鉄道唱歌
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鉄道唱歌・完全版
新橋駅を出る汽車
明治32年(1899)に発表された『鉄道唱歌』。「汽笛一声新橋を」でおなじみですが、全文読んだことのある人は少ないのでは? 実は『東海道』『山陽・九州』『奥州線・磐城線』『北陸地方』『関西・参宮・南海各線』の全5集もあって、本当は日本中をめぐる“地理教育の歌”だったんですね〜。
オリジナル版。表紙には「地理教育」と書かれています
作詞は大和田建樹(たけき)。 曲はすべて2バージョンずつあるんですが、多梅稚(おおのうめわか)のものが一般的です。
曲は常に2パターンありますが、有名なのは上の方
もともとこの歌を作った出版社が倒産し、版権を譲り受けたのが楽器商の三木佐吉でした。三木は、列車の借り切りや音楽隊の演奏などの大宣伝を繰り返し、そうした努力のおかげで、この曲は大人気を博すことになるのでした。
そして、あまりの人気に、その後、作者自ら膨大な改訂版や亜種を出していくのです。いわゆる「鉄道もの」や「旅行もの」は以下の通り。
●明治39年『満韓鉄道唱歌』
●明治39、40年『北海道唱歌』
●明治40年『内地旅行唱歌』
●明治40年『韓国旅行唱歌』
●明治40年『満洲旅行唱歌』
●明治40年『汽車汽船日本一周唱歌』
●明治40年『地理教育東洋一周唱歌』
●明治41年『伊予旅行唱歌』
●明治41年『大阪市街電車唱歌』
●明治42年『阪神電車唱歌』
●明治42年『名古屋唱歌』
●明治42年『東海道唱歌 汽車』
●明治42年『山陽線唱歌 汽車』
●明治42年『九州線唱歌 汽車』
●明治44年『訂正鉄道唱歌』(鉄道唱歌の改訂版)……
このなかで『汽車』シリーズは『鉄道唱歌』と比較する上で非常に重要な作品とされています。
『鉄道唱歌』1ページ目
『汽車』シリーズの1ページ目(『なつかしの鉄道唱歌』より転載)
ついでに書いておきますが、大和田建樹はさらに以下のような亜種を大量生産しています。驚くべき創作力ですな。
●明治33年『世界唱歌』
●明治33年『海事教育航海唱歌』
●明治35年『風景唱歌』
●明治35年『富士唱歌』
●明治37年『運動唱歌』
●明治38年『郵便貯金唱歌』
●明治40年『地理教育物産唱歌』
●明治40年『内地旅行唱歌』
●明治41年『帝国唱歌神武天皇』
●明治41年『工業唱歌』
●明治42年『公園唱歌』
●明治43年『愛知県唱歌』……
『物産唱歌』『内地旅行唱歌』『神武天皇』
さて、この唱歌シリーズは非常に売れたため、大和田建樹以外の人間が似たような作品を大量に発表し、また多くの替え歌が流行しました。
最も早い時期の替え歌は、オリジナルの『鉄道唱歌』が発表されたすぐ後、雑誌『団団珍聞』(明治33年12月22号)に掲載された『鉄道笑歌』です。
1 汽笛一声新橋を あまたの客は出かけたり あたまの網に積み上げる 棚の荷物は山をして
2 楽は上等寝台付き 二重回し(和服用の外套)の客ばかり 次は中等腰掛ける まだ身代のよい客よ
3 下等は安く品悪く 土方もいれば車夫もいる スリはどなたもご用心 笠は同者か講中か(以下略)
なお、明治33年にはすでに『地理教育鉄道唱歌』というタイトルまでそっくりな二番煎じが出ています。このほか、
●明治33年『鉄道軍歌』
●明治37年『日本風景唱歌』文部省
●明治38年『国民歌唱世界万国』文部省
●明治38年『電車唱歌』
●大正06年『旅行の友』
●昭和13年『航空唱歌』山田耕筰、西條八十
完全パクリの『地理教育鉄道唱歌』『鉄道軍歌』『旅行の友』
などなど数え上げたらきりがありません。
昭和4年になると、鉄道省が『新鉄道唱歌』を発表し、大阪毎日新聞と東京日日新聞が共同で出版しています。
続いて、昭和12年にはNHKが『国民歌謡』枠で『新鉄道唱歌』を発表、これが戦前までの鉄道唱歌の歴史です。
鉄道省『新鉄道唱歌』
そんなわけで、こうした唱歌の中から鉄道の関係するものを一挙公開していきます!
画像付き
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東海道編1
(新橋〜岐阜)
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東海道編2
(大垣〜神戸)
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山陽・九州編
(神戸〜長崎)
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奥州・盤城線編
(上野〜青森〜上野)
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松島船あそび
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北陸地方編
(上野〜長野〜新潟〜金沢)
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関西・参宮・南海各線編
(大阪〜伊勢〜和歌山)
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奈良めぐり
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電車唱歌
(東京の電車めぐり)
画像なし
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訂正・鉄道唱歌
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東海道唱歌 汽車
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山陽線唱歌 汽車
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九州線唱歌 汽車
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北海道唱歌
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伊予鉄道唱歌
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満韓鉄道唱歌
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航空唱歌
※『鉄道唱歌』『汽車』『満韓鉄道唱歌』等の出典は『なつかしの鉄道唱歌』(大悟法利雄著、講談社、1969)を底本としました。この本に載っていないものはオリジナルを探しだし、旧仮名を修正した上で原典に準拠させています。