日本初の個人投資家が教える「起業の教科書」

 人間の社会は狩猟社会、農耕社会、産業社会と進化してきましたが、21世紀の今は情報社会だというのは、今さら語るまでもないでしょう。
 では、この情報社会のビジネスで最も重要なのは何でしょう?インターネットを使いこなすIT力でしょうか? それとも技術力? 企画力? 知力? 営業力? 答えは人によって違うと思いますが、それらを総称して「人間力」としてみましょう。人間力が低いと、会社は簡単に潰れてしまうのです。

第1節 頭で売れても、体では売れない

 失敗例(10)せっかくのエレベーターモデルを理解せず

 J社はソフトウェアを武器として利益率の高い事業をもくろみ、新ソフトを開発した企業を買収しました。

 技術的な評価の結果は抜群に良かったのですが、販売先の確保を怠ったために、計画どおりに売上げることができず、資金を使い果たしてしまいました。

 営業は注文を取りさえすればよいと勘違いし、入金のチェックさえしていませんでした。
 営業部門は計画と実績の差異分析より注文取りに走り、管理が行き届いていませんでした。

 このソフトウェアは単価を低く設定していましたが、年間保守料金を販売単価の20%と設定した、いわゆるエレベーターモデル(エレベーターは1度設置すると、ほぼ建物と同じ寿命をもっており、年間保守料金が継続的に収益として上がる)です。

 ところが買収したときに営業管理部門はこのモデルを理解しておらず、設置先での顧客満足度の継続的測定、保守契約の更新などをなおざりにした結果、保守契約が減少し、買収時の3分の1に減ってしまうまで気がつきませんでした。

 そのため、ソフトウェアのアップグレードと同一顧客の横展開による設置も行われず、買収した金の卵を生かしきれませんでした。

 営業マンは新規顧客を追いかけるばかりで、注文が確定するまでの「詰め」が甘く、計画どおりの受注が得られた試しがありませんでした。

 営業管理が機能していれば詰められるところですが、それも月次で行う態勢になっていなかったので、受注は先細りとなり、ついに資金ショートしてしまい、事業の閉鎖に追い込まれてしまいました。

 この例はベンチャー企業が評価されて買収の出口を見つけることができたのに、買収先との連携が働かず、せっかく開発した金の卵を育てるのに失敗してしまったケースです。

 既存企業の営業力をあてにして事業の拡張を目論見ましたが、管理機能を働かせる戦略をおろそかにした結果が失敗につながった例です。買収の交渉時点では大企業の持つ営業力を夢見ていましたが、それは頭の中にあるだけで、アイデアを実行させるまでにいたらなかったのでしょう。 
 
 J社の事例は買収先の技術力評価が高いことにのみ注目が集まり、自社の強みであるエレベーターモデルを合併先の販売陣で生かすことができませんでした。
 その原因として考えられるのは、J社の経営者は販売の基礎を理解しておらず、合併先の販売力の評価と教育が不十分であったと考えられます。

 加えてJ社の販売管理は弱体で、顧客満足の測定と追跡、ユーザーの横展開による販売増などの努力がなされず、販売員の受注予測を鵜呑みにしていたために、販売計画はいつも未達成に終わりました。合併そのものが安易に行われたので、ウィンウィンwin-winどころか、ルーズルーズlose-loseに陥ってしまったのです。

第2節 人が採れない、育たない、使えない

 社員は顧客価値を生み出す最大の資産ですが、その理解が甘かった会社の事例を3つあげましょう。

(11)K社では事業拡大のため、即戦力となるセールスマンを募集したが、社長が期待する人材がなかなか採用できず、計画した売上げが実現できなかった。高額の給与で中途採用したセールスマンが期待どおりの販売実績を達成できず、8カ月で退社し人件費負担だけが残った

(12)L社では、中途採用に良い人材が集まらないので、社長自ら新卒採用に向けてのリクルート活動をし、インターン制度も設けて新卒社員の採用を行った。
 しかし社内に新卒社員の教育システムもなく、戦力となる人材がなかなか育たない。採用した新卒社員の多くが1年以内で退社となり、採用コスト・育成コストが増大、会社としてのノウハウも蓄積できず、顧客による信頼が失墜した

(13)M社では人が急増しても、マネジメントできる人材がいないため、組織としての機能を発揮することができなかった。経営パートナーとして参加してもらった取締役に対し、経営者としての期待がなく、また、権限も与えないまま、開発・生産・販売責任だけを求めたため、取締役が1期2年で退任してしまった

 創業期の会社に起業家が期待するような人材が集まることはほとんどありえません。

 創業期の会社こそ即戦力となる優秀な人材が欲しいのですが、優秀な人材はよほど起業家の志や理念に惚れない限り、また、その会社の技術力、商品力が世の中を変えるような魅力を秘めていると認識しない限り、採用は無理と考えた方がよいでしょう。

 起業家は事業に惚れこんでくれる友人とあらかじめ示し合わせて、事業が軌道に乗ったら経営チームに入ってもらうよう段取りをつけておくことです。

 創業期企業が常に突き当たる壁の1つが人材確保です。武田信玄の言葉にも「人は石垣、人は城」とありますが、起業家とともに「志・思い」を共有して事業の成功に向けて頑張ってくれるパートナーとしての取締役や社員がいなくては、事業は前に進みません。

 それぞれの取締役や社員の持てる能力を、その1人1人が稼ぎ出せる売上・利益の和で計算したものを会社の資産として考えることが必要です。

 社員をコストとして見るだけでなく、売上と利益をもたらしてくれる資産と常に考え、その能力の向上とその人材の流出を防ぐ努力をしなくてはなりません。ここが起業家の人間としての魅力が問われるところです。

失敗例(11)社長しか商品の販売知識がない

(11)の半導体開発販売会社Kでは、その会社の商品分野に明るい人材を何回も募集しましたが、社長が納得する人材が集まりませんでした。たまたま採用したいと思った人材も最終面接で断られたこともありました。

 その後ようやく技術に関する知識もあり、業界にも人脈がある大手企業の技術系の営業担当者を社長の報酬の2倍の給与で採用しました。

 しかし、ブランド力・組織力のある大企業の営業と、ブランド力も販売促進策もないベンチャー企業の営業とではギャップが大きすぎ、そのギャップを埋めきることができないままセールスを続けましたが、顧客開拓が進みませんでした。

 その結果、彼の採用で期待した売上計画はまったく達成できず、事業の進捗は大幅に遅れることとなりました。そればかりか、彼への給与負担が大きく赤字決算となってしまいました。結局、この営業担当者は8カ月間頑張りましたが退職しました。

 社長はこの事態に早くから気づいていたので、次は代理店の担当部門以外から技術系の営業部員をスカウトし、受注につながるまでの教育とエンジェルによる指導を組み合わせることにしました。

 この事例をもう少し検証してみましょう。

 社長が1人で駆けずり回って、何とか黒字を達成することができ、いよいよ事業拡大の時期に入るかと思わせました。

 社長は技術出身で、事業計画もある程度緻密で、検証もできているかに見えました。
 社長は技術と市場に精通していたので、比較的短期間に売上げを上げることができ、ソフトウェア製品という性格から開発コストも低く抑えられ、比較的人手を要するソフトウェアの制作はタイで行ったため、黒字が早い時期に達成できたのです。

 しかし、この事例で見落とされたのは製品の市場の特殊性でしょう。

 理解度の高い社長が自ら顧客を開拓し、売上げにつなげることができたので、誰にも同じことを期待したのですが、ニッチ市場であるため経験者が見つからず、比較的近い技術と市場に精通している(と思われた)販売員を採用したところ、その困難さに足がすくんで、得意先で十分に製品の特徴を説明しきれなかったのです。
 もちろん顧客から相手にされず、6カ月たっても何の成果も上がらない結果となりました。

 この事例では、社長が自らの成功をマネできる販売員が簡単に見つかると軽く考えたところに問題があります。技術と商品がユニークであるほど、経験者を見つけることは難しいことに気づくベンチャー経営者は多くないようです。販売力不足は致命傷につながります。

失敗例(12)新卒を育てられず、次々に退職

(12)のL人材派遣会社は、従来、中途採用者を活用して事業を拡大してきましたが、社長の期待するような人材が集まらなかったので、思い切って新卒採用に切替えて人材を育てることにしました。
  
 新卒の大学生向けのリクルートセミナーで社長が話をし、社長としての経営理念やビジョン、会社の方向や事業の魅力を語った結果、ベンチャー企業に夢を抱く若者が何名も応募してくれ、そのなかから数人の採用を決めました。

 しかし、初めての新卒を育てる態勢も時間もなく、1週間、会社や仕事の説明、ビジネスマンとしての心構えを研修した後、直ちに売上げ目標を与え、セールス活動に従事させました。

 準備も知識もないまま市場へ放り出された社員は、朝の朝礼で毎日仕事の指示は受けましたが、具体的なセールス活動は試行錯誤の日々となりました。社長も忙しく、社長を慕って入社した新卒社員と話し合う時間もありませんでした。

 新入社員はリクルート時に社長から聞いた経営理念やビジョンとのギャップに疑念を抱くようになり、そして、1年もたたないうちに1人また1人と退職してしまったのです。

 会社は投入したリクルート費用を回収することもなく、退職によって抜けた顧客カバーはできないままに顧客クレームも多発し、その対応のために残った社員が後ろ向きの活動に時間を取られ、前向きの営業ができないというマイナスのスパイラルに陥りました。

 経営理念やビジョンは言葉だけでなく、社長が自ら実行できるものでなければ、社員の信頼を失い、かえってマイナスとなってしまいます。これを実行するためのコスト、準備、マネジメントなど、あらかじめリソースを確保する手段を講じておかなければなりません。

 社長はこの点を事前に考えていなかったために失敗したのです。

失敗例(13)ワンマン社長に愛想を尽かされる

(13)の事例のオフィス用品販売会社M社は、成長期に入り売上げのメドがついたので、中途採用や新卒採用により社員を増やし、組織も見直しました。
 ところが、創業以来社長が1人ですべてのマネジメントをしてきており、組織を作ってもマネジメントできる人材がいないことに気づきました。

 急遽、入社後3年程度の経験者達を実働販売マネジャーに任命しましたが、彼らはまったくマネジメントの勉強をしておらず、プレイングマネジャーということもあって自分のことで精一杯。
 リーダーシップは発揮できず、組織として機能させることができませんでした。

 そこで、社長の人脈で大企業やベンチャー企業で部課長をしていた人材を取締役兼マネジャーとして2名選任し、販売マネジメントを期待しました。

 選任された彼らは取締役として経営参画ができるものと期待し、マネジメントにおいては責任に見合う権限が付与されるものと期待しましたが、経営はすべて起業家である社長の専任事項でした。
 提言や意見も言えない、マネジメントについても責任だけ追及されて権限がゼロという実態に愛想をつかし、取締役の任期である1期2年の区切りで退任してしまいました。

 この事例はワンマン社長が思いどおりに経営ができると勘違いしたものです。

 組織が大きくなったときの経営がどのようなものか考えもせず、1人で牛耳ろうとしたところに間違いの根本があります。ワンマン経営者は大きな組織を動かすことができません。パートナーや部下に権限を委譲し、職務を分割する規定を作らなければ、組織運営はできません。
 起業前に、それができる人材を確保しなければならないのです。そこには起業家の人間力が必要なのです。

第3節 顧客の偏りが失敗につながる

 創業期は仕方ないのですが、顧客の偏りは大きなリスクとなります。このことを以下2つの事例で説明します。

(14)N社は特定の大手取引先で売上げシェアの2分の1ほどを占めていたが、大手取引先の社長が代わり、経営戦略の変更にともない取引が中止になった

(15)O社は、顧客を社長の人脈で開拓してきたが、顧客の増加とともに社長のフォローが少なくなり、それにともなって該当顧客からのリピートオーダーが少なくなってしまった

 BtoBのビジネスモデルでは、創業期に特定の顧客が応援してくれたり、特定の顧客ニーズにきめ細かく応えたりすることにより、売上げ全体に占める特定顧客の比率が高くなることが多々あります。

 この時期、特定顧客が大企業や上場企業だったりすると、会社の信用につながるので、創業期の企業にとっては大変ありがたいお客様です。

 しかし、大きな会社は社長交代や経営戦略の変更、取引窓口の責任者の人事異動で突然取引が停止になったり、減少したりするリスクが大きいことも事実です。

失敗例(14)取引先の方針変更で取引が大幅減

 通販カタログやフリーペーパーを配置する事業を展開していたN社は、全売上げの30%あまりを特定の大手企業に依存していました。
 
 ですが、紙媒体のカタログからテレビやインターネット媒体に広告の軸足を移すという顧客の広告戦略転換により、その売上げを大きく減らすことになりました。取扱量は3分の1に減少してしまったのです。

 さらにこの会社は、全売上の10%程度の売上比率を持つ大手顧客が社長交代したことで、さらに売上げを落とすことになってしまいます。
 新社長の方針で原価削減に取り組むことになり、先方の担当者が競争会社と相見積を取った結果、競争会社に発注が切り替わってしまったからです。こちらの売上げはゼロとなってしまいました。

 時代の流れが紙媒体から電子媒体に代わることを見抜かなかったこと、顧客満足の測定を怠ったことがN社の失敗の原因ですが、売上げの30%を占める顧客の動向は会社の死命を制することに気づかなかったのは迂闊でした。

 顧客のトップが交代するときには、会社の方針が変わるのではないか、と考えて十分な情報収集が必要です。これは事前に調べておけることではなく、事態が変わったときにすばやく行動すべきことです。

 現状維持を前提にすることは何事でも警戒しなければなりません。状況は常に変化するので、柔軟に対応できるよう、社員を教育しておかなければなりません。

失敗例(15)社長のフォローがなくなって取引減少

(15)の事務用消耗品の販売会社Oは、創業以来、社長の人脈と社長の足で顧客を開拓してきました。
 御用聞きのように足しげく社長が顧客を訪問して営業活動している間は継続的な注文をもらえましたが、社長がさらに幅広く活動できるよう、新たに雇用したセールスマンにそれらの顧客を任せたのです。
 
 そこまではよかったのですが、客先から見ると新しいセールスマンは頼りなく、社長のフォローがなくなったため、取引量が減少したのです。特定の顧客のニーズにきめ細かく対応して、その顧客のもつ顕在・潜在ニーズを取り込んで事業を拡大することは大切ですが、その顧客を失うリスクを常に考えておかなくてはなりません。
 その顧客が、未来永劫、当社の顧客である保証はどこにもないのです。

 顧客をつなぎとめるためには、顧客満足を追求することが必要です。社長の代わりをさせるためには、担当者にも社長と同じような権限を与えるか、成長を見届けるまで同行するか、定期的に自ら顧客を回って満足度を確かめるなど気を配る必要があります。

第4節 株主は決して無視してはいけない

 株主への情報開示がなく、説明責任を果たしていないために、投資の見送り、投資の引き上げが発生した例をあげます。以下は2つの会社で実際に起こったことです。

(16)P社は90%以上の株式を創業者が保有しており、株主総会を開催しないで、決算承認、自己宛ストックオプションの付与、特許権担保による借入れ、他社との共同事業契約の締結など重要な事項を勝手に決定した

(17)Q社は経理・会計処理全般を税務事務所に業務委託しており、経理担当者が総務担当者兼務であったので、決算内容を、社長も担当取締役も適正に把握しておらず、投資家の説明要求や質問に対応できなかった。
 さらにQ社は定時株主総会を会社法の定める決算日から3カ月以内に開催せず、株主の開催要求に応えてようやく6カ月後に開催したが、やはり決算書の内容についての質問に的確な答えがなかった

 起業家のほとんどが私財のすべてを投じて会社を設立します。その後も、乗っ取られないように起業家の持ち株比率が全株式の3分の2以上となるように資本政策を行うことが多いでしょう。
  
 起業時の「志、思い、ビジョン」実現のためと、事業成功に向けての起業家の努力へのリターンを考えれば、起業家の持ち株比率をできるだけ高く保つことは重要なことです。

 しかし、一方では第三者から資金調達をしたとたん、起業家は投資家に対して経営についての情報開示と説明責任を負うことになります。
 会社の営業状況、資金調達やキャッシュフローの状況、会社の決算情報、役員や社員の状況、会社の抱えるリスクなどはできるだけタイムリーに透明性をもって開示し、説明しなくてはなりません。

失敗例(16)重要事項を株主抜きで勝手に決定

 社長が持ち株の90%以上を持つP社は、残り10%をエンジェル投資家から出資してもらっていましたが、「株主総会を開催しても自分が議案を提出し、自分が賛成すれば何でも決定できる」といって、他の株主の要求を無視して株主総会を開催しようとしませんでした。

 株主総会議事録には「決算承認、特許権担保の借入れ、自己宛ストックオプションの付与」などが、株主総会参加者全員の賛成をもって可決したと記載されていました。この起業家の会社法を無視した経営に対して株主は完全に見放し、その後の第三者割り当てへの応募、経営支援要請への対応は実現しませんでした。
 
 その結果、この会社は創業から7年目を迎えるのに、いまだに経営者1人で個人経営にも満たないレベルで事業を行っています。

 P社の社長は経営の独立をはき違え、会社法さえも無視した独善経営に走ってしまいました。他の株主のいない、出口を目指さないオーナー経営でも、会社法無視は許されません。

 ましてや複数の株主がいて出口を目指すP社においては、会社法を無視することは許されず、組織経営は適法に行わなくてはならないはずです。90%の支配権をもっているとはいえ、会社の状況を開示し、他の株主に対して事業の進展状況を報告することは、経営者としての善管注意義務にあたります。

失敗例(17)会社の財務状況がわからない社長

 次のQ社は典型的な技術者起業家が創業した会社です。

 第2回目の資本調達をエンジェルから行ったこの会社は、経理・会計一切を税理士に委託しており、資本調達時の「損益計算書・貸借対照表」の作成も税理士にお願いしていました。

 その結果、社長も担当の取締役も決算内容を十分把握しておらず、資本調達のための説明会での説明も要領を得ず、また、質問への回答も的を射ない事態が発生しました。残念ながらこの段階で何人かの投資家は投資を断り、当初計画していた資金調達は実現しませんでした。

 その後、12月決算のこの会社は、決算から3カ月以内に定時株主総会を開催しなくてはならないという会社法の定めにもかかわらず、株主の要求があってようやく6カ月後に株主総会を開催しました。
 社長の営業報告は相変わらず要領を得ない上、決算内容の売掛金、前払い金、固定資産等に不透明なところがありました。

 後日事実を確かめた上で適正な開示をするとの説明もなく、第1回の資本調達時に説明のあった「事業計画書」との間に大きなギャップが発生したので、一部の株主が投資株式の買戻しを要求しました。

 ほとんどの起業家は創業時に自己資金と家族、親戚、友人から資金調達をして会社を設立します。できれば、その資本金がキャッシュとして残っている間に売上げが計上できるようになればよいのですが、差別化できる技術を中心に商品開発から始める起業は、多くの場合途中で何度か資本調達が必要になります。
 
 ロードマップに基づいて、それぞれのステージで調達する資本金を資本政策として策定しますが、資本政策どおりに資金が集まらないとなると商品開発は大幅に遅れるか、最悪の場合は倒産ということになりかねません。

 実際、いずれどこかで社外の資金を入れないと事業のスピードと規模の拡大が難しくなります。
 
 技術がどんなに良くても株主や取締役や取引先の話を聞こうとしない起業家、自分の会社だからどのように経営をしてもよいと考える起業家、自分自身の得だけを考える起業家には、1回は投資しても2回目以降の投資をすることはありません。

 会社が成長し利益が出るようにならなくては銀行も融資してくれませんから、結局会社は細々と生業を営むか、倒産をするしかなくなります。
 
 ロードマップのそれぞれのステージで計画した資金調達が確実に行われるためには、経営の実態が透明性をもって開示され、株主等のステークホルダーにわかりやすく説明して理解と納得を得なくてはなりません。そうでなければ、既存の株主も投資の引き揚げを要求するでしょう。

 ベンチャーキャピタルが投資をしていれば、透明性のある開示と説明の要求はもっと強くなります。

 さて、Q社は第2回の資金調達を1株25万円で行いました。当然会社の将来価値を見込んでの金額ですが、将来価値がいくらあるといっても、会社が描くロードマップどおりの成長があることが前提です。

 いま会社がどのようになっているかは、決算書や事業報告書に記載して株主に開示するわけですから、これが不適正で、不透明であれば会社の継続は危ぶまれます。
 
 結局、Q社は計画した資金調達を実現することができませんでした。その結果、商品開発や販売チャネルの構築に遅れやトラブルが発生し、売上げの停滞により累損が発生し、第3回の資本調達ができない状況にあります。

第5節黒字の落とし穴

失敗例(18)必要投資、必要経費のカットで利益創出

 投資家への報告をGood Newsにするため、あるいは資金調達を容易にするため、会社の決算を黒字にしたいと思うのは経営者として当然のことです。それは成功を意味するからです。

 しかし、次のような例では決算の見かけ上は黒字となりますが、会社としての体質は弱体化し、必ずしも成功とはいえません。もっとも警戒すべきことは、この結果経営トップにGood Newsだけが報告され、Bad Newsが隠蔽される体質になることです。

 以下はある会社Rで実際に起こったことです。

 ●会社が発展期を迎えても、情報システムが企業経営のインフラであるという重要性を理解せず、社内外の情報処理を弥生会計ソフトとインターネットメール、エクセル処理にとどめた。
 この結果、月次・四半期・年度の決算処理が遅れ、正確性の点からも問題となった。また、社内での情報の共有化ができず、販売やサービス情報の管理が不十分であったために顧客対応等が遅れ、経営効率を阻害した
 ●総務・人事・経理等の日常業務を社外に委託し、管理部門の人員を最少にして経営をしてきた。いわゆる内部統制に必要な態勢を構築せず、経費をかけない経営を行っていた
 ●株式公開を前提にした報酬もストックオプションもなしで、投資家に社外取締役・監査役への就任を依頼した
 ●社員の給与体系は裁量労働制とフレックスタイムの組み合わせで、サービス残業も発生していた。ベンチャー企業の厳しさと成果主義を悪用した結果、社員の動機づけができず、やる気をなくした社員が多発した
 ●社員数が増加してパソコンの台数が増えたにもかかわらず、業務に使用するソフトウェアを1つだけ購入し、コピーして使用していた

 企業は仕入先と契約するにしても、資本調達をするにしても、銀行から融資を受けるにしても、会社を信頼してもらう証として「損益計算書」や「貸借対照表」等の財務諸表を開示することが求められます。

 会社の決算結果が何年か継続して黒字であれば、取引量の拡大や投資のための資金調達、運転資金のための融資が実現し、企業の成長・発展が可能となります。

 成長期から発展期を迎える企業は常に資金を必要としており、何としても売上げと利益の拡大、黒字決算を続けなくてはならない重圧にさらされます。
 無駄な出費は1銭たりともしないと、トップ自ら売上げと利益に強い関心を持って日々の経営を進めていますが、往々にして経営者として重要なことを忘れてしまうことがあります。

 この会社は、社長の率先垂範による頑張りと社員の努力で創業6年目に10億円の売上げと1億円近い営業利益を上げるまでになり、少なくとも3年後には株式公開を目指そうということになりました。

 さっそく会計監査人のショートレビューを受け、あわせて証券会社に公開に向けてのコンサルティングを依頼しました。その結果、会計システムを中心とする情報システムの整備、企業規模にあった内部統制の確立、必要経費の適正な支出等を求められました。

 この会社は創業以来、経理システムとして「弥生会計」を使用していましたが、統合情報システムを検討することになりました。仕入・在庫・販売・物流・顧客・クレーム・給与・会計等各システム間の連携をとり、1回のインプットで情報を連動させ、正確性と迅速性、効率性を求めることにしました。

 しかし、システム構築のための投資金額も大きく、そのために行う社内の業務標準化、規程の作成、システム構築への参加と大きな負担がかかり、本業である販売の停滞、売上げの低下が発生しました。

 一方、内部統制の仕組みや態勢の構築、株式公開の準備に向けての態勢の構築のため、株式公開準備室と総務部を設置し、従来3人で行っていた管理部門を8人態勢としたため、人件費が急増しました。

 さらにこの会社は4期目以降、販売人脈の確保のため株主から社外取締役を、コーポレートガバナンスのある企業体質を構築するため社外監査役を選任しましたが、役員報酬なしで交通費等の実費のみ支払っていました。

 加えて、事業の多角化にともない社員を多く採用しましたが、バンドルされたソフトウェア以外はコピーや評価版を使っていました。企業が成長し発展するためには、常に企業を取り巻く環境の変化、市場の変化、顧客のニーズの変化を先取りし、これに対応して技術開発、新商品開発、新事業開発、システム改革などへの投資が欠かせません。

 企業が急成長するときに、急成長に追いつくマネジメント態勢、ビジネスインフラの構築がなくては、急成長はたちまちリスクに変わります。ところが、多くの起業家は目先の利益、損益計算書の黒字化だけを考えて投資や必要経費への支出が遅れがちとなることが多いようです。

 特に、社内の管理の仕組み、すなわち内部統制に対する投資が遅れるケースが目立ちます。

 結局、R社の7年目の決算は売上げの横這い、原価のアップ、販売一般管理費の急増で利益はマイナスとなってしまいました。キャッシュフローも悪化して銀行借入れをしましたが、赤字決算だったこともあって借入れ条件も悪化しました。

 そして、残念なことに、今後の投資と必要経費を適正に見積もると、2年後に株式公開をしても継続して適正な利益を計上することが極めて困難であることがわかりました。

 今まで儲かっていた、黒字であったという背景には、会社が継続して成長・発展をするための投資をしなかった、つまり会社が社会的存在として世の中から認められるために必要な経費を切り詰めてきたことにあったのです。

第6節 アウトソーシングの難しさ

 経理、総務、人事業務などを外部委託した場合でも、業務の内容に精通した人材を社内にもたなくてはならないことは言うまでもありません。いわゆる丸投げでは、会社として業務の統括ができないからです。

 委託するのはあくまでも事務作業であり、その結果は会社がすべて把握していなければなりません。専門化された業務委託先が整備された昨今、いわゆるアウトソーシング(業務の外部委託)は経費節約の観点からみて好ましいことですが、内容に誤りがないか、委託費用は適切か、など会社としての判断が適切に行われて初めて経営の統制がとれるのです。

 このことは製造をアウトソースするいわゆるファブレスのメーカーにも共通しています。すなわち、工場を持たないファブレスメーカーは材料、部品の購入、その仕込み、在庫管理、製品の品質管理に関する判断と決定は会社が行わなければなりません。
 経営の責任と顧客に対する納入責任は会社にあるからです。

 株式公開をするということは、今まで以上に企業の社会的な責任を、株主はじめステークホルダーズから要求されます。そのためのコストを織り込んだ上で、R社の場合は1億円の営業利益が必要でした。

 株式公開に向けては、会計監査人や主幹証券会社の監査や指導を受け、株式公開に耐えられる体質を作るコストがさらに必要となります。このコストを吸収してなお利益が出る企業体質が要求されるのです。

第7節 安易な公開を防ぐチェックポイント

 参考までに、日本証券業協会から2006年8月に「安易な公開を防ぐ上場審査強化」のチェック
ポイントが発表されているので掲載します。

 ●企業統治や情報開示
 ●取締役会の機能など企業統治の状況
 ●業績修正など重要事実の適時情報開示
 ●反社会的勢力の経営介入防止
 ●法令順守を確保するための態勢
 ●震災時などの安定的な事業継続態勢
 ●上場後の業績見通しやビジネスプランの妥当性
 ●上場時に調達する資金使途の適正性
 ●経営成績や財政状況

 株式公開を目指す起業家は、創業時から事業のステージに応じた投資・必要経費を「ビジネスプラン、資本政策」に織り込んで、それでも継続して黒字の出る経営を行うことが必要です。

 これらを無視して開発第一、利益第一の立場を取ると、R社のような結末になりがちです。ちなみに、IAIジャパンのようなエンジェル団体は、情報開示、コンプライアンスなどのガバナンス態勢について、次のような立場を取っています。

「社内ガバナンスは、創業者自らが創業以前から覚悟を固めて実行し、パートナーや社員が入ってきたときに、社長を見習ってそれらを実行するような文化を定着させることが必要である」

第8節 市場は予測どおりには立ち上がらない

失敗例(19)ベンチャーキャピタルから見殺し

 続いて、日本の例ではなく、アメリカの例を2つほどあげてみましょう。

 私がLSIロジック時代に知り合ったスタンフォード大学卒業の秀才が、同じくLSIロジックで開発技術者だった友人とデジタルテレビのLSIを開発するベンチャー・テラロジック(TL)社を興しました。1997年のことです。私はTL社の社外取締役になっており、この会社を熱心に支援しました。

 当時、NHKのハイビジョンが実用化され、すべてのテレビはいずれデジタル化されると予測されていました。2000年にはNHKの衛星チャンネルはデジタル化され、民放チャンネルもデジタル放送が始まりました。
 3年で1000万世帯がデジタルテレビに加入するという目標が設定され、それまでハイビジョンのみであった高精細テレビが、地上波も含め多チャンネル化に向けて市場が一歩踏み出されたかに見えました。

 TL社はこの大きな波に乗るべく、シリコンバレーのベンチャーキャピタル3社から出資を受け、順風満帆の航海に出たかに見えました。

 典型的なファブレスLSIメーカーとして、単にLSIを開発するだけではなく、顧客がテレビを開発するのに必要なプラットフォームとしてのシステムを設計し、試作品とともに顧客に提供しました。このシステムを1台800万円で数台販売して初期の売上げも達成できました。
 
 LSIロジック時代の人脈を生かし、日本の事業パートナー2社から出資も受け、事業は順調に進展するかに見えました。まずは安価なセットトップボックス(STB)が売り出され、顧客の販売も徐々に立ち上がるかに見えました。
 
 しかし、デジタルテレビの普及は予測どおりには進まず、新市場に典型的なマニアだけが購入し、大きな波は来そうにありません。
 売上げは思うように伸びないのに、顧客は次期製品に向けて、高機能のLSIを求めてきます。開発費がかさみ、調達した50億以上の資金も底をつきそうです。

 ベンチャーキャピタルにはこれ以上の資金は出せない、出口を探せと突き放され、TL社の取締役会はM&Aの道を探ります。インテル、テキサスインスツルメント、モトローラなど著名なLSIメーカーの他、ベンチャー企業であるオークテクノロジー社も買収に手を上げました。

 TL社の技術はなかなかの優れもので、ベンチャーキャピタル各社はいずれ市場が立ち上がったときには実用になると確信していたようですが、資金を追加することはありませんでした。

 3カ月以上交渉を続けた結果、オークテクノロジー社の条件がもっとも有利であったため、取締役会はオークテクノロジー社への売却を決定しました。売却額は投資総額の約3分の1でした。
 経営陣を信じ、市場に確信のあった私は期待を裏切られてとてもがっかりしました。TL社は私がエンジェルとして支援したベンチャーの第1号だったからです。

 後でわかったことですが、ベンチャーキャピタル3社は売却で手にした金額をすべてオークテクノロジー社の株に替えていたのです。
 買収直後株価を大きく下げたオークテクノロジー社は、その後、ゾラン社に買収され、2011年に全面デジタル化に向けて伸び始めたデジタル化の波にうまく乗りました。

 ベンチャーキャピタル3社とも株価が6倍になったところで売り抜け、結局、当初出資額の2倍のリターンを得たそうです。ベンチャー投資家として駆け出しであった私は開いた口がふさがりませんでしたが、貴重な経験ともなりました。

 冷静に判断すれば、デジタルテレビ市場はいつか必ず立ち上がって成長することはわかっており、顧客の評価から、同社の技術は差別的な強みを持っていることも明らかでした。

 したがって、同社を買収したオークテクノロジーが豊富な資金を投入して開発を続ければ、マーケットウィンドウが開いたときに大きく成長する、と考えるべきだったのです。当時駆け出しのエンジェルだった私は、投資した資金の3分の1しか戻ってこなかった衝撃に、気が動転して、冷静な判断ができませんでした。

 ちなみに日本で同社に出資した別のベンチャーキャピタルも私と同じ行動をとって、資金を減らしたままに終わったそうです。

 TL社の社外取締役の経験から学んだことは他にもあります。それは起業家として支援者とどう付き合うか、ということです。
 
 TL社を起業したのはLSIロジックから転じたペン・アンと同社のコンサルタントをしていたジョン・キャスターの2人です。2人とも人柄がよく、技術者と経営者とのコンビとしては申し分なかったといえます。取締役会はこの2人とベンチャーキャピタル代表の3名、それにエンジェルの私と弁護士のセクレタリの7名でした。

 ベンチャーキャピタルの代表は半導体業界に詳しく、また顧客の人脈も豊富でした。経営陣は極力これら社外取締役と良好な関係を維持しようとし、その結果、有力な支援を引き出すことができていました。

 起業家のなかには社外取締役は口やかましいお目付けと位置づけ、できるだけ口出ししてほしくない、と思う人が少なくないように思います。

 ですが、資金と経営支援は車の両輪であり、資金さえ出してもらえればあとは任せてもらいたい、という考えは正しくないと思います。せっかくの支援のための口出しはありがたく受け取ることが得策でしょう。
 ちなみにジョン・キャスター夫婦とは今でも家族ぐるみで付き合っています。

失敗例(20)資源分散で価格競争に敗れる

 私が初期に支援したもう1つの例はネオパラダイム研究所(NPL)です。
 
 アプライドマテリアルズの同僚の紹介でしたが、通信技術と画像処理技術を組み合わせ、簡易テレビ電話を実現しようと始めたベンチャーです。
 通信の技術は、当時普及し始めた高速インターネット接続に使われるLSIにも応用し、画像処理技術は液晶モニターの精細度向上LSIにも応用しました。

 ベンチャー企業として3本の柱を持つことは資源の分散につながり、虻蜂取らずになることを技術出身の社長は気づかなかったようでした。

 開発は最初のうち順調に進み、製品を顧客に評価してもらうところまでは成功したかに見えました。顧客の評判も悪くなかったので、あとは量産して売上げにつなげるだけと取締役会もあまり心配はしていませんでした。
 
 しかし、現実はそれほど甘くはなく、巨大市場である通信用LSIは参入したメーカーがシェア争いに走り、価格競争の様相を呈し始めました。

 当然創業期のネオパラダイム社は売上げを利益につなげることができず、赤字に転じます。

 運に見放されると悪いことが続き、液晶モニター向けのLSIに設計上の欠陥が見つかり、顧客から返品が相次ぎました。

 悪いことは重なるもので、経営チームであった営業担当の副社長がリー社長に愛想を尽かして、競争相手に転職してしまいました。

 おまけに顧客をネオパラダイムから奪ってしまいました。追加資金を調達しようとしたリー社長の知り合いには、あることないことを吹き込まれ、資金が集まらず、ネオパラダイム社はあっけなく倒産してしまいました。
 私がつぎ込んだ資金はもちろん戻ってきませんでした。

 NPL社の事例から学んだことは経営チームの大切さです。ちょっとしたことで意見が行き違っていさかいになるようでは、チームとはいえません。

 創業者が社長である場合(ほとんどの創業期企業はそうですが)、その指導力がチーム形成に大きく影響します。

 指導力の要件は意思の疎通、経営のビジョンの明確化、経営者としての覚悟、カリスマ性、挑戦心、勇気、紛争解決などですが、このどれが欠けてもチームを作り上げ、円滑に運用することはできません。

 創業しようとしている起業家には将来の経営チームをどのように作るか、創業前に予定しておくことを勧めます。できれば、創業の企画にほれ込み、いずれはチームに参加してもらえる友人を探しておくべきです。

 その意味ではTL社の創業者2人のチームは強い絆で最後まで結ばれていました。
 
 インテルの創業チームは長期にわたってトロイカ方式の経営を続けました。マイクロソフト、アップルなどの企業が成功したのも、カリスマを持った経営者の周りで、創業チームの協力があった賜物といえるでしょう。