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郵便切手SLシリーズ

日本でもっとも有名なSLの切手シリーズです。

SL切手第1集 D51形式・C57形式 1974年11月26日
記688、記689 2500万枚組

 

SL切手第2集 C58形式・C52形式 1975年2月25日
記690、記691 2500万枚組

 

SL切手第3集 8620形式・C11形式 1975年4月3日
記692、記693 2500万枚組

 

SL切手第4集 9600形式・C51形式 1975年5月15日
記694、記695 2800万枚組

 

SL切手第5集 7100形式・150形式 1975年6月10日
記696、記697 2800万枚組

※「記」というのは、記念特殊切手につけられた整理番号のことです。

 

SL切手

郵政省が発行した「解説書第90号」は、上記のうち、第3集「8620・C11」切手の解説書です。

以下、内容をまとめると、

●10種類のSLのうち、明治生まれが2種、大正生まれが3種、残り5種が昭和生まれ

●鉄道国有化法により、全国の私鉄は統一されたが、機関車の種類が多すぎて修理や点検の手間が負担となっていた。そこで、国産化による統一が図られ、貨物用4600、旅客用8620が生まれた

●8620は名機として名高く、1975年3月の初め頃まで、1両だけ九州の湯ノ前線(熊本県人吉〜熊本県湯前、現在の「くま川鉄道湯前線」)で活躍していた。全部で670両が製造され、「ハチロク」という愛称で親しまれた

●C11は、昭和の初め、不景気によって大型機関車の需要が減り、小型機関車を求める声が強くなったことで、ローカル線にも使えるように作られた。炭水車をつなげず、機関車本体に石炭と水を積む「タンク機関車」で、全部で381両作られた。ミニといっても、石炭と水を満載で重量は70トン近く、動輪の直径も1520ミリもあった。全国で「Cのチョンチョン」の愛称で親しまれた

2C1形テンダー機関車

この形式の機関車は、欧米では急行旅客列車用として広く採用された。1886年、アメリカで開発された火床の大きいパワフルな機関車。日本でも、明治44年にこの形式の8900形式機関車が輸入され、2C形と同時に使用された。

速度の向上と列車重量の増大要求に従って、大型機関車が出現、日本の急行旅客列車としても広く使われた。C53形式は3シリンダで、最も高性能。
8900、C52形式以外は国産。
なお、機関車は2B形から2C形、2C1へと進化している。

蒸気機関車steamlocomotive形式8900 (明治44年使用開始) American Locomotive製

全部で36両のみ。C51形式ができるまで、東京〜下関の急行用として活躍。その後、九州、山陽線へ。老朽化により、汽罐の故障が多かったが、日本製に比べて、はるかに乗り心地がよかったといわれる。

 

蒸気機関車steamlocomotive形式C51 (大正8年使用開始) 汽車製造、三菱重工業神戸造船所、鉄道省浜松工場
第1次世界大戦で輸送量の増大が目指され、高速で牽引力の大きい機関車が要求されるようになった。そこで、車軸配置4-6-2のパシフィック型として初めて国産化。
C51形式(当時は18900形と命名)の動輪直径は1750mmで、もちろん日本最大。世界でも、狭軌の鉄道としては最大だった。

蒸気機関車steamlocomotive
水槽車

昭和5年、東海直本線に特急「燕」号が運転された際、国府津から名古屋までノンストップとされたため、巨大な30トン水槽車が連結された。その後、「燕」号は静岡にも停車することになり、この水槽車は廃止となった。

 

蒸気機関車steamlocomotive形式C52 3シリンダ過熱機関車(大正15年使用開始) American Locomotive製
大正の末期、客車は鋼製車に変わり、列車の重量が増した。さらに輸送量はどんどん増大していき、列車の単位も大きいものになっていきます。

当時、欧米でも3シリンダ機関車が多く用いられていたので、日本でも試験的に3シリンダ過熱機関車を輸入しました。

3シリンダ機関車は回転力が均等になるので、揺れが少なくなり、結果として牽引力が増大。さらに排気の回数が多いので、燃料効率もいい。

機関車のみ輸入で、炭水車は日立製作所笠戸工場が製造。大正初年以降、日本は外国の機関車を輸入しないできたため、外国の機関車製造技術を再検討する意味もありました。しかし、この形式は予想より優秀ではありませんでした。
なお、狭軌鉄道で3シリンダ機関車を導入したのは、世界的に見てもきわめて珍しいものです。

 

蒸気機関車steamlocomotive形式C52。当初は8200形式と命名しましたが、1928年の車両形式称号規程改正でC52形に形式変更

 

蒸気機関車steamlocomotive
形式C53 3シリンダ過熱機関車 (昭和3年使用開始) 川崎車輌、汽車製造。国産唯一の三シリンダ過熱機関車。単位の大きい急行列車の運行のため建造し、東海道・山陽線の特急などで活躍。

 

蒸気機関車steamlocomotive
形式C53流線型
速度向上のため、世界的に流線型の外観が流行した。機関車の周囲の空気の渦流を減らし、空気抵抗を少なくするのが目的。写真は昭和9年、鉄道省の鷹取工場でC53を改造したもの

 

蒸気機関車steamlocomotive形式C53の正面

 

蒸気機関車steamlocomotive形式C54過熱機関車 (昭和6年使用開始) 川崎車輌、汽車製造

 

蒸気機関車steamlocomotive
形式C55過熱機関車 (昭和10年使用開始) 川崎車輌、汽車製造、日立製作所笠戸工場
急行用のC53は軸重が大きいため、整備された線路でないと使えない。そこで、C51程度の重量で、構造を変えたものが本形式。目的も外観もほとんどC51と同じ

 

蒸気機関車steamlocomotive形式C55流線型
すでにC53形式1両を流線型に改造していたが、欧米の流行に鑑み、C55も流線型に改造

 

蒸気機関車steamlocomotive形式C57過熱機関車 (昭和12年使用開始) 川崎車輌、汽車製造、日立製作所、三菱重工業
C51、C54、C55とほとんど同じ目的のために製造されたが、構造上はかなり変化した。最大の改造は、罐使用圧力が16kg/cm2になったこと。

 

蒸気機関車steamlocomotive

形式C59過熱テンダー機関車(昭和16年使用開始)川崎車輌、汽車製造、日立製作所
東海、山陽線で活躍していたC53の老朽化と、3シリンダによる保守の不便を解決するため、2シリンダの新機関車として建造されました。罐の増大と圧力の上昇によって、C53をしのぐパワーを持っています。戦後の同型番は相違している部分も。