明治「東京」空撮写真
ドローンがなければ気球で撮る

ニコライ堂からの眺望
ニコライ堂から隅田川方面を望む


 かつてNHKが存在していた港区の愛宕山は、江戸時代から眺望の名所で知られています。
 幕末の1863年に来日したスイスの駐日大使エメ・アンベールは、ここからの眺望をイラストで描いています。

 その数年後に来日したイタリアの写真家フェリーチェ=ベアトもまた、ここらの眺望に感動し、カメラでパノラマ写真を撮影しています。「愛宕山から見た江戸のパノラマ」といわれるもので、現在、東京都写真美術館が所蔵しています。構図はエメ・アンベールのイラストとほぼ同じです。1865年か1866年の撮影ですが、これが最初の東京パノラマ写真です。

愛宕山からの眺望
愛宕山からの眺望(エメ・アンベール)


 日本の古写真は幕末からありますが、パノラマ写真は非常に珍しく、極めて少数しか確認されていません。
 1880年(明治13年)に開業した江木写真店は有名な写真館ですが、彼らも愛宕山から撮影した写真はパノラマではありません。

愛宕山からの眺望
愛宕山からの眺望
(国会図書館『東京景色写真版』1893年?より)


 当時、東京中を見渡せる場所といえば、愛宕山か上野くらいです。では、どうやったら俯瞰写真が撮れるのか。ひとつは高い建物を建てることです。
 
 明治時代、東京にあった望楼といえば、富士山縦覧場(浅草、1887年)、凌雲閣(浅草、1890年)、ニコライ堂(駿河台、1891年)が有名です。富士山縦覧場からの眺望写真はおそらく存在せず、凌雲閣からの眺望写真はわずかに残っていますが、いまいちはっきりとした眺めがわかりません。

富士山縦覧場
富士山縦覧場

凌雲閣からの眺望
凌雲閣からの眺望
(国会図書館『日本之名勝』1900年)


 しかし、ニコライ堂からの眺望写真は、非常に質の高いものが残されています。これは1888年、建造中の足場から撮影されたもので、『明治二一年撮影全東京展望写真帖』として残されています。この写真は、『写真・東京の今昔』(1955年、再建社)に掲載されており、本サイトでは、こちらより転載して公開済みです。

 1907年(明治40年)に刊行された『東京案内 上』(東京市編、裳華房)には、東京市役所から撮ったパノラマ写真が載ってるので、こちらも公開しておきます。

東京府庁からの眺望
西側

東京府庁からの展望
南側


 俯瞰写真を撮るもう一つのやり方は、空撮です。ドローンはもちろん、飛行機さえない時代ですが、実は、明治時代初期にはすでに気球が存在しています。
 1877年(明治10年)の西南戦争でも空撮が実施されましたが、これは失敗。現存する気球からの空撮写真としては、1901年(明治34年)12月23日、陸軍砲工学校の卒業式で撮影されたものだとされています。

空撮用の気球
空撮用の気球

 この写真は『日本陸海軍写真帖』(1903年)に1枚だけ記録されています。
 解説には《陸軍砲工学校にて挙行の凧式軽気球にして昇せる軽気球より下図(注・空撮写真)を撮影し下より軽気球を撮影せられしものなり》と書かれており、砲工学校の敷地(現在の新宿区若松町、総務省統計局のあたり)が写っています。卒業式なので、左下に日の丸も見えます。

砲工学校の敷地(現存する最古の空撮写真)
砲工学校の敷地(現存する最古の空撮写真)


 日露戦争が起こる直前の1904年6月、海軍が購入した気球で撮影された写真が、宮内庁書陵部に『帝都俯瞰写真』として所蔵されています。築地にあった海軍大学校の上空から撮ったものです。

『帝都俯瞰写真』を撮影したのは、海軍省の技師である市岡太次郎です。市岡は『帝都俯瞰写真』の成功を受け、日露戦争が開戦すると、旅順で偵察気球に同乗しています。これが日本軍が最初に実戦で撮影した空中写真となりますが、どうやらこのときの画像は残っていないようです。

 ただ、旅順の俯瞰画像はいくつかイラストで残っています。旅順司令部の許諾のもとに描かれているので、空撮写真をもとに描かれた可能性もあります。

旅順鳥瞰図
旅順イラスト


 日露戦争が終わった1906年(明治39年)4月30日、青山練兵場で観兵式が行われました。このとき、中野にあった陸軍の気球班(翌年、陸軍気球隊に改組)が高度500mから式の様子を撮影しています。

日露戦争の観兵式
日露戦争の観兵式


 日露戦争の撮影で活躍した市岡太次郎は、1907年3月に海軍省をやめています。
 その後、市岡が1904年6月に撮った築地上空からの写真が、雑誌『実業之日本』(1910年新年号)に付録として折り込まれています。「軽気球にて空中より撮影したる我帝都東京市の壮観」というタイトルで、解説には、以下のように書かれています。

《本写真は我海軍界に於て写真術の泰斗たりし前海軍技師理学士市岡太次郎氏が軍用空中写真の試験として東京築地海軍大学校前より軍用軽気球に乗じ地上七百呎(注:700フィート=213m)の空中より最新最良の軍用写真機にて撮影せられたるものなり
 実に空前無類天下唯一の珍品にして我国民の縦覧に供せらるるは本附録を以て嚆矢(こうし)とす》

 そんなわけで、上空200mから撮った1904年の東京を一挙公開です。

1904年の東京
全景

1904年の東京
皇居・日比谷方面

(1)皇城
(2)二重橋
(3)桜田門
(4)司法省
(5)帝国ホテル
(6)日比谷公園
(7)裁判所
(8)参謀本部
(9)海軍省
(10)華族会館
(21)十五銀行
(33)日本倶楽部

1904年の東京空撮写真
銀座・丸の内方面

(22)東京日々新聞
(23)農商務省
(24)服部時計店
(25)大倉組
(26)烟草(タバコ)製造所
(27)歌舞伎座
(28)日本銀行
(29)東京府庁
(30)三菱会社
(31)日本郵船会社
(32)東京商業会議所
(33)日本倶楽部

1904年の東京空撮
新橋方面

(11)貴族院・衆議院
(12)東京女学館
(13)高架鉄道
(18)新橋停車場
(19)新橋
(20)博品館
(21)十五銀行

1904年の東京・気球からの空撮
東京湾方面

(14)愛宕山
(15)東京瓦斯会社タンク
(16)芝離宮
(17)新橋停車場の車庫、倉庫

制作:2019年1月5日


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