日本初の個人投資家が教える「起業の教科書」

 本書は私が半導体業界で過ごした50年の経験から書いたものです。
 その間、技術の変遷でいえば、ゲルマニューム・トランジスタから、バイポーラIC、CMOSIC、LSIと目覚しい発展をとげた産業の歴史を体験することができました。

 技術者として入社し、事業を経営することもできました。日本企業とアメリカのベンチャー企業の違いも経験しました。半導体産業はベンチャービジネス抜きには語れません。

 実際、私もキャリアの最後の段階ではシリコンバレーのベンチャー企業の日本法人を起業させてもらい、10年間で100億円のビジネスに拡大させることに成功しました。M&Aによって創業株の値段が600倍になるというアメリカンドリームを体感することができました。

 もちろん、この果実は私1人の力で作れたものではなく、周囲の人たちに支えられたからこそできたものです。キャリアの果実を独り占めするのではなく、新しく起業する人たちと共有してこそ、私の倫理観が結実するのだとの信念から、果実の約半分をエンジェル活動の原資に使うことにしました。

 本書は、その原資を投資するにあたって、私がどのような起業家を選んできたか、という観点から書いたつもりです。

 その観点をまとめると、投資できる起業家とは、

 ●経営チームを作れる人物であり、
 ●ビジネスアイデアだけでなく、市場、顧客、競合を理解し、そこで事業するにあたってのリスクを見分けることができ、
 ●得意な専門性を発揮でき、
 ●他人とコミュニケーションが取れ、
 ●挑戦心があって、
 ●リーダーとしてチームをまとめて紛争があっても解決でき、
 ●出資者に対して経営情報を開示できる。

 こんな起業家には投資できると言えます。世の中にこれだけの資質を備えた人がどのくらいいるのかわかりませんが、1人ですべて備えていなくても、経営チームとして揃えばよいのです。

 すなわち、創業時に必要な資質を備えた起業家が、事業の進展にともなって、必要な資質を備えたパートナーをチームに加えられれば、投資できる起業家チームといえるのです。

 投資できる起業家は稀であるのに対して、投資できない起業家はたくさんいます。本書では私が経験したすべての失敗例を21にわけて取り上げましたが、事例に出てきたほとんどの起業家は投資できないタイプに当てはまります。

 それらの起業家のタイプをまとめると、

 ●思い込みが強く、他人の助言に耳を傾けない
 ●事業のタネに執着しすぎて、市場と顧客が見えない
 ●巨大な市場で既存のビジネスモデルをマネれば、少しでもシェアが取れると思っている
 ●ガバナンス、コンプライアンスなどは成功してから取り組めばよいと考え、当面は利益を出すことに専念する
 ●特許等の知的財産権が唯一の差別化であると信じ、原資をそこに集中する
 ●他人を信頼できず、すべて自分でこなす
 ●準備は必要なく、事業を始めてから計画すればよいと考えている

 といった感じでしょうか。

 以上のタイプの起業家には、当たり前ですが投資できません。
 起業を志す人は本書を読んで、自分がどのタイプか、自己改造ができるか、などを熟考の上、起業準備を始めてほしいと思います。本書がそのような方たちのために役立つことを念じて、本書の幕を閉じたいと思います。

 なお、本書の執筆に当たっては、IAIジャパンのエンジェル研修グループメンバーの熱心な協力があり、特に江田實、大橋克己、小澤哲史、平松良文、三澤正弘、宮崎高嶺の各氏には、失敗事例、ビジネスモデル、事業計画などの知見を提供していただきました。ここに深甚の感謝を申し上げます。