けあう
〔蹴合う〕喧嘩をすること。軍鶏(しゃも)の蹴合いからでたことば。けいあん〔桂庵〕職業を斡旋(あっせん)する所。あてにならない好意的な口ぶりを「桂庵口(ぐち)」といった。実在の桂庵が全部そうだったわけではないのだろうが、それにしても桂庵の生態をよくえぐった形容である。仲人口(なこうどぐち)と同じ。中年以上の婦人が多かったようで「桂庵婆」(ばばあ)ということばもできている。けいききゅう〔軽気球〕空気より軽い水素ガスを絹でできた袋へ入れ空中へ昇降させるのだが、その袋の下へ籠をつけ、人をのせる。風船ともいい、のる人を風船乗りといった。飛行機以前のただ一つの昇空手段であったところから、民衆の好奇心をあおり、見世物化したほどであった。
「風船乗りをする人は、何といふ人でござりますな。」(河竹黙阿弥「風船乗噂高閣(ふうせんのりうわさのたかどの)」)
軽気球けいきょう〔景況〕様子。有様。けいこじょっぱいり〔稽古所這入〕町内の若い衆が湯がえりに邦楽や舞踊の稽古所へかよい、わかい女師匠相手に面白半分教わることをいう。けいずや〔故買屋〕盗んだ品を引き取ってさばく店。ずや。けいど〔警動〕警官の臨検で売笑婦がつかまること。けいま〔桂馬〕理屈のちがうこと。すじ違いなこと。けいらく〔経絡〕からだじゅうの筋肉の道。けえけえ
お化粧の児童語。「きれいきれい」の意味か。
「お湯(ぶう)から上って、おけえけえが出来て、おぐしが出来て、お可愛いな、どうも。」(落語「つるつる」)けがれびと〔不浄人〕「不浄役人」に同じ。げきしゅとう〔劇酒党〕酒の強い人たち。けこみ〔蹴込〕人力車へのった客が足をそらして休むところ。階段の爪先前方にあたる垂直面(つまり踏板と直角になる部分)をもいう。
初期の蹴込の浅い人力車けころみせ〔蹴転店〕最下級の遊女屋。下等な女郎を「けころ」という。げざ〔下座〕寄席の三味線をひく女。けさぶんこ〔袈裟文庫〕袈裟をいれるいれもの。げし〔御寝〕お眠り。就寝の敬語「御寝」はつまって「ぎょし」とも発音されるから、これが「げし」となまったのであろう。さらに「お」をつけて「おげし」ともいった。けじけもの
小ざかしい人。ませた娘。けしだまのてぬぐい〔罌粟玉の手拭〕芥子粒(けしつぶ)のような細かい玉を並べた、豆絞りの一そう細かい染模様の手拭。
「二人が影のまた二人、月にうつるも追人(おって)かと、気をけしだまのほうかむり」(新内「明烏後真夢(あけがらすのちのまさゆめ)」)けしぼうず〔芥子坊主〕子供の頭の周囲をすって、中央にだけ髪をのこしたもの。また、昔の中国人の弁髪(ながい髪)をもいう。
「ざまア、わアいわアい、芥子坊主のおかみさんが何所(どこ)にあるもんか。」(式亭三馬「浮世風呂」)けじめをくう〔恥辱を食う〕バカにされる。(で)げす
「ございます」の意味の崩した江戸語。「何々でごす」ともいう。
「これは、何々でといふ言葉のあとにつくのだが、字にかくとハッキリして了ふが、ごく軽く出るので、大店(おおだな)の商人だの、粋な人だののくだけた、世慣れた物言(ものいい)で、げすは寧ろゑすにきこえる。助六の『冷えものでエす』あすこいらから来てゐる蔵前の札差(ふださし)あたりの用語ではなかったのだらうか。いやみな通人(つうじん)のげすは、やはり助六の狂言に出る通人の『恐れべでゲス』といふあれになる。」(鏑木清方「明治の東京語」)
「げす」は明治の落語家ーーことに初代三遊亭円遊の幇間(たいこもち)物や「五人廻し」の通人などにつかわれ、後者は下町の旦那衆がつかったが、一般人がつかうときは「げ」「ご」が強くなかったから、イヤ味にひびかなかった。げせわ〔下世話〕下等社会。「そこが下世話に申す魚心あれば水心で」けだし〔蹴出〕腰巻。女の腰から脚にかけてまとう布で、古い甚句に「赤い蹴出しに迷わぬ奴は、木仏金仏石仏(きぶつかなぶついしぼとけ)」。げたをはく〔下駄を履く〕10
円のものを15
円だといい、5
円自分のふところへ入れるのをいう。下駄をはけば、自分の足でじかに地面を歩くより高いからである。けちりんも
ほんの少しも。「いわない」「しない」と否定した場合につかう。
「けちりんも嘘は申しません。」(三遊亭円朝「名人長二」)げっきん〔月琴〕中国から来た楽器で、琵琶に似て小さく、胴が丸く、絃(いと)が4
本、柱が8
つある。けっちゃく〔結着〕おさまりがつくこと。きまること。「話がそういう風に結着した」けづな〔毛綱〕女人の髪で編んだ綱。女の髪の毛大象をつなぐたとえのように、大へん強いもの。げっぱくする〔月迫する〕12
月も末に迫る。けどり〔気取り〕他から気がつかれること。けどられる。けぬきあわせ〔毛抜合せ〕はずれようとしてやっとあうこと。印刷技術の世界では今日なおこのことばが生きている。すなわち、多色刷の場合にA
色とB
色とを重ねず離さず、ぴったりと隣接させる技術をいう。粗悪なマンガなどは、「毛抜合せ」のうまくいっていない好例である。げびぞう〔下卑造〕下等な性格の人。げびた男。けぶ〔煙〕フイといなくなること。けぶだし〔煙出し〕けむだし。きゅうくつな人がいて困ること。煙りにいぶされて苦しむことからはじまった。けぶり〔気ぶり)ほんのちょっとした態度。「そんな下心は気ぶりにも出さなかった」げほう〔外法〕上が大きく下が小さい頭。福禄寿をもいう。けむだし〔煙突〕エントツ。けらざえ〔螻才〕オケラほどの才。少しずつあれこれとできはするが、一つとして満足なことはできないこと。げりょう〔外療〕外科の医者。外療(がいりょう)ともいった。古川柳に「外れうを祭の形(な)りで呼びにやり」。落語「百川」で、「魚河岸(かし)の若い方が今朝がけ(袈裟がけ)四五人来られ(斬られ)やして」と聞いて駈けつける鴨池玄林なる先生もその一人。けれん
インチキ。舞台でアクロバットにちかい早変りを専門にする役者を、けれん師といった。浪曲では、笑わせることを「ケレンをふる」。反響があって客が笑うと、「ケレンが落ちた」という。けろけろと
ケロリと。すぐ全快する。けん〔権〕権利のこと。
「いや小僧だって番頭だって、開化の世界は同じ権だ。」(河竹黙阿弥「人間万事金世中(にんげんばんじかねのよのなか)」)げん〔顕〕ききめ。けん。験(しるし)。「いくら薬をのんでもはかばかしくげんがみえない」けんかすぎてのぼうちぎり〔喧嘩過ぎての棒ちぎり〕いろはがるたにあり、喧嘩の終ったあとで手に手に棒を持って駈け付けること。あとの祭。無意味のこと。げんかんをひらく〔玄関を開く〕玄関附の邸宅へ入り、門戸を張る。けんさば〔検査場〕遊女が性病の検査をうけにゆく所。けんしざた〔検視沙汰〕変死体を役人が来て取り調べる手続き一切。げんじな〔源氏名〕おいらんがつけている名前。高尾とか、薄雲とか、千早とか、小式部(こしきぶ)。落語「千早ふる」によれば千早太夫の本名は「とわ」というのだそうだが。けんじょうはかた〔献上博多〕博多帯地に独鈷形(とっこがた)の模様を織り出したもの。藩主黒田侯から江戸幕府に献上したので、こうよばれる。→「いっぽんどっこ」「こんけんじょう」けんそう〔見相〕人相。けんちゅう〔繭紬〕杵蚕(さくさん)の糸で織った、淡茶いろで節のある織物。中国山東省産が多いが、日本では多く合羽にもちいられた。けんつく〔剣突〕頭ごなしにおどかすこと。げんとう〔幻灯〕映画以前にはやった、ドイツ人キルヘルの発明した娯楽品で、ガラスに色とりどりにかいた風景や草木花鳥を、幻灯機械の中から灯火をつかって、大きく映像幕へうつしだしてみせた。ゆめのように美しいエキゾティック(異国情緒ゆたか)な画面が、明治の少年をたのしませた。今日のスライド。
幻灯のビラげんなり
いやになること。あきてガッカリすること。「たべすぎてゲンナリした」けんにかける〔権にかける〕鼻にかける。「権にかかったもののいいようだ」けんにかぶる〔権に冠る〕勢力を笠に着る。
「宮さまを権に冠って理不尽に(中略)さうなっちゃア事が面倒(めんどう)だが、」(三遊亭円朝「後開榛名梅香(おくれざきはるなのうめがか)ーー安中草三郎」)けんにんじ〔建仁寺〕建仁寺垣の略。京都市東山区小松町建仁寺ではじめて造って以来、一般につたわった垣根。四つ割竹の皮を、外にして平たく並べ、竹の押縁を三段横に取り付け、縄で結んだ垣。けんのん〔剣呑〕あぶないこと。「けんのんだからおよし」げんばいし〔玄蕃石〕3
尺に1
尺ぐらいの長方形の蓋石(ふたいし)。敷石または蓋石につかう。略して玄蕃。げんばおけ〔玄番桶〕水汲用の大桶。けんぷぐるみ〔絹布ぐるみ〕常に絹の衣類に包まれて生活している状態。贅沢な生活。おかいこぐるみ。けんべつ〔軒別〕軒並。一軒一軒。戸別。けんぽうぎょうぎあられ〔憲法行儀あられ〕黒茶に小紋の霰(あられ)が行儀正しく並んでいる模様。明暦から万治のころ、京都で染物屋で剣術の達人だった吉岡憲法(けんぽう)が黒茶に小紋を染め出したので、この名称がある。げんまん〔拳万〕子供が小指をくみ合せ、約束すること。指切りげんまん。けんもん〔見聞〕権門(けんもん)にこびる賄賂(わいろ)や宴会。大名屋敷で、その藩のえらい人が集まるときをもいう。また、権力のある人のことにもつかう。
「しかし、またかうなると見聞があって、重役達に御馳走をしたり、遣ひ物や何や彼やで、物入(ものいり)が多い。」(三遊亭円朝「後開榛名梅香(おくれざきはるなのうめがか)ーー安中草三郎」)