触れての感じを形容せし語。鴨の腹毛の柔かく滑らかにして手ざわりよきに比して言うなり。
「手を取って子に撫でさせる鴨の腹」などいう川柳もあり。(この句は単に触覚味を穿(うが)てるなりとの説あり。)
(注)陰毛の触感のことです

から込み
 若衆を御する一法として、慶長31598)年の満尾貞友著『醜道秘伝』にこの語の説明あり。
(注)男性同士の際の相手の扱い方です

皮つるみ
『宇治拾遺物語』の法師の談中に「かわつるみ」の語あり。後の学者はこれを手淫の事なりと解するに、『北辺随筆』の著者富士谷御杖はこれを難じて、厠にてつるむの意、すなわち男色の事なりと弁じあれども、「かわ」を皮と見て手淫と解する方、正当ならん。
 山岡明阿弥の『逸著聞集』に「せんかたなくてはかわづるみをしてぞ、せめて心をはらしける」とあり。また手柄岡持の狂歌(『春窓秘辞』に載る所)に「よべ君にへだてらるればあてがきの、皮つるみしてうさをしのびき」とあるも手淫の義とせるなり。伴蒿渓の『閑田次筆』にも「かわつるみは後の書にはきせはぎとも言えり。
 今、千摩(せんずり)というも、そのわざにつきていえり。独淫のことなり」とあり。松岡調の『陰名考』には、「手して男陰の皮を弄(ろう)するわざを古えはカワツルミと言えり」とあり。
(注)自慰のことです

神田ッ子の左曲り(かんだっこのひだりまがり)
 江戸の神田ッ子は陰茎が左に曲れりとの俗説なり。この俗説の起源は未詳なれども、江戸末期の戯作物にこの語を多く使用しあり。
 また狂句にも「神田の祭礼集った左利き」「神田の芸妓も御座敷へ左褄(ひだりづま)」など、左曲りをきかせたるあり。
(注)江戸っ子は左曲がり

菊座(きくざ)
 肛門を言う。菊の門とも称す。肛門括約の状、あたかも菊花の形に似たるをもってなり。陰間(かげま=男娼)の細見記に『菊の園』と題号せるものあるもこれによる。狂態俳句「裏門へ回って菊の根分かな」。
(注)肛門のことです

着せ剥ぎ(きせはぎ)
 手淫を言う。伴蒿渓の『閑田次筆』に「皮つるみは後の書にはきせはぎとも言えり」とあり。また文政(1818-30)頃の写本『三陰諭』には「中つ世にてはきせばきという」とあり。きせはぎは着せ剥ぎなるべし。
(注)自慰のことです

行水(ぎょうずい)
 月経。江戸岡場所の売女が言いし語なり。寛政(1789-1801)頃の版本『部屋三味線』にいわく「御客というものは内へ帰って神棚へも手を上げなさるものだから、行水をことわらぬのは、こっちの罪になるねえ」。
(注)生理のことです

茎袋(きょうたい)
 薄き皮にて造りし陰茎の袋を言う。今のルーデーサック(コンドーム)のごとき物。紐付にて根本に括りつけしなり。
 文政101827)年頃の版行と鑑定すべき『閨中女悦笑道具』と題号せる小摺物(4枚)にその図を描きて「革形、茎袋と言い、茎袋は薄き唐草にて作り、蛮名リュルサックという。淫汁を玉門の中へ濡らさぬための具にて、懐胎せぬ用意なり」とあり。
 ルーデーは独逸(ドイツ)語の男根なりと聞くに、蛮名リュルサックとは奇とすべし。その頃、和蘭(オランダ)人の輸入せしものならん。革形の名称は『花紋天の浮橋』にも記せり。
 ゴム製薄膜のルーデーサックは明治45187172)年頃初めて舶来せしなり。明治71874)年の『東京開化新繁昌記』に、防瘡袋とあり。また拉第薩克(ルーデーサック、訳していわく防瘡袋)とあり。
(注)コンドームのことです

金魚(きんぎょ)
「金魚だ およし 鰻(うなぎ)を入れさせず」といえる狂句あり。この語義察知すべし。赤玉、赤犬、紅葉、日の丸など言えるのと同様の語源なり。
(注)生理のことです

金の輪(きんのわ)
 ここに説明することあたわず。男色に関する猥褻語なり。
(注)男同士に関する言葉です

くなどの神
 男性の生殖器神を言う。『道神考』に「くなとは男陰の義なり」とあり。鶺鴒をにわくなふりと呼ぶは、庭にて陰茎を振る鳥との義なりと聞く。
 このくな、動詞となりて、くなぐ、くなぎと言えば交接の義。くなげ、くながんなどの活用もあり。『古事談』に「大納言(だいなごん)道綱卿の放言して何言を言うぞ、妻をば人にくながれて……」とあり。
 讃岐の阿波に接する山間の者が交接することを今なお「チンポする」と言えり。これくなぐと同様、男陰を主とせること奇とすべし。
 松岡調の『陰名考』に「美斗能麻具波比(ミトノマグバイ)ぞ最も古かりける。それに亜(つ)ぎ(=次)ては度都岐(トツギ)、また久那岐(クナギ)と言う」とあり。
(注)男性器の神のことです

くぼ
 女陰の古名にて凹(くぼ)の義なり。「しなたりくぼ」とも言う。落くぼ、谷くぼなど言える窪(くぼ)も女陰の名義より出たるなりとの説あり。紫貝を「馬のくぼ貝」と言うも、この貝の形状が牝馬(ひんば)の陰部に似たるをもってなり。
 また『新猿楽記』の中に、老女の陰部を「鮑苦本(あわびくぼ)」と書ける由『陰名考』にあり。
(注)女性器のことです

車がかり
 数人の男が熟睡せる女を輪姦することなり。川柳にいわく「寝ごい下女車がかりを夢のよう」「くやしさに下女五人目へ啖(く)らいつき」。
(注)寝てる女性を集団で襲うことです

掛転ばし(けころばし)
 明和(1764-)頃より寛政(-1801)頃まで江戸上野山下の茶屋に居(お)りし淫売婦を言う。
 客が足にて蹴転ばし、チョンの間の遊びをするとの義なり。略して「けころ」とも呼べり。前垂(まえだれ)かけにて茶汲(ちゃくみ)女の姿なりしゆえ、享保(1716-36)の頃は「山下の前垂」と称せり。
(注)売春婦のことです

毛雪駄(けせった)
 女陰を言う。明和(1764-72)の川柳に「牡丹餅(ぼたもち)を食い毛雪駄をつッかける」「炬燵(こたつ)にて毛雪駄を穿(は)く面白さ」などあり。
 昔は毛皮のまま雪駄に造りしもありたり。その形容の名詞なり。
 このほか、毛靴、毛巾着(きんちゃく)、毛桃、毛饅頭(まんじゅう)、毛鞘(さや)など言うも皆同じ女陰の異名なり。
 阿波徳島にては「毛風呂」と称し、これを動詞に活用して、交接をけぶる、けぶき、けぶくと唱(とな)うる由。
(注)女性器のことです

けふくなう
 男陰の古名なりと言う。いまだ考証を得ず。
(注)男性器と思われます

五指娘(ごしろう)
 手淫を言う。俗語の「五人組」を漢語体に美化せしものか。もしくは支那(中国)語の伝来ならん。勝川春草著画の安永(1772-81)版『会度睦裸咲』(えどむらさき)にこの語あり。
(注)自慰のことです

御用の物(ごようのもの)
 張形を言う。天和21682)年版の『好色一代男』に「堺町辺に御用の物の細工人の上手(じょうず)ありける」とあり。
 寛政(1789-1801)版の『見た京物語』には「ところどころ小間物店に6寸ばかりの竹の筒へ、御用の物と書いて張り、正面に出してあり。これ宮仕(みやづかえ)などして、男にあうこと稀なる女の買う物のよし」とあり。
 また元禄(1688-1704)の京版『好色日本鹿子』に、張形屋の店の図あり。その店頭の看板に「御用の物品々」と書けり。元禄81695)年版の『好色旅枕』には、張形の図の上に「これに3名あり、1名は御姿、1名は張形、1名は御用の物」とあり。
(注)張形のことです

根とん(こんとん)
 男女の陰具を併称せし語ならんか。室町時代の古写本『異疾草子』に、半陰陽を発見せし図画を掲げて、「なかのころ、都に鼓(つつみ)を首にかけて歩く男あり。
 かたちは男なれども、女のすがたに似たることどもありけり。人これをおぼつかながりて、夜ねいりたるに、ひそかに衣(きぬ)をかきあげて見れば、男女の根とんにありけり。これ二形(ふたなり)のものなり」とあり。「根」は男根の略ならんが、「とん」の語は解(げ)しがたし。
 また「男女の」の3字を冠せずして、単に「根とん」にては意義をなさざる語なるや否やも知らず。
(注)両性具有のことです