か〔窠〕格子(こうし)形のキチンとした模様。かいえき〔改易〕取潰し。断絶。武士の名称をのぞき、領地や財産や屋敷を没収し、平民にする刑。蟄居(ちっきょ、おしこめ)より重く、切腹より軽い。かいかく〔海角〕海へ陸地が突出し、岬になっているところ。
「海角に添ふ広間へ通ってからは、お浪は最(も)う殆ど上気した様に両の頬を赤くして、唯安からぬ思ひにのみ沈められて了(しま)ふ。」(永井荷風「夢の女」)かいきん〔廻勤〕方々の家を廻って挨拶して来ること。廻礼。かいくれ〔掻暮〕全然。がいけい〔外軽〕外部から軽んぜられること。世間への恥さらし。
「これを表向にすれば、第一はこの江沼の外軽にもなり、」(三遊亭円朝「黄薔薇(こうしょうび)」かいこく〔廻国〕諸国巡礼して霊場や札所を参詣して歩く。かいざんさま〔開山様〕元祖。「あいつはいくじなしの開山さまだ」かいしき〔皆式〕全部。のこらず。「これでかいしき終った」かいしょ〔会所〕町の人々の集会する会場。吉原では大門を入って右側にあり、八丁堀の役人も出張、廓内の事件を取り締まった。かいしょう〔甲斐性〕生活力。かいせき〔会席〕「会席膳」の略。かいせきぜん〔会席料理〕上等の料理で、会席膳(1
尺2
寸四方で、脚なく、黒塗、朱塗、溜塗(ためぬり)など)をもちいる。かいせんどんや〔廻船問屋〕旅客または貨物を運送する船のことを取り扱う店。がいそう〔外装〕「世間の手前こう申すのは外装で」などと、書生が得意でこうした漢語をつかった。かいだんせき〔戒壇石〕禅宗、律宗の門前に「不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆるさず)」ときざんで建てた石の柱。戒壇とは、僧侶に戒を授けるために設けた土または石の壇であるが、お寺全体を戒壇と見て、その前に立てた石ゆえ、かくなづけた。かいのてぬぐい〔会の手拭〕花会(はながい)の挨拶にとどけて来る手拭。もらえば、祝儀をつつむ。→「はながい」かいぶん〔廻文〕廻読させる手紙。廻状。→「じゅんたつちょう」かいぼり〔掻掘〕池や沼の底まで水をすくいだしてしまうこと。
「池か川ならば、かいぼりをして、」(河竹黙阿弥「浪底親睦会」(なみのそこしんぼくかい))かいまきどてら〔掻巻褞袍〕掻巻であってどてらをもかねるもの。かいめい〔開明〕ひらけた世の中。文明開化。かえしごと〔返し言〕口答え。古くは、返歌(歌をよんでよこしたその返事の歌)のことをもいう。かえりあと〔去跡〕遊女屋でお客がかえったためにあいた部屋のこと。
「去跡になりましたから、花魁(おいらん)のお座敷へ行らっしゃいよ。」(広津柳浪(ひろつりゅうろう)「今戸心中」)かおあか〔顔赤〕恥しくなる。赤面。気がさす。かかえっこ〔抱子〕かかえている芸者。かかえ。丸がかえといって芸者屋に借金があり、自由の利かない若い芸者をもいう。かがみつき〔鏡付〕鏡の付いている化粧台の略。
「長火鉢から茶棚鏡附の化粧台抔(など)日常の生活道具が据ゑられてある。」(永井荷風「夢の女」)かがみど〔鏡戸〕鏡をはめこんだ戸。かかりご〔かかり子〕ゆくゆく老後の面倒を見てもらおうとおもっているわが子。かかんどし〔書かん同士〕→「よまんどし・かかんどし」かぎ〔鈎〕→「てかぎ」かきいれ〔書入〕一日の抵当。かきいれ〔掻入〕かきいれどき。一ばん利益の多いとき。かきざらさ〔柿更紗〕明治4
年以後東京に流行して高価に売買された兎の中で、柿更紗(柿色の更紗模様)の兎はことにもてはやされた。かきそ〔柿素〕柿いろの布子(ぬのこ)、そまつな着物。かきね
賄賂(わいろ)のこと。かきやく〔書役〕書記。かくしおんな〔隠し女〕世間に秘密の情人。かくそで〔角袖〕角袖(平服)巡査の略。かくとう
〔角灯〕巡査がさげていたガラスで四方を張った四角形の手提灯(てさげとう)。かくはい〔各盃〕盃のやりとりなしに、おのおの自分の盃でのみ飲むこと。かくばん〔各番〕各自が順番をきめて物事をすること。かくや香の物を細かくきざんで醤油にひたしたもの。鰹節をかければ、酒の肴にもいい。徳川家康のころ、料理人岩下覚弥(かくや)の創案ともいい、高野山で隔夜(かくや、一と晩おき)に堂を守る歯の弱い老僧のために製したともいう。落語「酢豆腐(すどうふ)」には銭のない町内の若い者が、ぬかみその古づけをカタヤにきざんでのもうという一節がある。がくやとんび〔楽屋鳶〕劇場の楽屋をあちこち訪問する人。かくらん〔霍乱〕炎暑の頃の急激な吐瀉病。今日の急性腸カタル、疫痢(えきり)、コレラに当るといわれる。丈夫の人が珍しくわずらうと、「鬼の霍乱だ」という。かけ〔掛〕掛売。未収代金。勘定。別に帯の、しめはじめる方のハシをもいう。かけ〔掛〕白色の掛帯。婦人が衣裳の装飾にもちいた帯で、肩から胸にかけるもの。かけ〔駈〕馬にのって早く走ること。ひとりで敵陣へのりこむこと。だから二度の駈というと、二ど敵陣へあばれ込むことになる。かけがね〔掛金〕「かきがね」のなまり。戸へさす鐶(かん)。かけかまい〔掛構い〕関係。かかりあい。「私の方とは掛構いがない」などという。かけこみうったえ〔駈込み訴え〕所轄(管理)の役所にうったえないで、当局者の家に至り、または路上でその人の行列に駈け込んで直接に訴え出ること。かけこみねがい〔駈込み願い〕→「かけこみうったえ」かけこむ〔駈け込む〕駈込み訴えをする。かけざお〔掛竿〕衣服、手拭などを掛ける横につるした竿。今日のハンガー。かけさき〔掛先〕商取引をした先の支払い。→「かけ」かけながし〔掛流し〕きょうだけかけたらあとはすててかえりみないこと。かげべんけい〔影弁慶〕うちにいると強いことをいって、おもてへでると弱くなる人。→「しじめっかい」かけまもり〔掛守〕信仰または災厄をまぬかれる意味で襟(えり)にかける守り袋。かけまわり〔掛廻り〕掛け(勘定)を取って歩くこと。かけむく〔掛無垢〕棺にかけ、おおう白無垢の衣。かこいもの〔囲者〕パトロンから月々のてあてをもらって一軒をかまえ、生活している女。明治時代までは色町の女の、そういう境遇を妾といい、素人女をかこいものと区別したように、当時の文章からはさっしられるがーー。
「その白ばけか黒塀に、格子造りの囲ひ者。」(瀬川如皐(せがわじょこう)「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)ーー切られ与三郎」源氏店(げんじだな)妾宅の場)かござかな〔籠肴〕青竹で編んだ籠へ入れた進物(しんもつ)用の肴(さかな)。かこつ
怨む。こぼす。ぐちをいう。他のことにかけていう。
「恨み恨みてかこち泣き」(長唄「京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)」かごぶとん〔駕籠蒲団〕駕籠の座席の大きさに作った蒲団。かごぼんぼり〔籠雪洞〕細い竹で編んだ、籠に紙をはり、それをおおいにした行灯の一種。かさ〔瘡〕一般には「できもの」全部をいうが、特に梅毒をさす場合も多い。かさぎ〔笠木〕鳥居の上にわたしてある横木。かさだい〔笠台〕首のこと。笠の土台の略。首を斬られるのを「笠台が飛ぶ」。かさっかき〔瘡っかき〕梅毒患者。「うぬぼれとかさっかきのないものはない」かさっけ〔瘡っ気〕梅毒の気味。かさねあつ〔重ね厚〕背の三つ棟(むね)になっているカサネの部分の厚い刀剣。かじ〔加持〕いろいろの仏の大悲が行者に加わり、行者の信心が仏との因縁を感じ、病気災難をのぞくこと。どこそこのお寺でお加持があるというと、一定の日をきめてその寺で信者をあつめておがむことで、老若男女が参詣して賑やかである。かじ〔○日路〕○日間の旅程。「四日路もかかる」かしき〔炊事〕飯をたくこと。生活、活計をもいう。「どうもかしきが立ちません」。かしぐら〔河岸蔵〕河岸添いの土蔵。
河岸蔵かしざしき〔貸座敷〕遊女屋のこと。かしせき〔貸席〕料金を取って集会や温習(おさらい)会に座敷を提供するところ。待合茶屋。かしだな〔貸店〕貸家のこと。→「たな」かしだんす〔菓子箪笥〕菓子を入れておく小型の箪笥。「春昼(しゅんちゅう)やあけても見たる菓子だんす竜雨」かしぢょうちん〔貸提灯〕昔の夜道は暗かったゆえ、料亭で店名入りの小提灯を客に貸した。しかし多くは宣伝用で貸しあたえてしまった。かじぼう〔梶棒〕人力車夫が両手でつかんで走る車の前についている棒。黒塗りが多い。
梶棒かしぼんや〔貸本屋〕今日の貸本屋とちがい、明治中頃までの貸本屋は、自分でしょって得意先を廻った。これが廃れたのは、ボール表紙の洋装が出来、背負って歩くに不便となったからで、封切(新刊本)は特別料金で汚さぬよう読ませ、お宅へ一ばん最初に持って来ましたなどと数軒から高い貸本料を得ていたという。
「双子の着物に盲縞(めくらじま)の前かけ、己が背よりも高く細長い風呂敷包みを背負(しょ)ひ込んで古風な貸本屋が、我々の家へも廻って来たのは明治十五六年まで、悠々(ゆうゆう)と茶の間へ坐りこんで面白をかしくお家騒動や仇討物の荒筋を説明、お約束の封切と称する新刊物を始め相手のお好みを狙って草双紙(くさぞうし)や読み本を二種づつ置いて行く。これが舟板べいの妾宅や花柳界、大店(おおだな)の奥向(おくむき)など当時の有閑マダムを上得意にして一寸オツな商売。」(山本笑月「明治世相百話」)カシミール
カシミヤ。印度カシミヤ地方に産する山羊(やぎ)の毛織物。
「華美(はで)なるカシミールのショール肩掛と紅(くれない)のリボンかけし垂髪(おさげ)と、」(徳冨蘆花「不如帰」)かじやのせいぼ〔鍛冶屋の歳暮〕やせた人のこと。鍛冶屋の歳暮は火箸をくれたから。かしら〔頭〕町内の鳶頭(とびがしら)。昔は、町内の大商店には出入りの鳶の頭があり、非常の場合には駈け付けて事件をさばいた。「弁天小僧」の強請場(ゆすりば)、「加賀鳶」の道玄の強請場にこの光景は見られる。明治大正のころまで頭は朝食はどのお店(たな)で、昼食はどのお店(たな)でという風に、日々の食事がみな出入り先でできたくらいである。→「とび」「たな」かしわもち〔柏餅〕夜具ふとん一枚へ、掛けぶとんがないため、くるまって寝ること。菓子の柏餅に見立てて、いう。かす
小言。「かすをくう」かすがどうろう〔春日灯籠〕笠が大きくなく、丈が高く、火袋は六角または四角、二方に雌雄(めすおす)の鹿、二方に雲形に日月を浮彫(うきぼ)りにした灯籠。白川御影石(京都・白川産の白色の地に黒い錆を帯びた花崗岩(みかげいし)の一種)などが使われる。かずさかごえ〔数坂越〕数々の山坂を越えて行くこと。かずさど〔上総戸〕上総、安房などから船で江戸へ輸送して来た既製品の雨戸。節があろうとかまわずにこしらえる粗製品で、もっぱら貸長屋に使用した。また上総は狩野山はじめ杉の産地、上総女は働き者ゆえ、出稼ぎ人以外は戸の製作に当るが、女の打つ釘はきかぬたとえで、いよいよ粗製濫造なのである。円朝の作品にはしばしば見られ、「敵討札所霊験(かたきうちふだしょのれいけん)」では、飛騨山中のあばら屋の雨戸にまで、上総戸云々とある。がすはちじょう〔瓦斯八丈〕瓦斯糸(木綿糸のおもてを瓦斯の焰で焼いてスベスベした光りをだしたもの)で織った八丈。かすり
上前。
「鬼といはれた源七が爰(ここ)で命を捨てるのも、餓鬼より弱い生業(しょうべい)の地獄(下級の娼婦)のかすりを取った報いだ。」(河竹黙阿弥「梅雨小袖昔八丈ーー髪結新三」深川閣魔堂橋の場)かする
「かすり」をとる。上前をはねる。かすれかすれ
断続。とぎれとぎれ。かぜ〔風〕警八風(けいはちかぜ)の略。風俗係の刑事の臨検をいう。犯人が検挙や逮捕を事前に察知して逃げるのを「風をくらって逃げる」という。がせい〔我勢〕骨身をおしまず、はたらくこと。かせぎにん〔稼ぎ人〕泥棒のこと。かた〔○○方〕職分。職業、勤務の分担の呼び方。「立方(舞踊手)」「出方」「裏方」「下方」「地(じ)方(演奏者側)」「催促方(督促係)」など。かた〔○○方〕しかた、方法の意味から広く転じて、上につく動詞の意味を安定、強勢させるために使う接尾語的な用法も多い。「読み方」「書き方」「払い方(支払)」「暮し方(生活)」「食い方(食事、食生活、生活)」「飲み方(飲酒)」「始末方」「借財方」。犯罪調査を「洗い方」といい、詮議するというのを「洗い方する」という。かたあきない〔片商〕半商売。遊び半分の商売。かたうでをする〔片腕をする〕半分、手助けをする。「わが悪事の片腕をいたした老爺(おやじ)、あいつを生かして置いては枕を高くは寝られぬ。」(三遊亭円朝「怪談乳房榎(ちぶさえのき)」)かたうま〔半駄〕四斗樽の半分(2斗)。かたおとし〔偏頗〕一方だけを非とすること。片手落。「勘八のみおとがめがありましては、偏頗のおしらべかと心得ます。」(三遊亭円朝「菊模様皿山奇談」)かたがき〔肩書〕音の華族とか軍人とか博士などの場合もいったが、物凄い俗称のある無頼漢同士の意味にもつかった。「肩書つきの大泥棒だよ」かたかげ〔片陰〕盛夏、ようやく日がかたむきそめるとできる日かげのこと。小ばなしの一節に、「甘酒屋」「へい」「暑いか」「へい、熱うがす」「日かげを歩け」と甘酒屋をからかうくだりがある。 片かげを早行く夜店車(よみせぐるま)かな 風生 片蔭に立ちて扇をつかひをり 鼓天かたきき〔片聞〕一方だけで事情を聞く。かたくねもの〔頑固もの〕融通のきかない人。かたくなもの。かたしょうばい〔片商売〕遊び半分にかたわらでやる仕事。アルバイト。かたあきない。かたす〔片す〕脇へ除(ど)ける。片づける。この語、今日ではかえって関西にのこっている。かたぞう〔堅造〕まじめすぎる人。道楽をしない人。かたな〔方名〕おふみの方(かた)とかお堂の方(かた)とかいうたぐいの方号(かたごう)。かたぬけ〔肩脱け〕責任がなくなること。手をひいてもいいこと。「ヤレヤレ肩脱けだ」かたはずし〔片はずし〕奥女中の髪の一種。髪を輪に結び、笄(こうがい)をさし、その上部をはずしたもの。笄を抜けば、下げ髪となる。「先代萩」の政岡、「重の井子別れ」の重の井などがそうであるし、またこれらの役柄そのものが「片はずし」と呼ばれている。
片はずしかたはのあし〔片葉の蘆〕片方にしか葉のはえていない蘆。「本所七不思議」の片葉の蘆は、緑町3
丁目から震災記念堂へ行く道の小川にあったという。岡本綺堂「室町御所」には片葉の蘆の伝説(ただし淀川の)が巧みに織り込まれている。かたびいき〔片贔屓〕片寄ったひいき。→「かたおとし」かたびら〔帷子〕麻糸で織った薄地の単衣(ひとえ)かたもちのやきざまし〔堅餅の焼冷し〕歯がたたないほど堅い人間の形容。ガチガチする
ガツガツする。せき立てるようにする。がちゃ
警官。巡査。サーベルの音からつけた名。かつう
鰹(かつお)のなまり。「初がつう」かつぎあきない〔担ぎ商い〕荷をかついで売り歩く商い。かっけい〔活計〕生活。かっこ
下駄の児童語。かっこみうったえ〔駈込み訴え〕→「かけこみうったえ」かっこみねがい〔駈込み願い〕→「かけこみうったえ」かっこむ〔駈っこむ〕→「かけこむ」かっこんとう〔葛根湯〕葛(くず)の根からこしらえた漢方薬で、風邪の薬。よく汗がでる。がっさいぶくろ〔合切袋〕こまごました携帯品を入れる袋。両口または一方口を紐でくくる。がっそう〔兀僧〕総髪(そうはつ、髪を後へなでつけにしていること)の人。
がったい〔合体〕合意。
「丈助とその方と合体して国綱の刀を盗み取り、三ケ年以前父小左衛門を鴻(こう)の台にて殺せし大悪人。」(三遊亭円朝「粟田口霑笛竹(あわだぐちしめすふえたけ)」)かったいにぼううち〔癩病に棒打ち〕癩病(らいびょう)で五体が崩れ、どうにも仕方のないものを、打ち叩いても意味ない。ムダというたとえにつかう。かっちけなしのみありのたね〔忝け梨の実ありの種〕「かっちけ」は「忝(かたじ)け」で、「辱(かたじ)けなし」を梨の実へかけ、梨の実だから梨(ありのみ)の種でありがたいというしゃれ。梨を「有りの実」というのは忌詞(いみことば)の一つで、音が「無し」に通じるからである。かっちけねえ
忝(かたじ)けない。大盗賊や謀叛人が秘宝を手に入れたり難関を突破したりしたときに「ちぇえ、ありがてえ、かっちけねえ。大願成就疑いなし」などという。かってふにょい〔勝手不如意〕金銭に事を欠く。手許不如意。かっぱごけにん〔合羽御家人〕赤合羽を着てお供をする卑しい御家人。かっぱとガバと。「かっぱと伏して泣きゐたる」など浄瑠璃によく使われている。かっぱのへ〔河童の屈〕何でもないこと。何の苦労もなく出来ること。何のタシにもならないこと。「あんなことは河童の屁だ」。「木ッ端(こっぱ)の火」から転じたという説もある。「屈の河童」ともいう。かど〔廉〕理由の箇条(かじょう)、個所(かしょ)。問題点。「無礼のかどをもってお手討に相成る」など。かとう〔下等〕三等列車のこと。
「住田まで上等が五銭で下等が三銭だからわずか二銭ちがいで区別がつく。こういうおれでさえ上等を奮発して白きっぷをにぎってるんでもわかる。もっともいなか者はけちだから、たった二銭の出入りでもすこぶる苦になるとみえて、たいていは下等へ乗る。赤シャツのあとからマドンナとマドンナのおふくろが上等へはいりこんだ。うらなり君は活版でおしたように下等ばかりへ乗る男だ。」(夏目漱石「坊ちゃん」)かとうば
〔裏頭歯〕丸くくってある下駄の歯。裏頭は、五条の橋の弁慶のように僧侶の頭を袈裟(けさ)で包んだ形をいう。かどかどしい〔角々しい〕ごつい。ごつごつした。角ばった。かどがまえ〔角構〕角に建てられている家のこと。かどにとる〔廉に取る〕いい立てにする。条件にする。
「覚えもねえ事を廉に取って、離縁を取るべえとするか。お父さんの遺言を汝(われ)忘れたか。」(三遊亭円朝「塩原多助一代記」)かどわかし〔誘引〕誘拐。誘拐者。かなきん〔金巾〕堅くよった綿糸で目をかたくこまかく薄地に織った広幅(ひろはば)の綿布。かなどうろう〔鉄灯籠〕鉄で造った灯籠で、庭へすえておくのとつるすのとある。一般に金(かな)灯籠といえば、鉄以外に銅や真鍮のもいう。かなぼうひき〔金棒曳〕鉄の棒を引きずったり突いたりしてその土地一帯の火の用心、戸締りをうながす人。芸者が祭礼の時、手古舞姿になり金棒をひいて歩くゆえ、手古舞のことをもいう。転じて、方々へいって噂をして歩くおしゃべりの人。「あいつの神さんは金棒曳でいけねえ。」がなる〔呶鳴る〕どなる。かにがまんまたく〔蟹が飯焚く〕蟹が泡を吹くことをいう。かにからてんのうとらやあやあ〔蟹から天王虎やアやア〕両手をおかしく組み合わせ、先ず蟹の形、つづいて神輿(みこし)の形などをかたどって見せる子どもの遊戯。
「千手陀羅尼経(せんじゅだらにきょう)」にある「なむからたんのとらやあやあ」なる文句の音感が日本人の耳には奇異・滑稽であるところからあほだら経などによく使われたのだが、さらに子どもの遊びにももちこまれたものらしい。かにもじ〔蟹文字〕外国語でかいた文章。横にかいてあるゆえ、蟹としゃれた。横文字。かねさいかく〔金才覚〕金算段。金策。かねやき〔金焼き〕牧場のしるしとして馬の股(もも)へ押す焼印(やきいん)で、結果として足が丈夫になる。かのじ〔かの字〕瘡(かさ)毒のかくしことば。かばう
倹約すること。
「30
銭でも無駄な銭を、こんな中ぢやアかばひなせえ。」(河竹黙阿弥「綴合於伝仮名書(とじあわせおでんのかながき)ーー高橋お伝」)かぶる〔被る〕しくじる。また、他人の罪を引き受ける。かへいじひら〔嘉平次平〕埼玉県入間郡の人、藤本嘉平次がこしらえた銘仙織(めいせんおり)のはかま地。かべす
菓子、弁当、すしの略。昔の劇場で、一ばん簡単な金のかからない見物は、このきまっている三種だけをとった。かべちょろ〔壁チョロ〕壁糸(強くよった太い糸と細い平糸とをよりあわせた糸)を横とし、縮緬(ちりめん)糸を縦として、縮みのような細かい皺(しわ)を織り出した絹布。地が厚く、頭巾(ずきん)や帯につかった。かほうやけ〔果報やけ〕果報負け。余りの幸福に罰が当りそう。かまう〔構う〕罪によって(ある地域、ある身分から)追放する。「江戸お構い」といえば二度と江戸へ帰るのを許されないこと。かまくら〔鎌倉〕祭礼囃子の一種。かまける
拘泥(こうでい)する。とらわれる。かまどをたてる〔竈を立てる〕めしがくえる。生活ができる。かまわれる〔構われる〕追いはらわれる。→「かまう」かみいれどめ〔紙入留〕小刀。ちょうど紙入の落ちないよう差すと押さえになるゆえにいう。かみおろし〔神下し〕市子(いちこ、霊界の人々をよびよせて語る職業の女)が、いのるときに悲しげなふしでうたう唄。端唄(はうた、俗曲)にもあり、これは神さまづくしといった歌詞で、寄席でも歌われ、新内「弥次喜多」にもある。かみかくし〔神隠し〕幼児(まれには成年者も)が急に行方不明となったのを、神隠しにあったとか、天狗にさらわれたとかいう。幾月かを経てかえって来たとき、早発性痴呆症のごとくなっているものもあった。
「明治7
年ーー3
歳。5
月下旬の夕刻のことなり。おきんといふ若い女中に連れられて、中坂の金魚湯といふ湯屋へゆく途中、おきんが知人に蓬ひて立話をしてゐる間に、岡本はゆくへ不明となる。大騒ぎになりて捜索したれど判らず翌日の早朝、おきんが再び中坂辺へ探しに出でたる時、岡本は30
歳前後の袴(はかま)羽織の男に手をひかれて往来にたたずみてゐるを発見せり。驚き喜んで駈けよれば、男は岡本をおきんに渡して早々に立去る。岡本は手に菓子の袋を持ちゐたり。若い女中のことなれば、その男を追ひかけて詮議もせず。したがってその事情は不明に終る。」(「岡本綺堂年譜」)かみきり〔髪剪〕当時はいのちより尊しとした女の黒髪を切って、夫婦約束の印(しるし)に男にあたえた。
「指切・髪剪・起証文(きしょうもん)なんてえ訳にはゆかないから、腕守(うでまもり)でもとりやりするくらゐさ。」(三遊亭円朝「名人くらべ錦の舞衣」)かみどこ〔髪床〕髪結床(かみゆいどこ)が、かみいどこになり、かみどこになった。いまの理髪店。かみどりしゃしん〔紙取写真〕昔はガラス板へ撮影されている写真が多かったゆえ、印画紙へ焼かれた写真をこういった。かみのぼり〔紙幟〕刑死人を死刑の当日、町々を引き廻す折、その罪状を記して先頭に立てた紙の旗。かめ〔洋犬〕明治初期、西洋犬をかめ、かめ犬などと呼んだ。英米人が来い来い(Come here
)といったのを、犬のことをそういうのだとおもい、そう呼びならわしたという説がある。石井研堂「明治事物起原」も同様の説をあげ、又、文久3
年版「横浜奇談」にも「呼招くの言葉にて、犬の惣名(そうみょう)には非ず」とあるとかいている。「カムイン」から来たともいう。かめのしょうべん〔亀の小便〕ほんの少しずつだす形容。かやく〔加役〕臨時にふえた役。役者が急に別の役を余計につとめるときにいったのにはじまる。「いい面皮(つらのかわ)だ、とんだ加役をいひつからア。」(仮名垣魯文(かながきろぶん)西洋道中膝栗毛」)かよいばんとう〔通い番頭〕他に世帯を持って、日々、店へかよって来る番頭。「与話情浮名横櫛(よわなさけうさなのよこぐし)ーー切られ与三郎」の太左衛門が格好の例。から
接頭語で、下にくる「主によくない形容」ことばを強める役をする。てんから。全く。土台。「からっペた」ははなはだしく下手。「からどうも尻腰(しっこし)のねえ」「から意気地がねえ」からき〔唐木〕紫檀(したん)、黒檀(こくたん)、白檀(びゃくだん)、たがやさんなど熱帯産の木材。昔、中国渡来の品だったので唐木という。からきし
すっかり。まるっきり。からくりのしんしょう〔機繰の身上〕やりくりの世帯。からくりの仕掛が多くの糸を引っ張っては背景の絵を変えるごとく、いろいろの苦しい仕掛をして生活して行く姿をいったもの。からすなき〔烏啼〕烏のなき声で吉凶(いいことわるいこと)をうらなった。
「けしからぬ烏啼き。お使に行くを否ぢやと思ふその矢先き、あれあれ烏啼きの悪さ悪さ。」(容楊黛(ようようたい)「鏡山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」足利塀外烏啼の場)からっきし
→「からきし」からど〔唐戸〕縦の中央に一本横に数本の桟(さん)がまじわってその間に入子板(いれこいた)(唐戸の框(かまち)と桟の間に差し込んだ板)を張った開き方。からはな〔唐花〕唐めいた花を図案化、紋章としたもの。からもち〔唐土餅〕もろこしもち。からものどんす〔唐物緞子〕中国から渡来した緞子。からろ〔空艪〕船頭だけで客ののっていない船の艪をいう。
「同じ早船の船頭が、お客を廓へ送り込んだ帰りの空艪を押しながら、摺れちがひに、其の唄って釆た船歌の声を止めて互に声を掛け合って行き過ぎる。」(永井荷風「夢の女」)からをふむ〔殻を踏む〕一文にもならないこと。「仕方がねえから、これ兄貴、殻を踏んで帰りねえ。」(河竹黙阿弥「霜夜鐘十字辻筮(しもよのかねじゅうじのつじうら)」かりたく〔仮宅〕吉原遊廓が焼けたとき、深川また浅草山の宿、花川戸辺に臨時にできた、バラックの遊女屋。大店(おおみせ、第一流)の遊女がささやかな家におり、素一分(すいちぶ、一分ギリギリしか持っていない)の遊客にも近づけたので大そう賑わった。もちろん吉原以外の廓の火災には、他の土地へ仮宅の建設のことはなかった。 深川や仮宅百戸明がらす 竜雨かりはなみち〔仮花道〕舞台へ向って右手に仮設するやや細い花道で、「戻橋」(もどりばし)の綱が小百合を送る所や、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」の吉野川の定高(さだか)と大判事(だいはんじ)の出、「新版歌祭文(しんばんうたざいもん)ーー野崎村」のお染・久松が帰る所、「曾我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)」の御所五郎蔵・星影土右衛門の出などにつかう。「東の歩」ともいう。本花道とこれとで、いわゆる「両花道」を形成する。→「あゆみいた」かれこれし〔かれこれ師〕何でもすぐに儲かることなら次々と商売を変えてやる人。かわすじ〔河筋〕河岸(かし)っぷち。川の多い土地。
「『深川は生憎(あいに)く河筋で……
』と車夫(くるまや)は梶棒を上げながら、『夜になりません中(うち)に、大急ぎで参ります。』」(永井荷風「夢の女」)かわぼう〔皮坊〕皮太郎。皮太。動物の皮をはぐ商売。皮はぎ。昔は特殊部落の人々の仕事とされた。かわらもの〔河原者〕役者をさげすんでいう。昔、京都四条河原に歌舞伎の小屋があったのによる。河原乞食。かわりうら〔変り裏〕衣服の裏地の裾廻(すそまわ)しの部分だけを色の異る布で仕立てたもの。かわりだい〔代台〕遊女屋で代りの料理をだすこと。→「だいのもの」かんいん〔官員〕役人のこと。のちには官吏(かんり)といった時代もあった。いわゆる新政府の官員は薩摩・長州あたりの旧藩士が多く、海外の新思想をも導入したかわりには、野暮な言動や趣味を示したので、保守的な東京人からは少なからず軽蔑されきらわれた。「いやだいやだよ、官員さんはいやだ」という唄さえあったほどである。
平服の官員かんか〔漢家〕漢方医。かんかい〔勘解〕裁判官が原告と被告の間へ立って、民事の問題を和解させること。また、その場所。かんかん
児童語。髪のことも簪(かんざし)のことも、噛むことをもいう。かんかんぽうず〔カンカン坊主〕鉦(かね)を叩いて軒に立ち物乞いして歩く乞食僧。昔の子どもの遊戯の唄に「このカンカン坊主くそ坊主、後(うしろ)の正面だあれ」とある。がんぎ〔雁木〕海や川へのぞむ桟橋の階段。かんげ〔勧化〕仏寺の建立などに寄附をつのること。昔は、「勧化のたぐい入るを禁ず」と村の入口に札が建てられていたほど、一般語であった。かんげちょう〔勧化帳〕寺の建立に寄附金をつのるときつかう帳面。かんこう〔勘考〕考えること。「間違へんやうによく勘考いたせ。」(三遊亭円朝「名人長二」)かんこうば〔勧工場〕デパートの小さいもので、大都会の諸所にあった。定価で売ることをかたく守ったのも勧工場からだった。かんごえ〔寒声〕音曲を習う者が寒中早朝に其の技を練習すること。 寒声や月に修羅場の講釈師 紅葉がんごめ〔願込め〕願がけ。かんざらい〔寒浚い(寒復習)〕→「かんごえ」がんしゅ〔願酒〕禁酒のこと。願をかけて酒をたつこと。 馬楽忌や願酒の勇酔柿紅(すいしこう) 吉井勇かんじょう〔勧請〕神仏の霊を分け移して祭ること。かんそう〔檻倉〕牢屋。かんたい〔緩怠〕失礼。不とどき。「かんたいながら……
」かんだい〔棺台〕早桶。かんち〔閑地〕閑静な土地。しずかなところ。郊外。かんつう〔貫通・寛通〕はじめから終りまで。一切。どんなことがあっても。「お前には寛通貸しません」かんどうきん〔勘当金〕絶縁のさいくれてやる金。かんとんおり〔広東織〕広東地方産出の縞織。男性用としては色の派手やかなもの。かんなべ〔燗鍋〕酒の燗(かん)につかう鍋。多く銅製で、蔓(つる)と口とがある。かんにとじられる〔疳にとじられる〕癪(しゃく、胃けいれん、胆嚢や肝臓の痛み)に苦しむ。かんばりぢょうし〔甲張り調子〕カン高い調子をいう。かんばん〔看板〕法被(はっぴ)。マーク入のユニ・フォーム。紺色が多かったので武家屋敷の仲間(ちゅうげん)などを「紺看板」といった。人力車の梶棒につるす細長い提灯(紋や屋号や姓名を書き入れてある)をも看板といった。かんびょうふ〔看病婦〕看護婦。かんぶつや〔乾物屋〕干瓢(かんぴょう)や麩(ふ)や干鱈(ひだら)や昆布(こぶ)や豆類などを売っている店。
「神田鍛冶町の角の乾物屋の勝栗アかたくてかめない」などカの字づくしをおもしろがって、明治時代の少年は歌った。かんべや〔燗部屋〕遊女屋でお酒のお燗をする部屋。かんべんづよい〔勘弁強い〕堪忍深い。かんぼずおはぐろもつけず〔かんぼず鉄漿も附けず〕身なりもかまわず、やつれて働く。
「それに児(がき)を可愛がって、カラどうもかんぼず鉄漿も附けず、ぼろを着てはだしで駈けずり廻ってる姿は、」(三遊亭円朝「後閑榛名梅香(おくれざきはるなのうめがか)ーー安中草三郎」)がんほどき〔願ほどき〕かけた願が叶ったので、御礼詣りに来ること。落語「甲府い」に「甲府い、おまいり願ほどき(豆腐い、胡麻入り、がんもどき)」のサゲがある。かんぼやつす〔観貌窶す〕顔容も貧しくやつれる。かんろう〔疳労〕疳が強く、身のおとろえやせること。